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倭国の王 〜少女卑弥呼の物語〜  作者: 稲戸
第四章 望郷
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第20話 宇佐の戦い

 イサオが急死し、果たして熊襲は二人の跡目争いとなった。


 早くから卑弥呼の支援を受けたカワカミが王位を得ることで、熊襲と卑弥呼の関係は急速に改善した。


 卑弥呼は熊襲側に一定の居住権を認めさせる一方で、熊襲の開墾や利水などを積極的に手助けし、その生産性を飛躍的に向上させることに寄与したのだった。


 またこの頃、卑弥呼はかねてから重要視していた馬の飼育に力を入れ、ヒメやスサノオたちも情報の伝達や軍の強化などに馬を積極的に活用した。


 こうして急激にその国力を増大させた卑弥呼であったが、今度はそれが筑紫島の北部に位置する国々の警戒心を刺激する結果となった。


 特に問題視されたのは、それらの国から直接流入する人々の存在であった。


 いくら監視の目を厳しくしても、より治安のよい卑弥呼に定住を求める者は途切れることはなく、その事実を諸国は元より苦々しく思っていたようである。


 そしてついにそれを象徴するような事件が起きた。


 豊日にある三つの集落がそのまま卑弥呼に属すると突如表明したのである。豊日はこれを寝返りとして認めず、これらの集落を鎮圧するため出兵した。


 卑弥呼としても寝耳に水の事案であったが、卑弥呼に差し伸べられた救いの手を振り払うわけにもいかず、ヒメは出兵を決意した。


 またこのとき卑弥呼の国内にも見て見ぬふりをすべきでないとする意見が大勢を占めていたこともそれを後押しした。


 この動きを見た豊日は、最も苛烈な戦略に出た。普段は覇権を巡って争い合う筑紫島北部の諸国と連合を組み、大兵団を組織して一斉に卑弥呼に攻めかかろうとしたのである。


 なお倭紀によると、このとき国同士が協力した背景には、豊日だけに卑弥呼を占拠されるわけにはいかないとこれを牽制する思惑もあったようである。


 連合軍の中心となったのが、豊日国、火国、伊都国の三国であった。


 ただでさえ兵数に劣る卑弥呼にとってこれら既存の強国を一度に相手することがどれだけ無理な戦いであるかは当然卑弥呼も把握していた。だが、相手がこれを契機に卑弥呼を押し潰そうとしていることが明白である以上、ここで兵を退いたとしても事態を好転させる見込みはほぼありえず、何としても押し返す以外に方法はなかった。


 この卑弥呼と筑紫三国との一連の戦いは、当時広く宇佐と呼ばれていた地域を主戦場としたことから、「宇佐の戦い」と総称したと倭紀には記されている。


 この宇佐の戦いにおいて、当初卑弥呼が想定した基本的戦略は、火国からの進入路にはスサノオの部隊を、伊都国からの進入路にはタケルの部隊を当たらせて専守防衛し、その間にヒメとオモカネが主力を率いて各勢力を順次撃破するというものだった。


 圧倒的に劣勢な彼我の戦力差を埋めるのはオモカネの機略縦横な兵法を除いて他にないと思われていたからである。


 ところがこの想定が戦いの序盤において早くも崩れることになるとは、たった一人を除いて誰にも思わぬことであった。


 それは火国と対峙するスサノオ陣営のこと。大将を預かるスサノオが、突如単身で敵国の陣へと乗り込んだのである。


 陣に入るやスサノオは早速敵軍に周りを取り囲まれたが、少しも慌てることなく、おういと陣営に向かって呼びかけた。


「お前らは強者揃いと聞くぜ。だから勝負しに来た。なんならこの中で一番強い奴を出してこいよ。俺と戦おうぜ」


 何と豪胆で命知らずな奴が来たものだと火国の兵たちは舌を巻いた。だが火国にも矜持がある。卑怯なことをせず正々堂々と勝負を受けてやらねば名折れであろう。望みどおり火国の強さを思い知らせてやれと火国軍の意見が一致した。だが誰が?


 ざわつく陣内で最初に名乗りを上げたのは、最も巨躯にして筋骨粒々な髭面の兵士だった。


「それなら当然俺が行くぜ。威勢のいい口先にどんな猛者が来たかと見れば、細っこい青二才じゃないか。俺の豪腕で真っ二つにしてくれる」


 鼻息を荒くしながら飛び出した髭面の兵士を見て、スサノオが不敵な笑みを浮かべた。


「ほう、見た目は骨がありそうじゃないか。いいぜ。かかってきなよ」


 髭面の兵士が裂帛の気合とともに大刀を振りかぶったかと思うと、ぶうんと凄まじい刃音を立ててスサノオに斬りかかった。だがスサノオは軽やかな足さばきですっとそれをかわす。


「遅いぜ。蝿が止まるんじゃないか」

「ぐぬあああっ。愚弄するかああっ」


 激しい怒りで目を血走らせた兵士が猛烈な勢いで何度も刀を振り回すが、スサノオが俊敏な動きでそれらを全ていなしていく。


「ちょこまかと。これはどうだ。はああああっ」


 今度は兵士の横薙ぎの斬撃が凄まじい勢いでスサノオに迫る。だがその大刀はすっと持ち主の手を離れ、そのままあらぬ方向へと飛んでいった。


 スサノオがちらと視線を遣ったその刹那。


 髭面の兵士がスサノオの体を掴み、そのまま両腕で胴体を締め上げた。この油断した瞬間こそが兵士の本当の狙いだった。


「ぐぬぅ。捕まえた。もう逃げられんぞ。このまま捻り潰してくれる」


 巨躯の兵士が渾身の力を込めると、スサノオの体がめりめりと異様な音を立てた。兵士の額と腕に大きな青筋が浮き上がる。


 だがスサノオはまだまだ涼しい顔をしていた。


「ふん。さすがに力だけはありやがる。だが力比べじゃ、俺も負けちゃいねえぜ」


 スサノオは自分の倍ほどある太い腕に親指を挟み込むと、そのままがっと鷲掴みにした。そして一度大きく息を吸うと全身に気合いを入れた。


「ぬうおおおおおっ」


 これは尋常ならざる握力である。兵士の腕が見る間に引き剥がされた。


 驚愕で目を見開く兵士をスサノオがそのまま投げ飛ばした。巨躯が信じられない勢いで宙を飛び、もんどりうって地に転がる。


 勝負は力も技も上回るスサノオの圧勝であった。信じられぬ光景を眼前にして、火国の兵たちは言葉もなくただ呆然と立ちすくんでいた。

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