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倭国の王 〜少女卑弥呼の物語〜  作者: 稲戸
第六章 想いの先へ 〜決戦〜
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第38話 願いの果て

「待たせたな。では、行こうか」


 トコタチがそうスイジに声をかけると、スイジが「その前に一つ聞いておきたい」とそれを制した。


「これが最後かもしれないからな。トコタチ、あんたがアシカビ隊長に止めをさしたとき、一体どんな気持ちだった?」


 問われたトコタチが、自らの携えていた剣をすっと引き抜いた。剣には多数の飾りが吊るされている。


「この飾りに見覚えはあるか?」


 問われたスイジがはっとした。それは紛れもなくアシカビの剣についていたものと同じだった。


「あいつの剣から外して常に身につけている。アシカビは、いつも私の心の中にある。思い出さぬ日など一日たりとてない」


 スイジがどこかほっとしたような表情で笑みを浮かべた。


「それだけ聞ければ十分だ。さあ、行こう。これが本当に最後の戦いだ」


 二人は馬を並べて進み、眼下に敵兵の姿を見かけると、そこで静止した。多数の軍勢がみるみる迫ってくる。


「スイジ、気を抜くな。手負いの狼は何をするかわからん。一気に喉を噛み破ってくるぞ」

「ふん。イザナギの力を初めに見出だしたのは俺だ。その強さは一番よく知っているさ」

「それならもう何も言うことはない。さあ、皆の者行くぞっ」


 トコタチのかけ声とともに最後の兵が出撃した。


 一方、イザナギ率いる邪馬台軍もその陣容を視認する。イザナギが残った自軍に檄を飛ばした。


「あれを見ろ。トコタチが出てきたぞ。彼の者が捨て駒になることはありえぬ。あちらにももう残兵はいない。これで最後、一気に畳みかけるぞ」


 本気の両者が火花を散らして激突した。


 数の上では邪馬台軍が二倍以上の兵力を有し、圧倒的に有利に見えた。だが、そう簡単には決着はつかなかった。卑弥呼軍の個々の兵が卓越した技量で次々と邪馬台の兵を討ち取っていったのだ。


 それもそのはず、最初に邪馬台軍と当たった黒金はただの黒い鎧を着せた一般の兵であり、本物の黒金は全員この場に温存されていたのだ。


 とは言え、やはり数の違いは歴然としてあった。いくら精兵であっても多数の兵を相手にするのは困難を伴った。


 奮戦の末、一人また一人と卑弥呼軍は確実に数を減らしていった。スイジの顔に焦りの色が見える。


「くそっ、数が多い。このままじゃ押し切られちまうぞ」


 トコタチがちらと遠くに視線を遣った。


「もう少しだ。耐え抜け」


 ――その言葉が終わるか否かというとき。


「トコタチ隊長。煙が立ちましたっ」


 側近の一人が絶叫に近い大声をあげた。


「来たか。はっ、あいつにしては手間取ったと見える」


 トコタチの視線の先、突然イザナギ軍の一部が動揺し反対方向へ動き出した。何が起きたかと訝しむイザナギの耳に悲痛なる報告が届く。


「イザナギ王、大変です。天津軍の援軍が現れました。まっすぐこちらに向かってきます」


 イザナギは、鬨の声を上げながら背後にみるみる迫る天津軍の姿を、馬上から呆然とした表情でただ眺めていた。


「トコタチ軍副官サツチ参戦する。皆の者、天津に弓引く賊軍を一掃するぞ。かかれっ」


 援軍の先頭に立っていたのは、副官サツチ。


 イザナギが必ず集中攻勢に出るだろうと見越してトコタチが密かに用意した奥の手であった。


 この重大な局面において前後で挟撃された邪馬台軍は一気に窮地へと陥った。


「……もはや、これまでか」


 この奇襲によりほとんどの兵を失ったイザナギは、敗戦を悟り呆然と天を仰いだ。


 だがまだ終わったわけではない。


 戦には負けたが、ヒメを。


 両国の要であるあの総大将をさえ亡き者にすれば、諸国は分裂し力を失う。


 この敗戦を帳消しにしてなお余りある成果が得られるのだ。


 自軍を捨て置きなお先へ進もうとするイザナギ。その意図を汲んだカグツチが、身を張って卑弥呼軍の一部を退け、イザナギを包囲から抜け出させようとする。


「イザナギ王っ。ここは私が食い止めますから、イザナギ王は先へっ」

「すまぬっ」


 決死の思いを汲んで単騎駆け出したイザナギ。その眦は吊り上がらんばかりとなっていた。


 ヒメ。どこだっ。


 必ず見つけ出して息の根を止めてやる。


 出て来い。さあっ。


 執念で本陣へたどり着いたイザナギ。視線の先にあったのは馬に乗った女性の姿。


 間違いなく卑弥呼の王、ヒメだ。


「見つけたぞ。ヒメえええっ」


 イザナギは天沼矛を振り上げ、一目散にヒメへ迫る。そのとき。


 ずさあああっ。


 一瞬でイザナギの足元の地面が崩れ落ちた。


 ――しまった、陥穽。


 怒りに我を忘れたイザナギは最も原始的とも言える罠に気づかなかったのだ。


 どうと音を立てて馬ごと大きな穴へ吸い込まれていくイザナギ。その脳裏に溢れるほどの思いが刹那の間に駆け巡った。


 ――終わってゆく。


 覇王として築き上げた比類なき大兵団が。


 広大な領土が。


 倭の統一という理想を掲げ、あと一歩まで迫った俺の国が。


 今この瞬間、崩れ去ろうとしている。


「おおおおおっ」


 吠えるイザナギの目には気づかぬうちに涙が流れていた。


 大きな穴の中、半ば放心状態でぐったりと倒れるイザナギ。


 ヒメは馬を降りて近づくと、高みからゆっくりと手を差し伸べた。本当に長かったその戦いに決着をつけるために。


「さあ、手をお取りください。イザナギ王。もう敵も味方もありません。この倭の全ての戦いは今、終わったのです」

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