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倭国の王 〜少女卑弥呼の物語〜  作者: 稲戸
第六章 想いの先へ 〜決戦〜
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第36話 前哨戦

 邪馬台軍の先陣を切って動き出したのは、疾風の将、シナツ(志那都)であった。


 シナツは高い機動力による速攻を得意とする武将である。彼の突撃を端緒として相手の陣形を切り崩すのが邪馬台軍の常と言ってよい勝ち筋であった。


「忘れるな。いつでも俺たちは邪馬台軍の最前線に立って勝利の礎となってきた。此度の戦いは決して落とすわけにはいかない。遅れる者は置いていくぞ。突き進めっ」


 このシナツの猛攻を受けて立ったのが、火国の王オモダル率いる筑紫諸国の兵たちであった。


「来たな。筑紫の兵は皆、退くことを知らぬ強者ばかりだぞ。いいかお前たち。全力で戦え。邪馬台だか知らないが、天津の弱兵を蹴散らしていい気になっている奴らの度肝を抜いてやるのだ」


 こうして名高い両雄が激突した。


 シナツが機敏に兵を運用し何度も襲いかかるが、勇猛なオモダルの兵は決して崩れることはなかった。それどころか持ち前の攻撃力で次々とシナツの兵を撃退し、糸口すら掴ませない。これまでの相手とは異質な強さを感じ取ったシナツは旗下の兵に撤退を命じた。


「全員退けっ。深入りして兵を損耗するな。一旦態勢を立て直すぞっ」


 敵前で無為に逃亡するような屈辱は、シナツにとってほとんど初めてと言っていい経験であったが、その高い機動力を活かして見事に撤退してみせた。


 風のように来て、風のように去っていくシナツ軍を見て、筑紫の兵たちは口々に囃し立てた。


「何だったんだあいつら。口ほどにもなかったぜ」

「オモダル王、このまま一気に追いかけて奴らを殲滅してやりましょう」


 だがオモダルは軽く片手を挙げて逸る兵たちを落ち着かせた。


「止めておけ。ここで深追いするとあいつらの思う壺だぞ。まだ勝負は始まったばかり。気を引き締めてかかれ」


 なお、ここで両者が当たったのは偶然ではない。


 連合軍はシナツが突出してくることを想定して特に屈強なオモダルたちをその最前面に配置していた。ここは連合軍の力を軽視して常套手段に拘った邪馬台軍の判断が単に甘かったと倭紀は評している。


 シナツの一時撤退の報は直ちにイザナギへ伝えられる。前哨戦で落としはしたが、それでも損害は軽微である。兵の総数や練度といった総合的な強さでは邪馬台軍が依然として優位にあると判断したイザナギは、全軍に総攻撃の指示を出した。


「作戦に変更はない。全軍前進せよ」


 このとき両軍の配置を大局的に見ると、邪馬台軍が東側に一団となっており、西側にある卑弥呼軍がそれを大きく半円弧状に包むような布陣となっていた。つまり邪馬台軍は西側に向けて広く展開するような形で陣を移動させたことになる。


 主に北側に向けて進軍したのは鉄壁の将、ヤマツミ(山津見)だった。その堅き鉄の鎧の集団はどんな攻撃にも動じることなく防ぎきるとの定評があった。


「イザナギ様の下で倭を統一してこそ真の和平となるのだ。悲願まであと一歩である。暴虐の残滓どもめ。ここで一掃してくれる」


 これに立ち向かったのが、ナオビ(直毘)ら率いる主に天津軍であった。


「天津の地は我らが守る。俺たちは誓った。もう二度と天津を血生臭い戦禍に巻き込ませはしない。絶対に、ここは通さない。皆行くぞっ」


 一方、南側に向けて進軍したのは自在の将、ミナト(水戸)であった。攻守ともに優れ、機を見るに敏との評がある。


「常に勝利とともにあったイザナギ様の、これが最後の戦いだ。ここで敗れれば各国が相争う戦乱の時代へと逆行するのだぞ。者ども心してかかれっ」


 これに立ち向かったのが、フナト(船戸)、チマタ(道俣)ら率いる主に卑弥呼軍であった。


「己の野心のため和睦を破り、オモカネ様を亡き者にした卑劣な王が、真の和平などどの口が言うか。俺たちは屈しない。ヒメ様を何としてもお守りするぞ」


 それぞれの兵たちが譲れぬ信念を抱いたまま、各地で気迫の戦いを繰り広げた。


 その頃布陣の中央にいたイザナギの元へ、大将軍カグツチが報告のため舞い戻った。イザナギに向けて膝をつき、臣下の礼を取る。


「ご指示のとおり敵連合軍の作戦について調べて参りました。此度の戦いにおいて敵連合軍は、何らの策も与えられずに戦っている模様です」

「何らの策はない、だと?」


 「鬼道」とまで呼ばれ、卑弥呼軍の象徴でもあった兵法を今回も仕掛けてくるものとイザナギは読んで、事前から何重にも間者を放っていた。


「これには全ての間者の報告が一致しております。間違いなく策はありません。正面からただ我が軍と相対する気でおるようです」

「ふん。まさかな。つい先日まで我が軍の姿を見るだけで逃げ惑っていた奴らが、真正面から戦えるとも思えぬが」


 眉を寄せるイザナギを前に、ただ、とカグツチが言い置きしてやや口ごもった。


「戦を前に連合軍の各部隊には『互いを信じ、心を一つにするよう』との伝達があったそうです。それが策と言えばそうかもしれませんが」


 それでも一抹の疑念は晴れないようでイザナギが小さく唸った。


「こんな急拵えの寄せ集めで、無策のまま我が邪馬台の軍と戦えば、自滅することなどわからぬはずもないだろうに。なぜ鬼道を使ってこない」


 イザナギはまあよいと吐き捨てると、迷いを振り切るように頭を振った。


「それを自ら選んだのなら、言うべきこともない。俺はただ天下統一の道を進むのみ」


 イザナギの当初の目論見では兵の数も鍛練も上回る邪馬台軍が単純に圧倒するはずであったが、実際の戦局がそう推移しているわけではないことが次第に明らかとなってきた。


 各地で一進一退、両軍は互角の争いを繰り広げていたのである。


 練度の高さと統率された動きで迫ってくる邪馬台軍に対し、連合軍が上回っていたのは気迫だった。倒れても、倒れても決して怯むことなく立ち向かってくる兵士たちの動きを見て、邪馬台の将たちは今までと違う何か異質なものを感じ取っていた。


 まさか屈強な邪馬台軍に正面から力比べを挑んでくるとは想定していなかった邪馬台の兵たちにもやがて少なからぬ動揺が広がり始める。


「なぜ、こ奴らはこんな無謀な戦い方をするのか」


 このまま単純な消耗戦を続ければ共倒れになりかねないと、ミナトが敵陣の切り崩しにかかる。離散集合の兵運用により攻撃を一点に集中させ、ついに卑弥呼軍の分断に成功した。言わば互いのお株が逆転したような戦局となったのである。


 孤立した卑弥呼軍をヤマツミ側へ押しやりそのまま挟撃せんとミナトが兵を展開させたとき、天津軍が雪崩を打って一気にせり出してきた。


「前線、盾だ。前に出ろ。卑弥呼軍を助けるぞ」

「槍兵、今だ。行けえっ」


 天津軍の機敏な動きにより、邪馬台軍の一角が崩される。


「天津が助けに来た。早く合流するぞ」


 それに呼応した卑弥呼軍が隙のない動きで天津軍と連携し、危難を逃れたのであった。


「なぜだ。なぜ卑弥呼の軍は崩れない。どうして昨日まで敵であった者同士が、こうも見事に連携できる。無策のはずだろう。信じられぬ。一体何がどうなっているのだ」


 事態が思いどおりに動かないイザナギに、明らかな苛立ちの色が浮かんできた。


 カグツチが慎重に言葉を選ぶようにしながら、イザナギを仰ぎ見た。


「イザナギ様。同じ軍にある我々にとってお互いを信じるなど何の意味も持たぬ言葉に過ぎません。ですが、かつての敵兵同士が信じ合うというのは、我々が思う以上に特別な意味があるのだと、そう思えてなりません」

「……もうよい。これ以上戦ってもあたら兵を無駄に消耗させるだけだ。直ちに戦闘を止め自陣へ戻るよう全軍へに伝えよ」


 イザナギの指令により、両軍は一時撤退し、それぞれの陣営で両者にらみ合う展開となった。

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