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呼ばれないもの
その場所は、地図には確かに存在していた。
けれど、誰もそこを指さして名前を呼ばなかった。
丘でもない。
森でもない。
道でも、廃墟でもない。
「……ここ、なんて呼ばれてたんですか」
ユイが尋ねると、依頼人の男は首を振った。
「覚えていない。
でも……確かに“あった”んだ」
その言葉に、ユイの胸が小さく軋んだ。
名前を失くした場所は、形を保つ。
人が訪れなくても、地形は残る。
風が吹き、草が揺れ、雨が降る。
――けれど、呼ばれなくなった場所は違う。
「名前は、存在を固定するための“錨”なんです」
ユイは、自分に言い聞かせるように呟いた。
人も、場所も、名前を呼ばれることでこの世界に留まる。
誰かが思い出し、口にし、心に留めることで。
「呼ばれなくなった瞬間、存在は少しずつ薄れる」
男は黙って地面を見つめていた。
「じゃあ……俺の名前も?」
「ええ。
誰にも呼ばれなくなった名前は、
やがて場所ですらなくなります」
沈黙が落ちる。
風が吹いた。
だが、その音はどこか空虚だった。




