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第9話:愛梨VSティティー

 菜緒達を追い出し悦に浸っていた愛梨のもとへ新たな敵が容赦なく自分の領域へと踏み込んできた。名をティティー・クローベル。しかもエルバートの婚約者だとのたまったのである。目の前が暗闇に包まれてどれくらい経っただろう?愛梨は体を揺られる感覚に、徐々に意識を取り戻していった。


「はっ!? 愛梨、どうなってた? 今何時!?」


「聖女様!大丈夫ですか? わたくしを見た途端、お倒れになったのでびっくり致しました。申し訳ございません! お怪我はございませんか?」


美しさと愛らしさを兼ね備えた顔が愛梨を覗き込む。どうやら何時間にも感じられていたが一瞬の出来事だったようだ。だがそんな事、愛梨には些細なことだった。良い香りをもまとわせた菜緒以上の強敵をどうにかしてこの場を体よく追い払い、陥れる策を考えなければと頭の中で瞬時にはじき出す。


「う……! 愛梨、ちょっと気分悪くて……」


 そう言って大袈裟に倒れそうになる愛梨の体をティティーは慌てて支える。……と、愛梨はちょっとした違和感を覚える。何かが、変だ。


「聖女様! お気を確かに……! どうぞティティーにお体をお預けください。ソファーまで一緒にまいりましょう……!」


 愛梨の体を支えながらソファーへと少しずつ歩みを続けるティティー。それに比例してなぜかティティーの手に力が込められていっているような気がした。そして、その力はどんどんと強くなっていき、とうとう痛みを感じてくる。あまりの痛みに愛梨はその原因を思わず視認しギョッとする。


 ティティーの指が自分の肩にめり込んでいたのである。


「聖女様? お加減はいかがですか?」


 その声に悪寒を感じた愛梨は弾かれたように顔を上げティティーを見る。その顔はさっきまでの天使の様な顔が嘘みたいに青筋をいくつも浮かべ、鬼の様な形相をしていたティティー嬢がいた。


『こ、こいつ……!! 侍女達に見えないように計算してやがる!!!』


 何が彼女をここまで怒らせたのかは瞬時に察しがいった。愛梨の経験上、これは自分の彼氏に別の女がまとわりつくことへの嫌悪であると。とはいえ、ここまでの殺意を向けられたのは初めてのことなので、思わず怯んでしまう。愛梨は必死でこの場を切り抜けようと頭を回転させる。下手なことはできない。なぜならここは異世界で、しかも身分制度がどうやら絶対的な社会である。愛梨のあいまいな証言だけで、菜緒達の証拠も確認しようとせず、いとも簡単に城の外へと追い出す程の絶対的権力の前で迂闊なことはできない。


 自分が聖女かどうかなど自分でも分からないのに、はっきりと宣言してしまったのだから。


 そしてようやくソファーへとたどり着き、柔らかな椅子へとお尻をおとすと同時に肩の痛みからも解放される愛梨。その目の前には先程見せていた天使の様な優しい微笑みを再度浮かべるティティーが。後ろでは侍女達がティティーを手伝いながらも、まるで女神を見るかのように恍惚な顔をしていた。ここで、痛みを訴え肩のへこみを見せようかとも思ったが、一瞬でその考えを捨てる。愛梨は認めたくはなかったが、認めざるを得なかった。


『この女は愛梨の上位互換!! 見た目も、さらに中身の狡猾さも上!!』


 愛梨が本当の事を訴えても分が悪いのは愛梨である。ティティーはこの世界の住人で、しかも王子の婚約者。となると、身分はかなり高いと安易に予想がつく。さらに侍女達のあの反応。あそこまで手懐けるのに並々ならぬ努力と忍耐があったはず。信頼も権力もすべてが自分以上。


 そんな相手に真正面から喧嘩を売って機嫌を損ねでもしたら、最悪自分の命などすぐに消されてもおかしくない。愛梨とて馬鹿ではない。名門といわれる高校にも難無く合格し、老若男女の人間関係も上手く立ち回ってきた。唯一冷静でいられず無様な姿を晒し、警戒されてしまったのは菜緒くらいだ。


 だがここにきて、ようやく菜緒は取るに足らない存在だと見せつけられてしまった。


「聖女様はどうやらお具合がよろしくないご様子。ティティーは出直してまいります。どうぞごゆっくりお休みください」


 ティティーの中で愛梨は大したことないと判断されたとすぐに分かった。勝ち誇った様に美しく微笑むティティーを見て、愛梨は無性に闘志がみなぎってくる。


「……いいえ、ティティー様。ソファーに座らせていただけたことで落ち着きました。どうか愛梨とゆっくりお茶でもしてくれませんか? ぜひ、お話を聞かせてください。この世界のこと、エルバート様のこと。……そしてティティー様のことを♡」


 にっこりと笑う愛梨に少しだけ目を大きく開くティティーに、愛梨はますます嬉しくなった。頭と心は別物とはよく言ったものである。愛梨の心はかつてない程高揚していた。今までの人生の中でこれほど露骨に敵意を向けられたのは初めてで、しかも強敵だと思っていた菜緒も、今思えばベクトルが違いすぎて相手になってはいなかった。


 だが、目の前の女は違う。


「まぁ、聖女様。嬉しいですわ。すぐにお茶の準備をさせましょう……」


 愛梨の高鳴る宣戦布告を理解し、真正面から受けて立つと笑う格上の女を何としても引き摺り下ろしたい……!!


「わぁ! 愛梨うれしい♡ 楽しい時間にしましょうね! ティティーさ・ま!」


「うふふふ。そうですわね、聖女様……!」


 バチバチと見えない火花がお互いの間で弾け合う。絶対に負けられない両者の戦いが今幕を開ける。


「さすがティティー様と聖女様! なんだかあの空間だけ神々しい……」


 二人の後ろで何も知らない侍女達は内心キャーキャーしながらもてきぱきとお茶の準備をするのであった。


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