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倭国の王 〜少女卑弥呼の物語〜  作者: 稲戸
第二章 伊曽攻防戦
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第7話 収穫の朝

ヒメ登場回です。

 阿斯訶備の乱から十五年が過ぎた。


 天津は依然唯一の大国であることに変わりはなかったが、阿斯訶備の乱以降に各地で起こされた反乱や暴動による混乱と、それを契機に勃興した周辺諸国との度重なる争いはもはや泥沼と化し、戦乱の世は一向に治まる気配を見せなかった。


 各地で起きた反乱のうち、最も早く、また規模が大きかったのは、筑紫島であった。


 元よりこの地は大陸の影響を強く受け独自の文化を形成していたこともあり、天津の支配に甘んじることをよしとしない気風があった。反天津の動きは猛烈な勢いで広まり、鎮圧に手を焼いた天津は筑紫島から完全に撤退するに至った。


 ただ皮肉なことに、その後抗争はその激しさを維持したまま筑紫島内での覇権争いへと移行したため、その動きは天津を転覆させるには至らなかった。


 そして次にあった大きな動きは、邪馬台やまたい国の台頭であった。


 淡道あわじ之島に端を発した邪馬台国は、やがて精兵を引き連れて連戦連勝、破竹の勢いで淡道之島を征し、そのまま伊予島へ打って出た。


 そこでも勢いを落とさなかった邪馬台国は瞬く間に伊予島の東部と北部に領土を広げ、伊予島の天津領はもはや北端に一部を残すのみとなるまで追い込まれたのである。


 さて、ここに葦原あしはらという国があった。


 葦原国は、当時伊予島の西部から南部にかけて緩やかに支配していた新興国である。


 邪馬台国の進出により国土の北側において接することとはなったが、相互に不可侵の約定をしていたため、そこがうまく防波堤となって、ほぼ戦とは無縁でいられることができた。当時、稀有と言ってもよい幸運に恵まれたこの国は、いまだ倭国大乱以前のような長閑な雰囲気がそこかしこに残っていた。


 北部にあった伊世いせという小さな村もその一つである。


 伊世の村は収穫の時期を迎えていた。


 どこまでも青く透き通る秋晴れの下、一人の少女が駆けていた。その顔にはこぼれ落ちるような笑顔が浮かんでいる。


 少女は不意に立ち止まって振り返ったかと思うと、両手で丸を作り、それを口に当てた。


「おおーい、早く早くっ」


 後ろに向かって大声で呼びかけている少女の名はヒメ(日女)。


 後に邪馬台国の女王、卑弥呼として倭国大乱を終結させ、倭に平和と安寧をもたらした英傑である。


 だが、この頃はどこにでもいるようなごく普通の村娘であったと、終始ヒメに好意的な倭紀においてすらそう記されている。


「はあはあ。姉さん、ちょっと待ってよ。そんな急がなくたっていいじゃないか」


 息を切らせて追いついた少年が、ぜいぜいと肩を上下させながら両手を膝について呼吸を整えた。


 少年の名はツクヨミ(月読)。


 後に弟王として姉を補佐することになる人物である。武勇に特に秀でたところはなかったが、およそ寛恕の人であり、姉と臣下、民の間を取り持って卑弥呼国内の対立をよく治めたと倭紀に評されている。


「もーっ、ツクヨミはすぐそうやって音を上げるんだから」

「いやいや、姉さんがはしゃぎ過ぎてるだけだって。どうしてそんな気合いが入ってるのさ」


 それを聞いたヒメが瞳を輝かせながら、拳をぐっと握る。


「決まってるじゃない。この刈り取りの日をずっと待ちわびながら一年頑張ってきたのよ。嬉しくないわけないじゃない。ほら早く行かないと一番に稲を刈れないよっ」

「だから別に一番を狙う必要ないじゃないか、ねえっ」


 呟くように言ったツクヨミの言葉はもうヒメには届いていなかった。また駆け出したヒメの後を、ツクヨミは一つため息を吐いて慌てて追いかけた。


 だが、二人が稲田に到着したときにはもう数人が刈り取りの作業を始めていた。もうツクヨミのせいで遅れちゃったじゃないなどとぶつぶつ文句を言うヒメと、聞こえないふりをしたツクヨミが刈り取りに加わった。


 刈り取りは、主に縁が尖った平べったい石で穂首を切って、篭に入れるまでが一連の作業である。


「もーっ、ツクヨミ。籾が落ちてるじゃない。しかも手つきが遅いし。注意してね」

「うるさいなあ。姉さんがいろいろ言ってくるから気が散るんだよ」


 二人がいつものように何やら言い合いながら穂を刈っていると、背後に人影が現れた。


「みんな、精が出てるじゃない」


 艶のある黒髪をかき上げながらそう言ったのは、ヒメより一つ年上で義理の姉、ウズメ(宇受売)である。


 幼くして病気で両親を失ったヒメとツクヨミは、ウズメの家で本当の兄弟のように育てられた。


 なお、ウズメは目鼻立ちの端麗な美人であったと倭紀に記述がある。人物の容姿についてはあまり触れられていない倭紀にそうはっきり書かれていることはなかなかに珍しいことである。


「ああ、ウズメさん。手伝いに来てくれたんですね」

「んー、そういうわけじゃないけど。私、農作業とか嫌いなのよね。手とか汚れるし」

「じゃあ、何しに来たのよ。役に立たないんだったら、さっさと帰ってくださいっ」


 手をひらひらさせ、にべもない態度でウズメを追い返したヒメは、大仰にため息を吐いた。


「まったくもう。ツクヨミより使えない奴がいるなんて、ほんと驚きだわ」

「姉さんっ、姉さんっ。聞こえてるよっ」


 稲刈りに戻ろうと歩き出したヒメの頬を、何かがかすめて飛来した。


 ばっと振り返った視線の先、お調子者のイワト(石門)が子供たちと石ころを投げ合って遊んでいたのが見えた。ヒメの怒りが一瞬で頂点に達する。


「こらぁ、あんたら馬鹿じゃないの。危ないでしょ。今すぐ止めなさーい」


 ヒメは大声で注意すると、役立たずばっかりで嫌になるなどとぶつぶつ文句を言いながら再び刈り取りの作業に戻った。


 籾を集め、木の臼と杵で殻を外し、米だけを選り分ければ、ようやっと収穫ということになる。ここまででも大変な作業であるが、これで一年分の苦労が報われるのだと思えば、皆の喜びもひとしおだった。


 そしていざ高床の倉に米を保管となったとき、ある者が懸念を口にした。


 邪馬台国と葦原国の境付近の山に、近頃山賊が住み着いて、付近を荒らしているらしい。もしかしたらこの米も狙われるかもしれないということだった。


 もし襲われたらどうするかと村の皆が対応を話し合うのを聞いて、ヒメの脳裏にふとイワトのことが浮かんだ。


「そうだ。悪い奴らが来たら、皆で石をぶつけてやっつければいいんです」


 それはいい考えだと皆はさらに案を練り、準備をした。

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