プロローグ
「おい、アキラ! また寝てんのかよ!」
乾いた笑い声とともに、担任のチョークが俺の額に直撃した。びりびりとした痛みに飛び起きると、クラスメイトの視線が一斉に突き刺さる。教室中に響き渡る失笑。あーあ、またやっちまった。
俺、佐倉アキラは、どこにでもいるごく普通の高校二年生だ。成績は中の下、運動も人並み、特に目立った取り柄もない。あるとすれば、どこでも寝られるという特技くらいか。今日も日本史の授業中、気がつけば意識が彼岸に飛んでいたらしい。
「佐倉、授業中に居眠りとは感心しないな。放課後、職員室に来い」
担任の呆れた声に、クラスの笑い声が少しだけ大きくなった。肩をすくめて、俺は小さく息を吐く。いつものことだ。家に帰れば、親からは「将来どうするんだ」とため息交じりの小言。友達からは「お前、本当に生きてる意味ある?」なんて冗談半分で言われる始末。まあ、自分でもそう思う時がある。俺って、何のためにここにいるんだろう?
そんなことをぼんやり考えながら、放課後、だるい体をひきずって職員室に向かっていた。廊下を歩いていると、やけにざわざわしていることに気づく。
「ねえ、知ってる? 昨日、また一人、失踪したらしいよ」
「マジで? 最近多くない?」
「警察も全然掴めてないって言うし、まさか神隠しとか?」
そんな不穏な会話が、あちこちから聞こえてくる。ここ数ヶ月、奇妙な失踪事件が多発していた。夜中に突然姿を消す人間が続出しているのだ。都市伝説好きのクラスメイトは「異世界転生!」なんてはしゃいでいたが、まさかそんなことあるわけないだろう。そう思っていた、その時は。
職員室のドアに手をかけた、その瞬間だった。
足元が、ぐにゃりと歪んだ。
「え?」
目の前の廊下が、教室が、見慣れた全てが、渦を巻くように混ざり合う。足元から冷たい何かが這い上がってくるような感覚に襲われ、ゾクリと背筋が凍った。視界が真っ白になり、平衡感覚を失う。
次の瞬間、俺の体は宙に浮いていた。
まるでブラックホールに吸い込まれるように、意識が遠のく。最後に感じたのは、耳元で囁かれる、冷たい、無機質な声だった。
「――対象:佐倉アキラ、転送プロセスを開始します。与えられるスキル:スキルシェア。成功を祈ります」