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たまゆらのかたへ  ~ 和歌のひとひら  作者: くろっこ


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14/16

14 桐壺と夕顔の復習と若紫の予習

 もう1つ夕食までに行けるかな。本を開くのに「行ける」は違和感があるけれど、『こひのいとま』は本だけれど、読み物ではない。行くかどうか決める前にタイトルを見るか。


『源氏物語』 「若紫の帖」より

「生ひ立たむ ありかも知らぬ 若草を おくらす露ぞ 消えむそらなき」


 「生ひ立たむ」? うーん。和歌はわからない。その後は、どこにあるかわからない若草、おくらすというのは遅らせるではないな、露が若草を遅らせるでは意味が通じない。「そらなき」もわからないけれど、露が消えてしまうのか。

 でも、今まで人間をたとえていたから、若草も露も人間かな。そうすると、露が消えるとは、露に相当する人が死んでしまうのか。現代の日本よりも寿命が短いのは仕方ないけれど、誰かが死ぬのは嫌だな。人が死ぬと感動すると思って物語を作る人がいるけれど、死んだら悲しいだけだよ。そして、悲しいのを紛らわそうと、天国で幸せに暮らすとか、また天国で会えるとか言う。


 常葉さんも、夕瑶さんも亡くなってしまった。あくまでも『こひのいとま』の中の世界の話だから、現実ではない。それでも悲しい。また誰かが死ぬのは精神的に来る。続きは明日にしよう。




 翌日、学校にて。

「倭ちゃん、『源氏物語』を読んだことがある?」

「あるよ。光源氏の物語だよね。でも、長いから全部は読んでない」

 そうか。倭ちゃんは和歌が好きな子だ。長い古典は完読しないか。

「桐壺、夕顔、若紫あたりまでは読んだ?」

「うん。それは最初の最初だからね。源氏物語を読み始めた人は、ほぼそこら辺までは読んでいるよ。それから、若紫は中学の『古文』の教科書で出てくるらしいよ」

「そうか。まだまだ先だね」


「それで、突然、『源氏物語』の話なんてしてどうしたの?」

「実は、昨日、図書館で借りた本を読み始めて、人が亡くなる話ばかりだなと思って」

「あぁ、桐壺、夕顔、若紫はそうだよね。光源氏の恋愛遍歴が軸だけれど、人の世のはかなさと恋の移ろいを描いているから、死は避けられないんだよ」

「そうか・・」

「桐壺は、帝の寵愛を受けたゆえに、嫉妬でいじめられて亡くなる。その桐壺の子が主人公の光源氏だね」

 あれ? 常葉とこはさんと匡季ただすえさんではないのか。内容も違っている。

「『限りとて 別るる道の 悲しきに いかまほしきは 命なりけり』というのは?」

「死期を悟って、帝と別れることの悲しさを詠ったものだね。もっと生きていたいという感じだよ」

「そうなんだ」

 登場人物も背景も違うけれど、同じような心情を詠っているのか。常葉さんは、嫉妬はされていなかったけれど、匡季さんを待ち続けたまま、若くして亡くなってしまったから。

「さすが、倭ちゃんだ。説明がわかりやすい」

「これくらいなら難しくはないからね」


「それなら、夕顔の内容は?」

「光源氏が夕顔という女性と恋に落ちるけれど、原因不明の病で亡くなってしまう話」

 夕瑶ゆうようさんと朔臣さくおみさんではない。死因はドクゼリの毒ではなく、原因不明の病か。

「ちなみに、夕顔というのは名前ではなく、その女性の家に夕顔が咲いていたから、光源氏が夕顔と呼んだだけなんだよ」

「そうなんだ」

 夕顔・・。たくさん咲いていたけれど、朔臣さんは夕顔とは呼ばなかったな。

「『心あてに それかとぞ見る 白露の 光そへたる 夕顔の花』というのは?」

「香澄ちゃん、すごい和歌を持って来るね」

「すごい?」

「これは誰が詠んだか論争的なんだ。詠んだのは光源氏か、夕顔か、それとも頭中将か」

 千紗も、そんな説明をしていたな。

「それで?」

「光源氏なら、ここがあの女性の家かもしれないと見ると、白露の光を持つ夕顔の花が咲いているという感じだね。夕顔なら、ここかなと思ってあなたが見てみたら、白露の光を持つ美しい夕顔の花でしたという感じだね。頭中将の場合、『それかとぞ見る』をかつての恋人だと思って見ていると解釈しているんだよ。でも、3人の誰であっても、同じ和歌の解釈の違いだから意味が大きく違うものではないよ」

「倭ちゃん、かなり読み込んでいるね」

「だって、和歌で誰が詠んだかは重要だからね」


「最後に若紫の内容は?」

「光源氏の父である帝は、桐壺の面影を求めて、桐壺に似た藤壺を後宮に入れるの。だから、光源氏にとっては義母なのだけれど、年齢が近くて強く惹かれるんだよ。それで、藤壺に似た少女である若紫、のちの紫の上ね、を理想の女性に育てようと決意する話」

「そうか。似た人は、それほど簡単に見つからないものなのにね」

「そこは物語だから、さらっと流すところだよ」

「まぁ、そうかもしれない」

「和歌は?」

「和歌?」

「だって、香澄ちゃん、桐壺の和歌、夕顔の和歌を聞いてきたから、若紫の和歌も聞きたいのありそうだから」

「そうだ。『生ひ立たむ ありかも知らぬ 若草を おくらす露ぞ 消えむそらなき』がわからないんだよ。桐壺と夕顔で女性が亡くなるし、この和歌で『消えむ』とあるから、誰か亡くなりそうなのに、倭ちゃんの話だと光源氏が若紫を育てる話だから亡くならないよね。若紫ってまだ小さいし、光源氏だって主人公なら亡くなったら困るし・・」

「若紫は祖母である尼僧に育てられていたんだよ。でも、その祖母が死を目前にして、まだ幼い孫の将来を案じて詠んだという感じだね。それで若紫を光源氏に託すんだよ」

「そうか。若草が若紫、露が祖母である自分という意味か」

「そうそう。若紫と育ての親の祖母」

「あれ? 若紫の両親は?」

「母は藤壺の姉。父は・・・兵部卿宮ひょうぶきょうのみやという親王だったかな。間違っていたらごめん」

「親王って何?」

「天皇の子や孫など後続の中でも特に身分が高い男性」

「あれ? 現代の皇族の女性でも親王って付けない? 時代が違うから?」

「付けない、付けない。紛らわしいかもしれないけれど、内親王ね」

「そうか。マスコミで何か付けているけれど、私は『様』を付けて呼ぶから混乱していた」


「次も聞きたい?」

「次は、また今度にするよ」

「うん、わかった。香澄ちゃんから聞かれるなら、私も予習しておこうかな。最初に言ったけれど、全部は読んでいないからね」

「ありがとう。持つべきものは友だね」

「うん。和歌について聞いてくれる友は嬉しい」

「ちょっと意味が違う!」

「ははは」


 そうか。桐壺、夕顔と違って、今度は彼女ではなく、祖母が亡くなるのか。悲しいと言えば悲しいけれど、祖母だと老衰かな。人生を謳歌できたなら悲しさは少なくなる。


 若紫も『こひのいとま』の中では名前が違うだろうけれど子供だろう。お菓子でも持って行ってあげようかな。小学生様と呼ばれるのは勘弁して欲しいものの、子供の笑顔には代えがたい。何がいいかな。和菓子かな洋菓子かな。

 あ・・。和菓子は高い。武蔵製菓や明日香食品ならお小遣いで買える。いや、駄目だ。私の感覚と同列に考えたらいけない。どら焼き、苺大福、かりんとふう饅頭を持って行ったらとんでもないことになる。私が好きな「かりんとう饅頭」を食べてもらいたいけれど、絶対に駄目だ。小学生様どころでは済まされないだろう。飴玉にするか。下校時に飴玉を・・。

 却下だ。学校にお金を持って来るのは禁止で、財布を持って来ていない。ベージュの布地で、白いステッチが入っていて、端に小さな花の刺繍がある三つ折りの財布。おじいちゃんが「これなら長く使えるぞ」と誕生日に買ってくれたんだ。中身? たいして入っていない。お小遣いをもらうと、ゆうちょ銀行に積んでいるから。

梓川倭ちゃんの解説は、毎回あとがきで付けようかと迷いましたが、物語の一部にしました。

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