第22話 鬼道の目覚め
ちょうどその頃、豊日の本隊がいよいよ近づいているとの報を受けて、卑弥呼軍本隊では軍議が開かれていた。軍略の中心を受け持ったオモカネが作戦の概要を示す。
「ここは奇襲により豊日を迎撃すべきです。古今の先例を見てもそれが最善の方策かと存じます」
ところが、意外にもこれにヒメが難色を示した。
「奇襲というのは、つまり騙し討ちのことですよね」
「まあ、そうなりますね」
「もっと何か他に穏便な手法はないものでしょうか。あまり姑息な戦いは気が進まないのですが」
「ヒメ様。いいですか。相手は兵数も多くこちらは不利な状況です。ただ真正面から戦えば必ず負けるとわかっているならば、策を講じなければなりません。孫子も兵は詭道なりとその本質を説いているところです」
「ええ、もちろんそれはわかっています」
「おわかりでしたら、受け入れるべきです。騙し討ちでも何でもそれが戦ならば勝たねばなりません。ヒメ様、王とは非情なものです。どんな素晴らしい勝利でも相手にとっては敗北です。敵のことなど考えていては戦いなどできませんよ」
「わかっていると申し上げましたっ。そんなことはもう十分っ、承知しています。ですが、卑怯な手段で命を奪われた兵は、その家族は、永年卑弥呼を恨みに思うことでしょう。私は人を殺し、土地を奪うために戦っているのではありません。相手が退けばそれでいいのです。同じ孫子でも糧道を断つなど他に説かれているではありませんか。もう少し穏当なやり方がありませんかと、私は言っているのです」
ヒメの主張に対し、オモカネがふむと考え込んだ。
「兵站を狙うということですか。私たちは連戦の必要がありますから、速攻の算段を組んでおりましたが、わかりました。極力ヒメ様のお考えに沿うよう方策を見直しいたします」
「すみません。オモカネ様。無理を言いましたが、よろしくお願いします」
こうして卑弥呼軍は豊日軍の脇をすり抜けて、後方の輸送部隊に狙いを集中させた。茂みの中に潜んだ卑弥呼の兵から次々と弩が放たれる。
「ややっ、敵襲だ。逃がすな、追えっ」
豊日の軍が弩部隊がいたとおぼしき場所を攻めると、どうしたことか無数の槍が突き出てきて、進路を妨げられたのだった。間を置かず、あらぬ方向からまた弩の雨が降り注ぐ。
「わわっ、ここにも伏兵が。深追いするな。退けっ」
こうして豊日の軍が弩に気を取られている間に、槍兵も食糧も忽然と消えていたのだった。
弩は止め金を引くだけなので、さほど熟練の腕がなくても使いこなせる。卑弥呼軍はこれを利用して、槍兵に弩を持たせ、援護射撃と足止めを交互に行い、豊日を翻弄したのだった。
日夜、次々と繰り返される食糧の強奪に業を煮やした豊日は、本腰でこれに応じるよう指令を出したが、弩と槍を機敏に用いて撤退と襲撃を続ける卑弥呼軍に大きな損壊を与えることはついぞできなかった。なにしろ迎撃に入ったときにはもう相手は霞のように消えているのである。
なお、この連携を取りながらの局地的な集中攻撃は、後にさらに発展し、卑弥呼軍の代名詞ともなった「鬼道」へと繋がることになる。
寡数ながらよく戦う卑弥呼軍に豊日が手を焼いているという状況でありながら、より慎重に守りを固めた豊日軍にオモカネらが攻めあぐねているのもまた確かであった。
「このまま推移すれば、相手は遠からず退くことでしょう。ですが、こちらはその時間すら惜しい。少々強引な手段にも出るべきでしょうか」
額に手を当てながらオモカネが唸った。
連戦を強いられる卑弥呼軍にとっては、少しでも早期に決着をつけることが肝要ではある。さりとて貴重な兵力をここですり潰してしまっては、国の崩壊に直結するのだった。
慎重な判断を迫られた卑弥呼軍に吉報と凶報が同時にもたらされたのは、そんな折であった。
吉報とはスサノオが敵総大将と力比べをし、結果火国軍を撤退せしめたことである。
だが、血相を変えた別の使者によりもたらされたのは、その熱が一度に冷めるほどの凶報であった。
「先日からの雨で川が増水し、タケル様が本隊と合流できないと見て取った伊都国軍が総攻撃を開始っ。タケル様は必死で応戦に出ましたが、多数の敵軍勢に囲まれ、壊滅の危機に」
それを聞いたヒメの顔が一気に青くなった。
「タケルがっ。それは大変です。急いで助けに行かなくては」
大切な仲間であるタケルを失うわけにはいかない。覚悟を決めたヒメが慌てて馬に飛び乗ると、血相を変えたオモカネが前に出てそれを阻止せんと立ちはだかる。
「ヒメ様っ。お止めください。今から行ってもおそらく間に合いません。よしんば間に合ったとしても、あなた一人で一体何ができますかっ」
「でもタケルがっ。このまま見殺しになどできません」
「お気持ちは察します。ですがっ、大将自ら出向くなど、愚策中の愚策っ。それだけは絶対になさってはなりません」
「いいえ。お退きください。オモカネ様っ。自分だけを安全にして忠義の臣を見捨てる王が賢明だと言うならば、私は愚かな王で構いません」
まだ策はある。望みが少しでも残っている限り、決して捨てることなどできはしない。
オモカネの懸命な制止を振り切ってヒメは勢いよく飛び出した。




