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倭国の王 〜少女卑弥呼の物語〜  作者: 稲戸
終章 語り継がれた夢
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第40話 はるかな空へ

「ヒミコ様、ヒミコ様あーっ」


 大声を出しながら忙しなく大和の王宮を走り回るフトダマ。そこにちょうど王宮に入ってきたコヤネがそれを制した。


「どうしたのですか。騒々しい。どうせまた火急の用でもないのでしょう」


 フトダマはコヤネの姿を見かけると、おおと感嘆の声を上げた。


「これはコヤネ様。また地方官からの報告をまとめてこられたのですか」

「ええ、皆書きつけてまいりました。ご覧なさい、この木簡の数を」


 フトダマが馬の背に山と乗せた荷を見て、頭を抱えて唸った。


「ああ、これはツクヨミ様のため息がますます大きくなってしまう」


 これまでよりはるかに規模が大きくなった邪馬台国には、日々各地からの案件が殺到していた。実務処理を担うツクヨミの心労は日増しに高まるばかりなのであった。


「ツクヨミ様が心配性なのはいつものことでしょう。放っておけばよろしい」

「それはあなたがツクヨミ様のため息を知らないから言えるのですよ」


 恨みがましい目を向けるフトダマを、コヤネが両手を出して宥めた。


「まあまあ、後で私も人員の件で相談に伺いましょう。『始まりの地』の知恵者にも数人出会うことができましたから」


 王宮に来る度にこうしてフトダマたちを落ち着かせるのが、もはやコヤネの通例行事となっていた。大きく肩で息を吐き、気持ちを整えたフトダマがコヤネに尋ねた。


「ところで、コヤネ様。途中でヒミコ様にお会いしませんでしたか?」

「いいえ、私は姿をお見かけしておりませんが」

「ああ、ヒミコならトコタチの見送りに出かけたぜ」


 と、そこを通りがかったスイジが二人に声をかけた。


「積もる話もあるだろうからな。俺は先に切り上げさせてもらった」

「それなら仕方のないことではありますが、我々に何のお声がけもなくお出でになるというのも」

「別にいいだろう、それぐらい。大体な、お前らつまらんことまでいちいち王に伺いを立てるんじゃねえよ。何のために雁首揃えてるんだ」


 ごにょごにょと口ごもるフトダマのそばを、今や名実ともに軍事の最高指揮官となったスイジが片手を挙げて通り過ぎた。


「ああ、それから軍馬の調達と損壊した兵舎の修理をツクヨミに言っておいたから、手配を頼んでおくぞ」


 また仕事が増えるのか。二人は顔を見合わせて同時にため息を吐いたのだった。



 見晴るかす限り広がる薄青の空からは、清々しい陽光が一面に降り注いでいる。


 土と緑の清々しい匂いを含んだそよ風がそっとヒミコの頬を撫でた。遠くに子供たちの、無邪気に遊ぶ歓声が聞こえる。


 村の外れの草原まで馬を進めたとき、隣のトコタチがおもむろに手綱を締めた。それと気づいてヒミコが振り返ると、トコタチが馬上で恭しく一礼する。


「もうこの辺りで結構です。ヒメ王、いや、今はヒミコ王とお呼びするべきでしたかな」

「ふふ。どちらでも構いませんよ」


 ヒミコはトコタチに笑いかけた。


「それで、どちらへ行かれるおつもりですか?」

「定まってはおりません。広く諸国を回ろうと思います。アシカビが見たかった世界を、あいつがいつか夢見た優しい国を、自分の目に焼きつけてまいります」


 そう話すトコタチを見ながらヒミコはふっと寂しそうに笑った。


「残念です。本当はもう少しトコタチ様のお力添えをいただきたかったのですが」

「いいえ。もう武人の出張る世ではありませんよ」


 かつての兵士たちも戦が終わり平穏な世の中になれば、その多くが必要でなくなった。トコタチは軍の解体や兵士たちの生活の再建などに大きく尽力し、次々とその背中を見送った。


 そして次は自分の番だとして旅立ちを決意したとトコタチは道すがらに語った。


「ではそろそろ行ってまいります。ヒミコ王、どうかお元気で」

「ええ、トコタチ様もお気をつけて」


 はっきりと明言したわけではないが、トコタチはもう二度と帰ってくるつもりはない。ヒミコはそんな予感がしていた。


 寂しくはあるが引き止めることはできない。出会いと別れは世の常なのだから。いつかはそのときが来る。


 トコタチ。倭国大乱という激動の時代をつぶさに見届け、元初にして最後の将と後に称される男の姿がどんどん小さくなるのをヒミコはいつまでも手を振って見届けた。


 ほのかに残る惜別の念を心中に感じながらヒミコが振り返ると、吸い込まれそうな青空が一面に広がっているのが見えた。


 ヒミコのそばで飛び立った小鳥が弧を描いて旋回し、すぐに上空へと羽ばたいていく。


 ヒミコは心地よさそうに飛び回る様子をしばらく目で追っていたが、すぐに果てしない空へ消えて見えなくなった。あの鳥はどこへ行くのだろうか。


 うららかな陽光。


 さわさわと草を鳴らす心地よい風に吹かれながらヒミコはそっと手を伸ばした。


 ――はるかな空へ。




これにて終了です。

本作「倭国の王 〜少女卑弥呼の物語〜」をお読みいただきありがとうございました。


次回はなろう用の新作を投稿する予定です。

なるべく早くできればと思ってはおりますが、正直言って筆がとても遅くなることがありますので、正確な時期は未定です。


投稿の用意ができましたら、活動報告等でお知らせします。作風は少々変わる予定です。


次回作もまたこうしてお読みいただければ、これほど嬉しいことはありません。

それでは。

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