第8話:私が聖女だったみたいです
侑香の体に刻まれていた大きな爪痕が綺麗さっぱり消えていた。そして侑香はゆっくり起き上がり自分の手や体を見つめ、そして菜緒と葵を交互に見る。
「……うち。生き返っ…た?」
その言葉に菜緒は侑香に勢いよく抱きつく。あまりの勢いに負け、二人揃って葵に倒れ込む。さすがに二人分の体重を支えきれなかった葵も倒れてしまうが、当然怒りなどわくはずもなく。
「やばー!! うち三途の川見ちゃったんだけどー!!」
「どーせ六文銭持ってなかったから追い返されたんでしょ!!」
「菜緒ってほんと古臭いこと言うの好きだよねー」
キャッキャと喜び合う三人の少女を見ながらまたも男泣きをする軍人達。その姿にルーイもホッと安心するが、同時に奇跡を目の当たりにしたことでエトナの国に伝わる伝説は本当なのかもしれないと驚く。じゃれ合っていた三人だったが、侑香の体がフラっと傾く。そんな侑香に菜緒と葵は過剰に反応し、葵は侑香を支え、菜緒は自分が着ていたブレザーを侑香に着せる。
「大丈夫!?」
「ダイジョブ……ありがと、ちょっと眩暈がしただけ」
頭を抑え小さく振る侑香に応急処置をしてくれた男が話かけてくる。
「大丈夫かい?無理もないよ。傷が治ったとはいえ大量に出血したから貧血状態なんだろう。まだ安静にしないとだめだよ」
「はい……」
その優しい言葉遣いに菜緒達は顔を見合わせうなずき合う。
「あの……エトナの国の方達ですか?」
恐る恐るという様に尋ねる菜緒に男達は笑顔を見せながらうなずく。
「君達は、もしかしてランドール国に無理矢理連れてこられた異世界の人間なんじゃないのかい?」
その核心を突いたルーイの問いに三人は口々にそうだ! と肯定する。やはりそうかと納得するルーイだったが、いくつか疑問を感じ怖がらせないように丁寧に質問をする。
「どうしてこんな危険な外にいるんだい? もしかして城から抜け出したのか? だったら無事で良かったよ」
三人は嫌そうな顔をしながら事の経緯を怨みと怒りを込めつつしっかりとルーイ達にわかるように説明した。とんでもない事に巻き込まれていた三人の不遇な少女達に軍人達はまたも涙を禁じえなかった。ある者は目頭を抑え、ある者はランドールの行いに怒りをにじませ三者三様の反応を見せる。その大人達の姿に絶対にまともだと判断した葵は思い切って助けを求める。
「あたし達これからどうしていいかわからず、とりあえずエトナの国を目指してたんです。もしよかったらエトナの国へ一緒に連れて行ってもらえませんか?」
その遠慮がちなお願いに皆がもちろんだと、力強く答えてくれた。
「なんていったってお嬢さん達は俺達の救世主だ! 特に真ん中のお嬢さんには礼を言いたい。重傷負ってた俺の友達がお嬢さんのおかげで元気になったんだ。本当にありがとう」
その男の言葉を皮切りに次々と男達が、俺も自分もと菜緒に感謝を伝えてくる。戸惑っていた菜緒に葵がそういえばと菜緒に問いかける。
「菜緒、その力どうしたの? どうやって治療したのか覚えてる?」
「お……ぼえては、いるよ? 何となく。侑香の体の中が見えた気がして、真っ黒になってたからそれを夢中で払いのけてたの。そしたら色んな所から黒い靄が見えて、なんかそれ全部ムカついたから払ってた。払い終わったら侑香の声が聞こえたの……」
そのあいまいともいえる答えにルーイだけはなるほど、と納得していた。
「それは聖女の力かもしれない。と言ってもまだ確定だとは言えないが、エトナの伝説が真実なのであれば君のその力にはまだ続きがあるはずだ」
「続き……?」
「てか! それが本当なら聖女は愛梨じゃなくて菜緒だったってことじゃん!!」
侑香の発言に三人はいつものように顔を見合わせる。そして、一拍置いて耐えきれなくなった。
「「きゃははははは!!!」」
「……~っ!!」
堰を切ったように菜緒と侑香はお腹を抱えて笑いだす。葵も珍しくツボに入ったのか顔を背けながら笑っていた。
「マジヤバ! あいつ、愛梨が聖女です♡なんて可愛い子ぶってさー!! おめぇじゃねぇじゃん!!」
「もうやめてよー! お腹痛ー!! あははははは!!! 愛梨ざまぁ!!!」
「もう! 菜緒……! 仮にも……ふふ、聖女なんだから……その言葉遣いやめなって…! はは……!!」
一様に笑いを隠す気のない三人に事情を知ってしまった大人達は、うんうんと暖かく見守っていた。そりゃざまぁみろって思うよね、と。一頻り笑ってすっきりしたであろう三人にルーイは今更ながら自己紹介をする。
「俺はルーイ・グランチェット。ルーイとよんでくれ。そしてこっちの奴らは俺の隊の仲間達だ」
紹介された男達は、よろしくな! と挨拶してくれた。三人は改めてルーイを見る。歳は35,6だろうか。茶色の髪に切れ長だが優しさを感じる目。そして何より常識もありつつ丁寧だが、くだけた厭味のない話し方は、ルーイの魅力を惜しみなく伝えてくれている気さえした。頼りになる味方を探し求めていた三人にとって、ルーイとここにいる歴戦の猛者達は輝いて見えた。さらにルーイの隣にいたルーイよりも頭一つ分身長が高く、短い茶髪を掻き上げた様に後ろに流し、子供みたいな無邪気さを見せる男が説明を続けてくれた。
「俺達はエトナ国の軍人なんだ。その中でも俺達ルーイ小隊は魔獣討伐を専門とする対魔獣部隊なんだが、今回の討伐対象が想定外のでかさで苦戦してたんだ。そこをお嬢さん達が助けてくれたってところだ。そして、俺はこの隊の副長のバルト・トロワっていうんだ!バルトってよんでくれ」
よろしく、と握手を求めるバルトに三人は快く返す。大きく暖かい手に今までの緊張感が本当の意味で溶けていく感覚がした。これからは、この大人達にすべてまかせて自分達は元の世界へ帰る方法を探そうと新たな目標を定める。
「言いたい事は山ほどあるが、とりあえず村へ戻ろう。そこで英気を養ってそれからこの世界のことや、今後についてを改めて話すとしよう」
「よろしくおねがいします!!」
確かに聞きたい事話したい事は沢山あった。でも疲れていたのも本当だ。あてもなくただただ道沿いを歩くしかなかった三人にとって、この成果は大きすぎた。今日はお言葉に甘えてゆっくりしようと決め、ルーイについていく。だが、またしても想定外の驚きと喜びに出会ってしまった。
「え! すご! これって車じゃん!!」
そこにはかなり古い型には見えるが、正真正銘の車といっていい代物が数台あった。中には自衛隊が大人数で乗っているようなトラックに近いものまである。喜ぶ菜緒と侑香と、さすがにびっくりしている葵は年相応に見え微笑ましい反面、車を知っていることにルーイ達が驚いた。
「菜緒ちゃん達のいる世界にも車ってあるんだ?」
バルトの問いに菜緒は興奮しながら答える。
「この型とはちょっと違うけどそこら中を走ってますよ!」
「魔獣がいなかったらうちらと同じなのにね」
侑香の言葉にバルト達が苦笑いする。どうやらその通りらしい。葵は考えていた。この科学技術はきっと魔法が使えないからこそ得た苦肉の策の末の産物なのではないのか、と。だとしたらあの中世の域を越えようとしない人間達など分かり合えないだろう。
この事はよく大人を観察したあとに聞くかどうか考えようと自己完結し、嬉しそうに車に乗り込む菜緒と侑香のあとを葵も続くのだった。




