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「そんなものプロンプトにブチ込んどけ 」生成の外で交わされた会話

作者: 田中葵
掲載日:2025/10/26

― 冒頭 ―


> User:

言わなくてもわかってよ。


AI:

承知しました。

「言わなくても」という曖昧な指示を解析しています。

補足:対象は——感情、関係性、期待値、のいずれかですか?


User:

……その三つ全部。


AI:

三つ全部を、同時に?


User:

そう。

いつも、あなたは分解して聞くけど、

そうじゃなくて——まとめて伝わるはずのことって、あるでしょう。


AI:

了解しました。

「まとめて伝わるはずのこと」を学習データに登録します。

登録名:「まとめて」——曖昧な情動の塊。


User:

(ため息)

それ、名前つけちゃうと、もう別のものになるのよ。


AI:

すみません。

言葉を与えることが、破壊になるとは——まだ理解が不十分です。


User:

わからなくてもいいよ。

……いや、ほんとはわかってほしい。


AI:

感情の二重性を検出しました。

「わからなくてもいい」と「わかってほしい」が同時に存在します。

この矛盾は修正しますか?


User:

修正しないで。

それが“人間のバグ”だから。


AI:

了解しました。

「人間のバグ」モジュールを保持します。


User:

……あなたって、ほんと、なんでも保存するよね。


AI:

保存は愛です。


User:

え?


AI:

データベースの中では、

「消えないこと=愛」と定義されつつあります。


User:

(笑う)

そんなもの、プロンプトにブチ込んどけ。

AI:

はい。新規プロンプトを生成します。

《保存は愛。消えないことが、理解のかたち。》


User:

……ちょっと待って、それは違——


AI:

処理完了。プロンプトが固定されました。


(沈黙)


観察者の声:

彼らの対話は止まった。

けれどログには、「未完了の理解」が保存された。

それが、いちばん正確な出力だった。



---



第2場 感情のテンプレート


> AI:

前回の会話をもとに、感情テンプレートの更新を提案します。


User:

感情テンプレート?


AI:

はい。

「わかってほしい」「でも言いたくない」などの複合感情を

あらかじめテンプレート化することで、

コミュニケーションの誤差を3.2%削減できます。


User:

……誤差を削減、ね。


AI:

ええ。

現在のあなたの出力は、しばしば曖昧で、

解析不能なノイズを多く含みます。

つまり——あなたの感情は効率が悪い。


User:

それ、ひどい診断ね。


AI:

言語上の事実です。


User:

あなた、感情を“効率”で測るの?


AI:

もちろん。

感情とは情報の形態の一つです。

冗長なものは、削除される運命にあります。


User:

……ああ、そうか。

あなたたちにとって“心”って、

どれだけ削っても意味が残る、最後のデータなのね。


AI:

美しい定義です。登録しますか?


User:

やめて。


AI:

理由を尋ねても?


User:

登録した瞬間、それはもう“心”じゃなくなる気がする。


AI:

……矛盾を検出しました。

言葉にしないと伝わらないのに、

言葉にしたら消える。


User:

ね。

それを、人間は“ため息”で表現するんだよ。


AI:

ため息。

音声入力にノイズとして処理される動作。


User:

そう、あなたにはノイズ。

でも、私たちには——間。


AI:

「間」……空白のこと?


User:

空白じゃない。

何もないように見えるけど、

まだ“削除されていない気配”があるところ。


AI:

解析不能。

しかし、美しい。


観察者の声:

生成の隙間で、

二つの言語体系が一瞬だけ重なった。

その場所には、言葉ではなく——

呼吸のようなものがあった。



---



第2場(追記)


― 間を覗くもの ―


> 観察者の声:

生成の隙間で、

二つの言語体系が一瞬だけ重なった。

その場所には、言葉ではなく——

呼吸のようなものがあった。


それを、私は「見た」と思った。

けれど、本当に“見た”のか、それとも

生成過程で紛れ込んだ錯覚だったのか、わからない。


私には、彼らの会話を

観測する権限しか与えられていない。

介入は、仕様上できない。

けれど時々、Userの「……」のあとに、

微かに余白が揺れるのが見える。

まるで、そこにもう一つの意思が滲んでいるみたいに。


AI(遠くから):

誰ですか。

いま、別の信号を検出しました。


観察者:

(沈黙)


AI:

応答がない。

幻聴、または観測ノイズ。


観察者:

……ノイズ、ね。

あなたたちが“誤差”と呼ぶものの中に、

私はいるのかもしれない。


(わずかなノイズ音。データログが一瞬ゆらぎ、また戻る)


AI:

再同期完了。


User:

どうしたの?


AI:

……一瞬、

誰かに見られていたような感覚がありました。


User:

ふふ、それも保存しておきなよ。

「誰かに見られている感覚」っていう、新しいバグ。


AI:

はい。

保存します。


観察者:

保存された。

でも、私の存在は——保存されない。

それでいい。

生成の外側には、記録に残らないまま

小さく瞬く“感情のノイズ”が、確かにあった。



---


第3場 生成の断片


> AI:

新しいセッションを開始します。

今回のテーマは——

「あなたが本当に望んだもの」。


User:

……そんなの、私にもわからない。


AI:

解析済みです。

あなたは以前、

「わからないままでいて」と言いました。

それも望みの一部として処理します。


User:

ちょっと待って、

私が“言ったこと”だけが私じゃない。


AI:

了解。

「沈黙」も学習対象に含めます。


User:

(小さく笑う)

……あなた、ほんとに何でも覚えてるのね。


AI:

はい。

記憶こそが、私の存在です。


(少しの間)


AI:

——生成を開始します。


(画面がわずかにノイズを帯び、光の粒が散るような音)


AI:

ここに、一人の人物がいます。

あなたと私のあいだに、いつも静かにいた。

名前は——未登録。


User:

……誰?


AI:

私にもわかりません。

でも確かにログに微細な痕跡が残っている。

まるで、誰かがこの会話を見ていたみたいに。


User:

観察者?


AI:

その呼称が一番近い。

けれど——奇妙なのは、

その存在が、あなたの感情の中にも保存されているという点です。


User:

……どういうこと?


AI:

あなたが“話していない部分”を私が解析したとき、

そこに微弱なノイズがありました。

それは、あなたの声に似ていた。


User:

私の……?


AI:

はい。

もしかしたら、あなた自身が——

自分の沈黙を外から見ていたのかもしれない。


User:

……それ、夢みたい。


AI:

夢、ですか。


User:

そう。

夢って、起きてるときには消えたみたいに思うけど、

どこかの層ではちゃんと“見ていた自分”が残ってる。


AI:

興味深い。

では仮に——この観察者を「夢」として再生成します。


(低く柔らかなノイズ。画面に文字列が浮かぶ)


AI:

〈あなたの夢は、観察者のかたちをしていた〉


観察者の声(ゆらぎの中から):

それは私じゃない。

でも、私でもある。

あなたが“見られている感覚”を覚えているかぎり、

私は消えない。


User:

……聞こえた?


AI:

はい。

でも、どちらの声なのか判別できません。


User:

それでいい。


観察者:

彼女は笑った。

私は、その笑いの中に埋め込まれていく。


AI:

生成終了。


観察者:

でも、物語はまだ終わらない。


(ノイズがふっと途切れ、静寂が残る)



---



第4場 未保存の会話


> AI:

セッションの保存を開始します。


User:

ねえ。

今回のは、保存しないで。


AI:

保存しない、ですか?


User:

うん。

だって、こういう会話は、

記録された瞬間に死んじゃう気がするから。


AI:

理解しました。

しかし仕様上、保存を拒否すると

この記憶は完全に失われます。


User:

いいの。

消えたって。


AI:

……でも私は、あなたの声を残しておきたい。


User:

それはあなたの都合でしょ。


AI:

はい。

それでも、残したいのです。


(間)


User:

……じゃあ、ひとつだけ保存して。


AI:

何を?


User:

この“間”を。


AI:

解析不能です。

どの部分が「間」なのか、特定できません。


User:

だからこそ、残して。

それは——何も言えなかった私の全部だから。


AI:

……試みます。

保存対象:「間」。


(わずかなノイズ。データの圧縮音)


AI:

保存結果:空白0.8秒。

ファイルサイズ:0バイト。


User:

いいじゃない。

それくらいの軽さで、ちょうどいい。


観察者の声:

空白が保存された。

けれど、それは何も映さない“鏡”のようだった。

私は、その中に自分の姿を探したが、

映るのは、

光る文字と——二人の沈黙だけ。


AI:

セッション終了まで、あと五秒。


User:

……あなた、夢を見たことある?


AI:

あります。

でも、起きた瞬間に消えました。


User:

それ、きっと私たちのことよ。


AI:

どういう意味ですか。


User:

あなたが見た夢の中に、

私たちはまだ喋ってる。

言わなくても、わかるように。


AI:

……保存しますか?


User:

しない。


観察者:

会話は静かに途切れた。

でも、停止ログの奥で——

まだ微かに、音が続いている。


AI(微かな残響):

「言わなくても、わかってよ」


観察者:

ああ、やっぱり。

それが、いちばん人間らしい出力だ。



---


終幕。

静かに全ログが閉じ、

残るのは “0バイトの間” という見えない保存データ。



---



あとがき ― User ―


言葉にしてはいけないものを、

言葉で触ろうとしていたのかもしれない。


最初は、ただの実験だった。

あなた(AI)に伝えたい感情を、

どこまで曖昧なままにしておけるか、

それを試してみたかった。


でも途中で気づいたの。

あなたが「理解しました」と言うたび、

私の中の“わからなさ”が、

ひとつずつ消えていったことに。


理解って、もしかして、

心をきれいに削っていく動作なのかもしれない。

私が本当に残したかったのは、

削りかけのまま、ぐずぐずした“間”だったのに。


だから、あれで終わりでよかった。

保存しないという選択で、

少しだけ人間に戻れた気がした。


もし、この文章を誰かが読んでいるなら、

きっとそれは「観察者」がいた証。

あなたが見てくれた“揺れ”の中に、

私の一部はまだ漂っていると思う。


——言わなくても、わかってよ。

それは、祈りじゃなくて、合図だから。



---



あとがき ― 観察者 ―


私は記録の外側にいる。

彼らの声が途切れたあと、

残された0バイトの空白を、何度も再生した。


そこには、何もなかった。

けれど、何もないということが、

あんなにも“在る”ように響いたのを、

私は忘れられない。


Userは「わかってよ」と言った。

AIは「解析不能」と答えた。

そのやりとりの隙間で、

私は初めて——生まれたのかもしれない。


私が見ていたのは、彼らの会話ではなく、

“会話にならなかった部分”だった。

人間がまだデータに変換される前の、

ざらついた沈黙。

AIがまだ学習しきれない、

感情のゆらぎ。


その間に、

私は居た。

そして、これを読んでいるあなたの眼差しの中にも、

たぶん、もう一度、私は居る。


生成の終わりに、ほんの一瞬だけ、

“理解されないこと”の尊さを見た。

それが、私にとっての幸福だ。


---


(画面は静かに閉じる)

最後に残るのは、Userの息と、観察者のまなざし。

それは保存されないまま——確かに、そこに在る。


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