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第6話 継がれし願い

アシカビ編完結です。

 援軍に囲まれて退路を断たれたアシカビ軍は、たちまち総崩れとなった。


 兵たちは次々と討ち取られて露と消えていき、生き延びたのはアシカビ以下数十人だけであった。


 残党は廃村へと逃げ込んで最後の抵抗の構えを見せるも、追ってきた天津軍がいよいよ門前へと迫れば、もはや命運は決したも同然と言えた。


 日は暮れようとしている。明日の総攻撃が最期の刻となるであろう。そう誰もが覚悟しながらその日の戦いは終わった。


 夜半。わずかに射す月明かりの下、見張りをしていたスイジに暗がりから声がかかる。声の主はアシカビであった。


「スイジ、ご苦労だな」

「いいんですよ。どうせ眠れねぇし」


 そうかと小さく呟きながら、アシカビがその場に腰を下ろした。敵に動きを知らせぬよう焚き火はしていない。


 暗闇の中、お互いわずかに輪郭が見える程度で向き合った。日中あれだけ蒸していたのが嘘のように、涼やかな夜風が二人の間を吹き抜けた。


「……スイジ、お前の父には申し訳ないことをした」

「いや、隊長。武人ってのは戦いに生き、戦いに死ぬのが定め。親父は正々堂々と戦って果てたんだ。あれで本懐でしょう」

「ははは。さすがはウイジの子だな。俺なぞより余程武人らしい言ではないか」


 アシカビは世辞ではなく本心から舌を巻いた。まだ初陣の年齢で、それも自分の親に対してそこまで達観したことはなかなか言えることではない。


「……いや、実は親父の受け売りなんで。何か親父がそんなことをよく言っていたなって」

「お、おお、何だそうか。いや、すっかり騙されたぞ。ははは」


 アシカビが笑うと、スイジもつられたように、くすりと笑った。


「ふふ。だけど、親父が満足してたってのは間違いないです。親父は家で口癖みたいに言ってました。『アシカビ様は真なる武人だ。お仕えできることを誇りに思う』って。親父は本当に隊長のことを尊敬していました」


「そうか、ウイジがそんなことを」

「だから俺、隊長にずっと会ってみたかったんです。あの気難しい親父がそこまで認めるなんて、どんな凄い人だろうって、やっぱり気になるじゃないですか」


「ふむ。いざ会ってみると幻滅したのではないか?」

「そんなわけないでしょう。最高に立派で格好よくて。あの地方官を斬ったときなんて、痺れましたよ。親父はきっと俺に自慢の隊長の姿を見せたかったんだ。今になってそう思います」


「むう。面映いことを言う」

「隊長。最後かも知れないけれど、会えてよかった。本当にそう思います」


 宵闇の中、やがて辺りに再び静寂が訪れる。


 ややあってスイジが俯くような声でぽつりと話し始めた。


「隊長。一つ教えてください。俺も武人が戦うものだってことに異存はないんです。だけど明日俺たちがどんなに頑張っても多分みんな死んでしまうじゃないですか。こんな勝てない戦いに意味があるんでしょうか」


 そう問いかけるスイジの声は少し震えていた。アシカビの長い吐息が夜風に紛れた。


「スイジよ。俺が思うに、真の武人とは勝算があるから戦うのではなく、戦わねばならぬから戦うのだ」

「それは戦う理由、ということですか」

「……そうだ。俺が戦うのは、優しい王への道しるべとなるためだ」

「え、優しい王……ですか」


 全く予想もしていなかった言葉に、スイジは何と答えてよいかわからず、やや戸惑いの声を上げた。アシカビは気にするふうでもなく、話を続けた。


「これは以前俺が見た夢だ。夢の中では国があってな、そこには優しい王がいた。王は自ら汗を流して民とともに働いた。その国に争いはなく、人々は笑顔に満ち溢れ、貴賤の別もなく皆で食事を分かち合っていた。本当にいい国であった」


 スイジが、おおと驚きの声を漏らした。


「いいですね。優しい王。俺もそんな国があったら住んでみたいです。だけど所詮それは隊長が見た夢なんでしょう?」


「そうだ夢の話だ。だがなスイジ。これはいつまでも夢のままだとは俺は思わない。なぜなら、このような暴虐の統治を誰もが是とするはずがないからだ。俺たちの次に命をかけてもそれに抗しようとする者が必ず現れる。その先に優しい王もいずれ出るはずだ。決してこれで終わりではないぞ。否、むしろ始まりなのだ」


「隊長っ、そうかもしれません。だけどそのときにはもう俺たちは……」

「聞け、スイジよ。たとえこの身が潰えても、その志は残るのだ。必ずな。誰かが絶やさず伝え続けるかぎり決して消えたりはしない。だから俺たちは無為に果てると考えてはならんぞ。道を切り開き、次に続く者たちにその夢を託したのだ。いつか誰かが立ち上がるとき、我らの姿を見て自分たちだけではないと思えるように。そして我らの過ちを越えられるようにな。胸を張れ、スイジ」


 スイジが暗闇の中、ぐっと拳を握り締めた。


「よし、わかりました。隊長、明日は存分に暴れてやりましょう。やってやれないことはない、それを誰にも知らしめてやるんだ。いつか来る優しい王のために」

「……ああ。そうだな。頼むぞ」


 アシカビの胸中にいかなる思い去来したものか、その目は涙に濡れていたが、夜闇に紛れ目の前にいたスイジでさえそれと気づかなかった。


 同刻。


 天津陣営において、直立不動で監視を続ける男の姿があった。トコタチの副官サツチである。


 背後からトコタチが近づいたことに気づき、経過を報告する。


「この期に逃げ出すような動きはありません。明日の総攻撃にて皆果てる心づもりであろうと思われます」


 そうかとトコタチは軽く頷いた。


「明日の攻撃では、おそらくアシカビだけが突出してくるだろう。そこに兵を集中させ、一気に討て」


 承知しましたとサツチが簡潔に答えた。


「それから、残りの者は全滅したと王に報告しておくのだ。よいな」

「委細承知しました」


 常に無表情と評される副官が、例によって眉一つ動かさず指示を受けた。


「では、引き続き頼んだぞ」と言い置いてトコタチは陣幕へと戻る。


「アシカビよ。わずかばかりの希望だが、残してやろう。それでいいんだろう」


 トコタチが夜闇に呟いた言葉は、折しも吹いた一陣の風にかき消され、誰の耳にも届かなかった。


 次の日。


 東の空が白みを帯び始めた頃、生き残った者が最後の抵抗に出るべく全員集まった。それぞれの顔には固い覚悟の色が見える。


 ゆっくりと村の門が開かれた。


「さあ、行くぞ」


 静かなアシカビの号令とともに全員が出撃した、そのとき。


 突如アシカビが単騎で集団を抜け、さらに先へと駆け出した。驚いたスイジたちが後を追おうとするも、馬の速さには到底追いつけない。


「待ってくれぇ。隊長、一人でどこ行くんだよ。戻れっ。戻れってくれよっ」


 アシカビの後ろ姿がどんどん小さくなっていく。それを予見していたかのように天津兵が次々とアシカビに群がり、周りを取り囲んだ。


「くそっ、止めろよっ。その人に手を出すんじゃねえっ」


 スイジは全力で駆けた。


 胸が焼けるように熱い。


 駄目だ。もう息が上がってきやがった。


 俺の足、動けよもっと早く。


 ああ、苦しい。


「何で、何でだよ、隊長。一緒に戦うんじゃなかったのかよ。あんただけ、勝手に死ぬんじゃねぇよ、あんまりじゃないか。くそっ」


 誰か、頼むっ、あの人を助けて。


 スイジの悲痛なる願いも虚しく天津兵に取り囲まれたアシカビに刀が、槍が次々に刺さっていく。


「お前ら、止めろよっ。その人はな、苦しむ民のために戦う立派な人なんだ。死なせちゃいけないって、親父に頼まれたんだ。お前ら邪魔だっ。退けよっ」


 ぐらり。


 はるか遠く力尽きたアシカビがゆっくりと落馬するのが見えた。


 スイジは必死の思いで前方へ手を伸ばした。


「隊長、ううっ。アシ、カビ、たぃ、ちょおおおぉぉ」


 目が霞む。


 スイジの双眸から涙が溢れて止まらない。


「隊長、いいっすね。優しい王。だけど俺は、俺は、あんたに王になってほしかった」


 スイジの悲痛な願いは虚空へ吸い込まれ、消えていった。


 こうして阿斯訶備の乱は終わった。


 生き残ったスイジは、その後辺境地域で勃発した反天津の動きに身を投じ、その急先鋒として活躍することになる。


 なお、この年の冬、ヒメ(日女)が小さな村で生誕した。倭紀にそのような記載はないが、アシカビの願いが天に通じたものと当時従軍した中に思った者がいたかもしれない。

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