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倭国の王 〜少女卑弥呼の物語〜  作者: 稲戸
第四章 望郷
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第21話 決闘

「何だ。もう終わりかよ。随分呆気ねえんだな」


 嘲笑とも落胆ともつかない言葉を吐いてスサノオが帰ろうとすると、最奥に座っていた長身の男がやおら立ち上がった。


「お兄様、お止めください。誘いに乗ってはなりません」


 男の隣にいた娘がその腕を取って制止しようとするも、男はさらりとそれを振りほどいた。


「アヤカ(阿夜訶)よ。見たであろう。この男の尋常ならざる強さを。俺でなければ相手は務まらん」


 長身の男は無造作に大刀を片手に持ったまま、スサノオの前までゆっくりと歩いてきた。


 額と頬にはこの地方の強者の証である入れ墨がなされているのが見える。雑に羽織っただけの衣服は大きくはだけており、引き締まった筋肉質な体がこれ見よがしとばかりに露出していた。


「名を聞かずともわかる。お前は、『伊曽の千人斬り』スサノオだな」

「おお、俺の名を知っているとは、光栄なことだ」

「ふん。そう謙遜するな。武人ならば最強の称号を持つ男の名ぐらい知っていて当然だ。かねてからお前とは手を合わせてみたいと思っていた」


 男がゆっくりと大刀を構え、スサノオと対峙した。


「そりゃあちょうどよかったじゃないか。で、お前は誰だ」

「俺はオモダル(淤母陀琉)。一つ教えてやろう。この火国では強い者が上に立つ。つまり、この国で最も強い男は王であるこの俺というわけだ」

「そりゃあ話が早くていい。ちったあやる気が出てきたぜ」


 オモダルが大刀の剣先を大上段に振りかぶった。


「結構なことだ。では遠慮なく全力を出させてもらう。いくぞっ」


 言うが早いか、オモダルの刀がぶうんと唸りを上げてスサノオに迫った。


 重心と膂力がたっぷりと乗った一撃は、先の兵士とは早さも重さもまるで違っていた。スサノオが全身の力でこれを受け止めると、刀同士の激しい衝突音が辺りに響き渡った。


「ふん。こうじゃなきゃ面白くねぇ」


 今度はスサノオが激しい斬撃を放つ。岩をも砕くかという威力が込められた刀だったが、オモダルはこれを全て防ぎきった。


「なら、これはどうだあっ」


 スサノオが荒れ狂う嵐のような乱撃を仕かけると、オモダルも負けじと刀を振るい応戦した。


 目にさえ止まらぬほどの猛烈な勢いで繰り広げられる刀の応酬に、異様な衝突音だけが絶え間なく鳴り響いた。


 尋常ならざるまさに人外の戦いである。スサノオはぜいぜいと肩で荒い息を吐きながら目に流れる汗を拭った。


「はあはあ、驚いたぜ。まさか本気の俺と互角に戦える奴がいるとはな」

「それは俺も同じだ。お前が噂に違わぬ実力を持っていて安心した。そう簡単に最強の称号を手にしても張り合いがないと思っていた」

「はっ。その減らず口ごとぶった斬ってやる。はあああっ」


 吠えたスサノオが宙空高く飛び上がり、一度背中まで振りかぶった刀を勢いよく振り下ろした。伊曽の戦いにおいて、敵将を兜ごと真っ二つにした、一撃必殺の大技だ。


 スサノオの人並みならぬ膂力に、遠心力と重力がたっぷりと加わった激しい一撃が、唸りを上げてオモダルの頭に吸い込まれる。


「ぬおおおおおっ」


 そうはさせじとオモダルが地につけた両足をしっかりと踏み締めて、これも尋常ならぬ脚力と背筋で大刀を受け止める。


 二人の刀が衝突する刹那、辺りに一際大きな音が鳴り響いた。


「だありゃああっ」


 勢いに任せてそのまま押し切ろうとするスサノオ。


「ぐうおおおおっ」


 一時は額の近くまで押し込まれたものの、逆にそれをはね除けようとするオモダル。


 渾身の力を込めたその足と額に、破れんばかりの血管がくっきりと浮き上がる。そのとき。


 がきいとオモダルの刀が大きな悲鳴を上げ、刀身が二つに折れた。あまりに激しい負荷に耐え切れなかったのだ。分かたれた先端が錐もみして地に突き刺さる。


 オモダルがふっと苦笑して屹立すると、先を失った刀を無造作に投げ捨てた。


「もういい。……俺の、負けだ」

「おいおい、待てよ。ただ刀が折れただけだろう。そんなもの勝負とは言えねえぞ」


 納得のいかないような顔で抗議するスサノオに向けて、オモダルがゆっくりと首を振った。


「言い訳をしないのが俺たちの流儀だ。刀がなければお前とは戦えん。だからお前の勝ちだ」


 スサノオが顔を歪ませてああと唸りながら何度か頭を掻いた。


「ち。面倒くせえな。だけどしょうがない。そういうことにしといてやるよ」


 オモダルが軽く頷き、スサノオに手を差し伸べた。


「お前は俺に勝った。お前の強さを本物と認めよう。どうだ火国の王にならないか?」


 至って真剣な顔で尋ねるオモダルだったが、スサノオが慌てて両手を振り、頑としてこれを固辞した。


「おいおい、止せよ。笑えない冗談は。俺は王なんざ柄じゃないし、そもそもそんなつもりで勝負を挑んだわけじゃねえからな」

「そうか。お前なら誰も異論を唱える者はいないだろうが、まあいい。この勝負の結果をもって火国はここで退く。卑弥呼には今後手出しをしないとそちらの王にも伝えておいてくれ」


 オモダルが早速全軍に引き揚げの指示を出した。そこでスサノオがオモダルの背中に待てよと呼びかけた。


「なあ、オモダル。国王はごめんだが、新しい刀を作って、また俺と戦えよ。こんなので勝ったと言われても俺は釈然としないぜ」


 オモダルが振り返り、不敵に笑った。


「強者を相手にするのは、いつでも望むところだが、いいのか? せっかく譲った勝利をふいにすることになるぞ」

「言ってくれるぜ。刀が万全でも勝てないってことを知らしめてやるよ」

「ああ、再戦を楽しみにしている。また会おう」


 そうして再会の約束をした二人は互いの陣地へと戻っていった。


 オモダルが身を案じて駆け寄ってきたアヤカを前にして一つため息を吐いた。


「スサノオか。思った以上に危ない奴だった」


 それを聞いたアヤカが少し頬を膨らませる。


「当然です。一人で敵陣に乗り込んで勝負を挑むなんて危ない男に決まっているではないですか」

「いや、そういう意味で言ったのではない。何と言うか。あいつ、死に場所を求めているような目をしていた。どうも変なことを考えていなければよいが」


 敵ながら案ずる様子のオモダルにアヤカが眉を寄せ、信じられないといったふうに首を振った。

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