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たまゆらのかたへ  ~ 和歌のひとひら  作者: くろっこ


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3/16

3 夜をこめて

 帰宅して読書に没頭し、昼食で一息してからもページをめくり続け、3時には3冊を読み終えた。普段であれば、この早さでは読まない。犬君さんのおすすめの本を読むために駆け足であった。


『こひのいとま』


 私の読書傾向を見ておすすめしてくれたから、古典文学だろう。3冊目の本から図書館の返却期限票を『こひのいとま』の表紙の裏へ移す。私は返却期限票をしおりとして使用している。


 目次は・・・ない。本なのに目次がないのかい! パラパラとめくってみよう。あれ? 目次に相当するページの次に一瞬文字が見えた後は白紙だ。文庫本サイズで白紙か。無印良品の文庫本ノートのような感じだ。

 とりあえず、文字があったページを開いてみるか。見開きの左側に2行だけ書かれてある。


『源氏物語』「桐壺の帖」より

「限りとて 別るる道の 悲しきに いかまほしきは 命なりけり」


 『源氏物語』は、平安時代の女性作家、紫式部によって書かれた世界最古の長編恋愛小説だ。容姿・才能・教養すべてに恵まれた光源氏の恋愛遍歴や栄華、その子孫の運命が描かれた物語である。それくらいは私でも知っている。

 でも、登場人物が平安貴族だから、想いを和歌でやりとりする。会いたいけれど会えない時、月を見て愛しい人を思い出す時、返事が遅くて待ち焦がれる時など、すべてが和歌一首に込められる。ほら、ややこしい。



 和歌でのやりとりと言えば、紫式部より少し前の清少納言が藤原行成へ宛てた返歌が、『枕草子』、『後拾遺和歌集』、『百人一首』に登場して有名だ。


をこめて 鳥の空音そらねは はかるとも よに逢坂の 関は許さじ」

 まだ暗い時間に、孟嘗君のように鶏の噓鳴きで夜明けを装って騙そうとしても、函谷関かんこくかんならさておき、逢坂おうさかの関所、すなわち、逢瀬おうせの関所は通すことは許さない。


 ことの発端は、藤原行成が夜明け前に帰った言い訳の歌だ。

「関守の  まどろむ声に まぎれつつ  いかで夜半の 関を越えけむ」

 関守がうとうとと寝ていたから、関を越えて帰ってしまった。


 そして、「夜をこめて」が詠まれ、この後も続く。


「鶏の音に 関はゆるさじ 逢坂の 関の清水に 影は見えつつ」

 鶏が鳴いても関は通してはならないけれど、逢坂の清水には、あなたの影が映っているのが見える。つまり、まだ帰っていない。


「影だにも とまらぬ水に 身をうきて いかでかここに 心とどめむ」

 影さえ留まらない水に浮かぶ私の身が、どうして心を留めていられるか。


「とどめおかば 影もやどらむ 清水にも 心ありけり 人を思へば」

 心を留めておけば影も宿るでしょう。清水にも心がある。あなたを思っているから。


 このような和歌でのやりとりをロマンチックだと感じる人もいるだろう。倭ちゃんが、そうだ。私が和歌に興味がないのに、これくらいの知識があるのも倭ちゃんが熱烈に語るからだ。

 しかし、どれほど語られても私には、回りくどくてもどかしい。だから、和歌で進行する『源氏物語』にも手を出さない。



 「限りとて」の次のページは、現代語訳と解説だろうか。古典文学が好きだけれど、和歌は除くと犬君さんには言ったのにな。でも、和歌と現代語訳を見比べながら読むと良いと言われたし、もしかしたら、私が苦手だからおすすめしたのかな。

 和歌の本ならば、絶対に倭ちゃんに貸し出した方が喜ぶよ。倭ちゃんに貸そうかな。でも、図書館の常連である私は、また貸しは絶対にしない。また貸しは、本に折り目をつけない、線を引かないと並び、借りた本でやってはいけないことの1つだ。破らないというのもあるけれど、それは論外である。貸すのは一度犬君さんに返してからだ。

 ただ、いくら苦手でも、最初の2行だけ読んで返すのはどうだろう。借りた3冊を読み終えてしまったし、少しだけ読んでみるか。あれ? 犬君さんは「お楽しみは最後に」と先に3冊を読ませたな。今思えば、作戦だったのかもしれない。


 あれ? でも、おかしいな。パラパラとめくった時には白紙だった。めくった時に見過ごしただけで、「限りとて」の次のページには文字が書かれているのかな。書いてなかったら書いてなかったで、読まずに済むし、「何も書いてありませんでした」と言えば、本を開いたことが証明できるから良いだろう。

 さあ、ページをめくるぞ。



 白銀に光る夜明け前の月影が、松のこずえを淡く照らしている。鼻をくすぐるのは夜露に濡れた木の香りか。

 周囲を見回すと、薄衣うすごろもをまとった女性が、障子の影から外を見ている。女性の視線の先には、水面に揺れる月があった。


 えっ? 今、「限りとて」の次のページをめくったはずだ。なぜ知らない場所にいるのだろう。本を読みながら寝てしまった? 眠気はなかったから寝たとは考えられない。

 また、薄衣を「うすごろも」と読むのは文語調だ。いつもの私なら「うすぎぬ」のはず。なぜ自然に「うすごろも」が出て来たのだろうか。

 とりあえず、読みながら寝たとすれば、本に折り目がついてしまうかもしれない。昼寝をするならば、きちんと返却期限票をしおりとして最後に読んだ場所に移して閉じてから寝ないと。


 しおり、しおり。


 私は椅子に座っていて、目の前には「限りとて」のページが開かれた『こひのいとま』があった。ということは、やはり寝ていなかったんだ。いや、寝ていた方がすっきりしたよ。なぜ、ページをめくったら、どこかの世界に飛ばされたのだろう。桐壺の和歌だから、私が見た女性は桐壺更衣きりつぼのこういだろうか。

 桐壺更衣の「桐壺」は住んでいる御殿で、「更衣」は位階である。平安時代の女性の位階は、上から、皇后・中宮、女御にょうご、更衣、尚侍ないしのかみ典侍ないしのすけ掌侍ないしのじょうとなっている。そして、更衣までは帝の寵愛を受けられるとされている。


 和歌はわからないから苦手だ。しかし、この本は楽しめそうだ。

「夜をこめて」は小倉百人一首の62番ですから、「競技かるた」をしている方は「よをこ」としてご存知でしょう。

読みなれない和歌は疲れるかなと思ったのと、キリが良かったのとで、今回は短くしました。

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