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倭国の王 〜少女卑弥呼の物語〜  作者: 稲戸
第四章 望郷
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第25話 そして伊世へ

 オモカネの説得にヒメは決意を固め、こうして「卑弥呼の伊予攻め」が始まった。


 倭紀によると、オモカネはかねてから領地を拡張すべきと考えていたが、軍拡路線に概ね否定的であったヒメにはなかなか受け入れられないでいた。


 そこに伊世の村を暴虐の王から解放するという口実の下、二人の思惑がちょうど一致した展開を見出せたことは、まさにオモカネの妙手であった。


 もしこのときに伊予島へ進出していなければ、後に卑弥呼が倭を平定することはなかったであろうとまで倭紀は断じている。


 ともあれ海を渡って伊予島に攻め入った卑弥呼軍は、順調に勝ち進んだ。


 この理由は大きく二つあった。


 一つは攻城戦用としてより大型に改良した強弩十連だった。飛距離も通常の弓とは比べ物にならなかった。卑弥呼軍はこの強弩十連から次々と火矢を放った。それは堀も柵も軽々と越えて守備の兵の肝を冷やした。慌てふためいて出撃した天津兵は待ち構えていた卑弥呼軍に挟撃されてさんざんに打ち破られた。


 そしてもう一つの理由は、天津兵の士気の低さだった。元々葦原の民で多くが構成された兵は卑弥呼軍に対してそれほどの敵意を持っていなかった。中にはほとんど抵抗もなく受け入れるような形で降伏するような戦いさえあった。


 そうして卑弥呼軍は次々と天津の大軍を追い払い、かつての葦原領を手中にするまであと一歩というところまで迫った。


 そのとき、ある事件が起きた。


 伊予島において領土の一部が邪馬台国と接するようになった卑弥呼国であるが、天津の軍と誤認した邪馬台国の兵と遭遇戦になったのである。


 幸いにも大事には至らなかったが、今後のことを考えると卑弥呼に敵意がないことを示しておかねばならなかった。


 ヒメたちは直ちに天津との戦いを中断し、邪馬台国へ向かった。当時まだ伊予方面で軍を統括していたスイジの取り成しにより、ヒメは直接イザナギ王と接する機会を得る。


 案内に護衛されながら、ほどなくしてヒメたちは邪馬台の王都である大和へ到着した。


 明確な王都を持たなかった卑弥呼に比べ、大和の繁栄ぶりは際立っていた。建ち並ぶ住居や人の賑わいを見てヒメは圧倒されそうになった。


 そして都の中心、荘厳な王宮の大広間において鎮座するイザナギとヒメは対面した。


 ヒメは早速あらぬ勘違いにより邪馬台国と小競り合いになったが、こちらに争う気は全くないことを切々と訴えた。


「ふむ。お前たちが邪馬台と戦うつもりがなかったことは疑ってもおらぬ」


 鋭い視線を向けながらもイザナギが重々しく頷くと、ヒメとオモカネはほっと安堵の息を漏らした。


「だが、それは天津という共通の敵がいるからだ。伊予島に出てお前たちが首尾よく天津を駆逐したならば、次は我らと戦うつもりではないか」


 西方に広大な領土を支配し今や覇王と称するイザナギが、倭の統一を目指して諸国と争いを繰り広げていることは周知の事実であった。このまま卑弥呼が領土を広げればいずれ互いの障りになりかねないことを指摘してきたのだった。


 返答如何によってはただではおかないと言外にイザナギが威圧をかけてきたために、ヒメは身がすくんで何も答えられなくなった。


 オモカネがさっと面を上げ、毅然としてイザナギに答えた。


「イザナギ王。今後において我ら卑弥呼が邪馬台の妨げになることはありません」


 イザナギがほうと一言呟き、興味深げな視線を向けた。


「なぜ、そう言い切れる?」

「我らがあえて伊予島に出て天津との戦いを決意したのは、我が王の故郷である伊世が天津の暴政に苦しむのを看過しかねたがゆえにございます。なれば、我らは伊世をお救いすればその先、天津にも邪馬台にも侵攻する所存はございません」

「なるほど。確かに理は通っている。しかし今後も我らが戦わぬとは限らぬぞ」

「イザナギ王。そもそも我らがヒメ王は戦乱によって倭が争い合うことを嫌い、人々の平穏を願う一心で王として立つことを決心なさったのです。我が王は互いの民が傷つくことを決して望みません。邪馬台にもそのお心があればこれからも戦うことはないでしょう」

「ヒメと申したか、卑弥呼の王よ。この者の言に相違ないか」


 イザナギに問われたヒメは、決然として面を上げた。


「はい。オモカネ様の仰ることに間違いありません。私は皆の命を守りたい。ただそれだけが願いです。邪馬台国とも手を取り合えるならばと望んでおります」


 イザナギが大きく頷いた。


「いいだろう。お前たちの考えはよくわかった。ワタツミ何か異存はないか」

「卑弥呼と和することは、今後においても大変有意義なことと存じます。是非なさるべきでしょう」


こうして卑弥呼と邪馬台は和睦の誓いを交わした。


 友好の証として邪馬台では早速宴が手配された。宴は肉や魚など各地から上納された特産品により贅を尽くした料理が所狭しと並べられ、大層豪勢なものであった。


 常に厳粛な表情を崩さないと評のあるイザナギが、いつになく上機嫌な様子で高杯に注がれた酒を一気にあおる。


「ははは。両国が力を合わせれば、天津など相手にもなるまい。倭が平定されるのもそう遠くはなさそうだ。ヒメとやら、そうは思わぬか?」

「ええ、そうですね」


 恐縮してイザナギの横にずっと座っていたヒメは曖昧に返事をした。


 そこで不意にイザナギが空になった高杯を眺め、小首を傾げた。


「ふむ。そう言えばそなた、伊世が出身と申したな?」


 ヒメがそうなのですと答えた。


「葦原から伊曽に来た援軍が、確か伊世の者であったと聞いたのだが」

「よくご存知で。実は私も援軍として伊曽に行ったのです。そこでイザナギ王にもお会いしました」


 そこでイザナギが合点がいった様子で一人頷いた。


「おお、やはりそうか。どこかで見たと思っていた。ではあのときの女子がお前であったか。威勢がいいことで覚えてはいたが、まさか王にまでなるとはな。ふうむ。面白いこともあるものだ」


 あのときは歯牙にもかけなかった一介の村娘が今や大軍を率いる王となったことにイザナギは興をそそられた様子であった。


 宴も終わりを迎え辺りが静まった頃、オモカネは酔い気冷ましにと外へ出た。りんりんとどこかで虫の鳴き声が響く。夜風が肌に心地いい。


 もっと月が見えぬだろうかと裏庭に回ると、既に先客がいた。


 月明かりに玲瓏なその姿が淡く浮かび上がる。長い黒髪に静けさを湛えた瞳。知将ワタツミであった。


 ワタツミはオモカネを見て静かに微笑んだ。


「あなたも月に誘われたのですか?」

「ええ、すみません。酔いざましに詩歌でもと思ったものですから」


 ワタツミは軽く頷くと、オモカネを隣に誘った。


「それは丁度いい。どうです。互いの歌を披露してみては」

「ああ恐縮です。同郷の先達として一度あなたにお会いしたいと思っておりました」


 オモカネは緊張に身を固くしながら、ぎこちなく腰を下ろした。その様子を見てワタツミがふっと頬を緩めた。


「風雅を愛でる心に敵も味方もありません。しばし語り合いましょう」


 二人は静かに目を閉じて月夜に思いを馳せた。そこでどんな会話が行われたのかについてはもちろん倭紀に述べられていない。


 邪馬台国と和睦を結んで後顧の憂いを絶った卑弥呼は、一気呵成に伊世まで天津を追い込んだ。


 ここを軍事拠点と定めていた天津は決して落とすことはできないと、伊予島の残存勢力をここに集中的させた。


 伊世の攻防戦はまさに互いの総力と意地をかけた譲れぬ一戦となった。


「強弩十連。火矢を放てっ」


 オモカネの指示が飛び、巨大な連弩から発射された矢が次々と堀を越えた。


「落ち着け。ただの脅かしだ。炎は簡単に広がらぬ。決して慌てるでないぞ」


 天津もただ黙ってやられ続けていたわけではない。これまでの経験の中で防護策を練り、ここ一番に備えてきていた。決死の守りを見せる天津軍に、さしもの卑弥呼軍も攻めあぐねていた。


 そのとき天津が後詰めとして追加の軍を派遣したと一報が入った。得意の物量作戦で前後から押し潰す腹であろう。


「やむを得ません。こちらにもある程度の損害は出るでしょうが、援軍が来るまでに何としても攻め落としましょう」


 もう後のなくなった卑弥呼軍にオモカネが強硬突破を進言した。長い梯子を相手側に倒し、一気に攻め上るのである。大陸でも常套に使われる攻城法だった。


 身体能力に優れるスサノオらが先頭に立ち、よじ登ろうとする。


 だが敵も負けてはいない。かけられた梯子を破壊するため木斧を持った兵士が柵の上に立った。


 斧を振り上げ、叩きつけようとしたそのとき、背後に大男が現れて天津の兵士をむんずと掴み、一気に投げ落とした。


 大男はそのまま柵の上に陣取って必死で登ってくる兵士を掴んでは投げ、掴んでは投げして天津を妨害し続けた。


 その隙にスサノオらが登頂に成功する。スサノオが向こう側に飛び降りる寸前、大男に振り返った。


「助かったぜ。お前の名は?」

「タヂカラだ。こうしている間はないぞ。早く行け」


 そのとき天津の兵士が必死でタヂカラの足首を掴み、自らもろとも飛び降りようと試みた。


 しかし、どこからか飛んできた石礫が後頭部に命中し、慌てて手を離す。支えるものを失った兵士は真下へと落ちていった。


 石礫を投げたのは、今や好青年に成長したイワトだった。片手で石を玩びながら得意気な笑みを浮かべる。


「石投げは得意なんだ。子供の頃からな」


 一方首尾よく侵入を果たしたスサノオは梯子下を制圧し、そこから多くの卑弥呼軍を引き入れた。


「おおりゃああ。退け、退けい。邪魔する奴は叩き斬っちまうぞ」


 混戦の末、ついに卑弥呼軍は正門にたどり着き、これを破壊した。


 二方を突破された天津軍の士気は大きく下がり、もはや敵ではなかった。生き残った者はほうほうの体で落ち延びていく。


 ここに伊世は陥落し、卑弥呼軍はその目的を完遂した。懐かしい面々とヒメは再開し涙を流して抱き合った。


「ヒメ。いつか帰ってきてとは言ったけれど、まさかこんな形で思わなかった。本当にびっくりしたわ」


 ウズメが腫れた目を拭いながら、ヒメの頭を撫でた。


「本当に大変だったね。お帰り」

「ウズメさん。うん、ただいま」


 それから伊世の解放と戦勝を祝って宴が催された。ヒメが村の人々と久闊の挨拶を交わし、昔話などに花を咲かせている間を縫って、オモカネがウズメに声をかけた。


「ウズメさん。あなたに一つお願いしておきたいことがあるのです」

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