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名前を失くさない者
その夜、ユイは眠れなかった。
――自分は、まだ名前を失っていない。
それは祝福だと思っていた。
名前を持ち続けることは、存在を持ち続けることだから。
けれど同時に、それは恐怖でもあった。
「名前を失くす瞬間って、どんな気持ちなんだろう」
問いかけても、答えは返らない。
ユイは知っている。
名前を失くした人々が、完全に消える前に必ず口にする言葉を。
「私は、確かにここにいたはずなんだ」
その言葉を、ユイは何度も地図の余白に書いてきた。
名前を失くすとは、
世界から消えることではない。
世界に説明できなくなることだ。
自分が誰で、どこにいて、なぜ存在しているのか。
それを証明する手段を失うこと。
「……もし」
ユイは、ペンを握りしめた。
「もし、名前を失くしても消えない存在があるとしたら?」
それは、この世界のルールそのものを揺るがす。




