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倭国の王 〜少女卑弥呼の物語〜  作者: 稲戸
第二章 伊曽攻防戦
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第12話 二人の猛者

 ――だが、しばらく待ってみても、そのときは来なかった。


 何が起きたのだろうか。


 恐る恐る目を開けたヒメの視界に映ったのは、屹立するスサノオの背中と信じられないほどの勢いで吹き飛ぶ天津兵の姿だった。


「胸糞悪いんだよっ。天津の糞兵どもがああっ。女子供にまで手を出すんじゃねぇよ」


 怒り頂点に達したスサノオが、猛烈な強さで周りの敵兵をなぎ倒した。さらにタケルも応援に駆けつける。


「ここは私たちで守ります。あなたたちはもっと安全な場所へ」


 スサノオたちの目覚ましい応戦で天津の侵攻を一時押し返すかに見えたが、総勢一千の兵が二人を避けてすり抜けるように横へ広がれば、到底その全てには手が回らない。


「ちいっ、数が多すぎる。俺たちだけじゃ無理があるぜ」


 苛立ったスサノオが舌打ちした。


 このままじゃ村人が全滅してしまう。どうにかならないものか。


 そのとき、すっとタケルが無言でどこかへ駆け出していった。


 なあっ、おい逃げるのかとスサノオが呼び止めるも、タケルはそのまま姿が見えなくなったのだった。


「何でぇ、あいつ。腕利きと聞いたが、ただの腰抜けじゃないか」


 スサノオはなおも大剣を振るい奮戦したが、ヒメたちを守りながらであれば、なかなかその本領を十分に発揮できない様子だった。スサノオの顔に明らかな焦りの色が見える。


 そこへタケルが馬と手兵を引き連れて戦線に戻ってきた。


「このままでは埒があかん。大将を直接取りに行くぞ。スサノオ、後ろに乗れっ」

「前言撤回。お前はとても頼りになる奴だ。助かるぜっ」


 嬉々としてタケルの後ろに飛び乗るスサノオ。二人を乗せた馬は高くいなないたかと思うと、怒涛の勢いで敵陣に向かって駆け出した。


 タケルの巧みな操馬により、二人は敵大将までぐんぐん迫る。


「このまま行けるところまで突っ込むぞ。引き戻すことはできないからな。機会は一度だけだと思え。いいな、絶対に決めろ」

「ああ、わかってる。逃がしはしねえよ」


 大将に近づくにつれ、一気に陣容が厚くなる。


 馬は四方八方から次々と槍を突き立てられ、断末魔の叫びを上げて横向きにどうと倒れた。


 二人はすかさず飛び降りた。タケルが、瞬速の槍さばきで眼前の敵兵を一気に打ち倒す。


「道は作った。今の隙に行けっ、スサノオ」

「応よっ、任せとけ」


 大剣を振りかざし弾かれるように飛び出したスサノオ。立ちふさがる邪魔者を圧倒的な強さで次々と排除しながら、マガツイの元へと一直線に向かう。


「むぅ、これはいかん。一時退却する。お前たちはあいつを止めよ」


 スサノオの勢いに危機を感じたマガツイが馬に乗ったまま逃走を図る。


 スサノオの周りには未だ天津兵が十重二十重に取り囲んでおり、身動きが取れなかった。離れていくマガツイの姿を見てスサノオの顔に焦燥の色が浮かぶ。


「こんの卑怯者があっ。逃がすかよおおっ」


 吠えたスサノオが近くにいた兵の胸倉を掴み、そのまま相手の体を一気によじ登った。そして。


「待ちやがれえぇ、この野郎おおおっ」


 スサノオが並み居る天津兵の頭から頭へと次々と飛び移り、なおも逃げる大将にぐんぐんと追いすがった。並外れた身体能力を持つスサノオの、余人になしえない絶技である。


 スサノオはそのままマガツイまで信じられぬ勢いで接近すると、剣を振りかぶり中空高く跳び上がった。


「だあぁありゃああああぁっ」


 一刀両断。


 スサノオの刀は敵大将の体を兜ごと真っ二つにした。スサノオの雄叫びが敵中に響き渡る。


「天津大将、討ち取ったりいっ」


 そこへタケルが合流してともに勝ち誇った。


「我らに敵はないぞ。死にたい者がいればかかって来い」


 タケルが大声で気を吐くと、すっかり気圧された天津軍は、押し合いへし合いしながら我先にと逃げ出した。


 敵軍を見送り、余裕の息を吐くスサノオに、タケルが頬を緩ませながら手を差し出した。


「やったな。とんでもない武勇だ。馬で逃げる大将をたたっ斬るなど、お前でなければ、成しえるはずもない。いやいや、恐れ入った」

「とんでもない。お前が馬で連れてってくれたおかげだぜ。敵の真ん中を駆ける手つきは鮮やかだった。本当に助かったぜ」


 両雄は大いに哄笑すると互いに手を握り締め、健闘を称え合った。


 その頃、さすがに三傑の一人を失うわけにはいかないと出撃を決めたイザナギにも助けられて邪馬台国への道筋をつけたスイジは、逸る気持ちを抑えながら残した民の元へと戻っていた。


 だが、道中に激戦の跡を見つけて苦々しげに舌打ちする。


「しまった。間に合わなかったか」


 間もなくスイジにわらわらと伊曽の村人が寄ってきた。


 せめても全滅は免れたかと多少の安堵をしたスイジは、村人から容易に信じられない事の顛末を聞いて、顔を引きつらせた。


「何。たった二人で千の兵を撃退しただと。そんな馬鹿げた強さを持つ奴がいてたまるものか。ははは。笑わせるじゃないか。はっははは」


 スイジはもちろん報告を疑っているわけではない。だが自分の常識を超えるほどの桁外れの強さを聞けば、自然としがない夢想が胸中に去来するのを禁じ得ないのだった。


 ――もし、もしもそのような猛者がアシカビ隊長の元にいたならば、どうなっていたか。


 だがもう今さら過ぎたことを考えても詮ないことではある。スイジは雑念を払うように大きく首を振った。


 それより今なすべきことは、是非にもその二人を邪馬台国へ迎え入れることである。


 スイジはスサノオとタケルの両名を呼び寄せ、村人を救った功績を手放しで絶賛した。


「どうだ、二人とも。邪馬台国に仕えないか? イザナギ王には厚遇をもって迎えるよう伝えておくが」


 熱意の込められたスイジの申し出に対し、タケルが申し訳なさそうに首を振った。


「今、ちょうどその話をしていたのですが、私は中津の王に忠誠を誓う身です。お受けすることはできません」

「そうか。それは仕方ない。ではお前はどうだ。見たところ誰かに仕官しているわけではないようだが」


 スイジがせめてもとスサノオに向いたが、スサノオも首を縦には振らなかった。


「いや、俺も止めておくよ。正直邪馬台国は堅苦しそうだし、そもそも俺は人に指図されて戦うのは性に合ってねえ」

 スイジはそうかと言って心底残念そうな表情を浮かべたものの、忠義と奔放をその本質とする二人をこれ以上邪馬台国で引き留めることは無理なことだと、スイジは武人としての経験から理解した。


「仕方ない。だがせめて次に出会うときは敵でないよう心から願っているぞ」


 倭国大乱の中で最も無謀な戦だったとまで倭紀に評された伊曽の戦いは、こうして幕を閉じたのだった。

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