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倭国の王 〜少女卑弥呼の物語〜  作者: 稲戸
第六章 想いの先へ 〜決戦〜
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第37話 最強の王

 後方の小高い山に本陣を敷き、推移を見守っていたヒメが、戦況の報告を受けてほっと一息吐いた。


「ご苦労様です。大きな壊滅もなく何よりでした」


 そしてヒメは傍らにいたトコタチに邪馬台軍が待機に入ったことを告げた。


「当初の想定どおりに推移しているとは言え、どうなることかと心配は尽きませんね」

「王の役目は皆を信じることです。どんと構えて待っていればよろしい」

「それはわかっておりますが、つい飛び出して皆を助けに行こうと気が逸るのです。ただ様子を見るというのも難しいことですね」


 ヒメも落ち着きがないことを自覚はしていたが、性分というのはなかなか変えられないものだった。


「それにしてもトコタチ様。どうして天津の兵はあの連戦必勝で鳴る邪馬台軍と互角に戦えたのでしょう? 一歩間違えれば惨憺たる事態になっていてもおかしくありませんでした」


 怪訝な顔をするヒメに対し、トコタチがはははと豪快に笑い飛ばした。


「何もおかしくなどはありません。当然のことです。あの兵を捨て駒にするようなトヨクモ王の下でどうして全力が出せましょうか。兵は、いや人は己を信頼してくれる者のためならばその本来の力を発揮できるものなのです。ヒメ様、あなたの兵を思いやる心が天津軍の全員に染み渡っておりますのに、どうして負けることがありましょうか」


 力強く言葉を返すトコタチに向けてヒメは大きく頷いた。


「ええ、本当に皆よく持ち堪えてくれました。次は私たちの番です。明日イザナギ王は軍を集結させてこちらへ向かって来るはずなのですよね?」

「ええ、必ず来ます」


 トコタチはそう即答した。


「しかし、どうしてそう言い切れるのでしょう」


 ヒメなりの意見もあったが、トコタチに改めて確認しておきたかった。


「理由は単純です。最初からイザナギ王の狙いは一つ。あなたの命です。高天原攻略も兵の動員も、全てヒメ王を誘き寄せるための目くらましに過ぎません。特にイザナギ王にはもう時間がありませんから。餌が目の前にあって猛獣が齧りつかぬ理由がありましょうか。邪馬台の最も得意とする戦法が突撃による短期決戦だということを考えれば、最後の勝負はそれで出て来ないはずがありません」


 なるほどとヒメは頷いた。


「回りくどい戦いをせず、直接私の命を奪いに来るというわけですね。それならどうして最初からそうしなかったのでしょう」

「所詮烏合の衆など力押しで潰せるとの傲りがあったのでしょう。イザナギ王は不調ですから直接自分が出れば危険も伴います。あわよくばここで連合軍を壊滅させておきたかった。だが意外の善戦でその意図が潰された以上、イザナギ王が命を捨てて遮二無二こちらへ攻め込むしか手段はなくなったのです」

「ええ、首尾よく進んだのは幸甚でした。さすがはトコタチ様。戦の機微もよくご存知です」


「わかっていても勝てないことはあるのです。まして明日は無類の猛者で知られるイザナギ王の正真正銘、本気の突撃が来ます。これを止めることは決して容易なことではありません」

「まさに正念場ですね。肝に銘じて応じましょう」


 次の日、イザナギはトコタチの読みどおり夜闇に紛れて邪馬台軍を一堂に結集させていた。


 その統率力と兵の練度はさすがとしか言いようがない。倭紀によるとその数は五千ほどであったと伝わる。一方のヒメ陣営は千名ほど。数の上では邪馬台軍の圧倒的優位であった。


「狙うは敵総大将の首一つ。遅れを取るな。行くぞ」


 イザナギの号令が飛ぶ。邪馬台軍が怒濤の勢いで進軍を始めた。


 いよいよ本隊がヒメたちの籠る山へ差しかかろうとしたとき、黒塗りの鎧を着込んだ一団が邪馬台軍の前に姿を現した。


 天津の選りすぐりの最強集団で知られる黒金だった。


 ここで切り札を投入してきたことは余裕がないことの裏返しでもあるが、さすがに無視をするわけにもいかない。イザナギは足止めとして一部の兵を割いて黒金に当たらせ、自らはそのまま進軍を続けた。


 さらに進むと、茂みの向こうから雨のように無数の矢が降り注ぐ。


 イザナギ部隊の馬や兵が次々と射ぬかれて足止めをされた。卑弥呼の誇る弩部隊だった。射手の姿を認め攻撃をしかけると、無数の槍が飛び出してくる。


 これぞ「鬼道」の真骨頂。自在な兵運用に翻弄され邪馬台軍に動揺が広がった。


 山に布陣した本隊を攻めたのはさすがに迂闊だったかとイザナギは舌打ちをしたが、総勢を引き連れた最後の勝負である。引き返すという判断はありえない。幸い兵数はまだ十分に上回っている。とにかく早くこの場をやり過ごすしかない。


「怯むな。脅しにすぎん。動ける者は全員先に進め」


 先と同様、足止めに兵を割いて邪馬台軍はさらに先へと進んだ。


 本陣はもうすぐだ。必ず勝負を決めてみせる。


 一方、多数の足止めを突破しながら邪馬台軍がじりじりと接近してくる様子は、逐一ヒメに報告されていた。


 トコタチがすっくと立って、ヒメに最後の出陣を告げる。


「そろそろ我々の出番のようです。あなた一人を残してゆくのは不本意ながら、お守りするにも余力はございませぬゆえ」

「重々承知しています。ご心配はいりませんよ」

「ヒメ王様。もし私どもの力及ばなかったときは、御身だけでもお逃げください。首尾よくナオビらと合流できれば、十分に邪馬台軍を迎撃できるでしょう」

「そうあってほしくはないのですが、心に留めておきましょう。ではトコタチ様、ご武運を」

「ええ、それでは」


 ヒメに別れを告げ、立ち去るトコタチ。自軍に戻るとスイジが残る最後の兵をかき集め、今かと出陣を待っていた。

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