第4話:愛梨の誤算
桃原愛梨は調子に乗っていた。
きらびやかだが、上品な置物。城というだけあって美しい調度品の数々にピカピカに磨き上げられた廊下や窓。そして愛梨にふさわしい豪華な部屋。さらに、自分の隣にはナルシストの愛梨でさえうっとりとしてしまうほどの美しい男が優雅に、まるで姫を扱うかのように優しくエスコートをしてくれている。
『やばーい!! 愛梨勝ち組なんですけどおおぉぉぉ!!』
心の中でお祭り騒ぎだったが、エルバートの手前、自分もできる限りの上品さを演出しながらおしとやかに会話をする。
「エルバート様、こんな綺麗なお部屋、ほんとに愛梨なんかが使ってもいいのですか?」
「なんかなどと、そのようなことを思われる必要などありません。愛梨様は、我がランドール国をお導きくださる素晴らしい方なのですから。先程の三人をお許しになるその心根も、このエルバート感嘆致しました。自分を虐げる者を許すなど、なかなかできることではありません」
そんな……。と頬を赤らめ嬉しさを控えめにアピールする愛梨。その時、扉が静かにノックされ先程この国の宰相だと紹介された年配で少し意地の悪い笑みを浮かべた男が部屋へと入ってくる。その男を見た愛梨は、一瞬だけ不機嫌さが顔にでてしまったが、誰にも気づかれることなくもとの愛らしい顔に戻す。
「ローワン、どうした?」
「申し訳ございません殿下。至急お伝えしたきことが……」
二人がこそこそと会話をかわしているのを内心おもしろくないと思っていた愛梨だったが、ふと城を追い出された三人の同級生の姿を思い出し、ニヤつきが止まらなくなってしまう。
『はぁー!! まじでさぁ!まじでさぁ!! あのいつも澄ました顔して愛梨のことなんて興味ないし、私は私、みたいな気取ってたあの菜緒ちゃんがびびって焦った顔ったら!! ぷはは!! まじでざまぁ!! って感じ!!』
内心ふんす!と鼻息を荒くし、あの高校入学の時からの屈辱の日々をようやく晴らせたのではないかと思い返す。
そう……忘れもしない、あれは高校入学式の日のこと。
退屈な校長のどうでもいい長い話も終わり、新しい教室へと向かう生徒達。その群衆の中、一際輝く三人組がいた。周りの生徒達もチラチラと横目で見ながら、三人の横を通り過ぎていく。すると、まるで芸能人を見かけたかの様に興奮しながらそれぞれ目的の教室に入って行く。後ろ姿からでもわかるその華やかさに内心愛梨は鬱陶しさを感じていた。入学して思ったことだが、自分も含め今年は顔面偏差値が高い。自分が気後れするようなことがあってはいけないと気合を入れた直後だった。
その三人組が自分と同じクラスに入っていったのである。
『まじー……?最悪ー。でも絶対顔は愛梨の方が可愛いに決まってる』
心の中で、苛立ちと自尊心とが入り混じっていたが、そんなことはおくびにも出さず一緒にいた友達とキャッキャとしながら教室へと入って行く。そして一瞥するように三人を確認して衝撃を受ける。まるで後頭部をおもいきり殴られたと思うほどのグラつきを感じその場にふらふらと膝をついた。
「ちょ! 愛梨ちゃん大丈夫!?」
「だ……じょぶ……」
片手を上げ友達に平気だと伝えようとするがなかなかうまくできなかった。その騒ぎに、前から二番目の席にいたその三人組が近づいてくる。
「その子どうしたの? 大丈夫?」
「保健室連れてく?」
その声に顔を上げた愛梨はますます驚き固まってしまう。目の前にはキューティクルが美しい黒髪ストレートに、整った猫目。大きな真っ黒い瞳は少々潤いを感じる。そして、毛穴を気にしたことないだろ! と叫びたくなるような白く透明感が美しい肌。
そこには自分以上の美少女がいた。
『ま……負けた……』
気絶する前に見えた美少女の顔はひどく驚いていた。こうして愛梨にとっての屈辱の日々と、どうにかして自分を認めさせたいという執着の日々が幕を開けるのであった。菜緒からすれば迷惑この上ない話である。
思い返しながら悔しさが忘れられない愛梨は歯をギリギリと食いしばる。その時後ろからエルバートに突然声をかけられ飛び上がる。
「ど! どうしました? エルバート様」
内心汗汗していたが、背を向けていて良かったとドキドキしながらも愛らしい笑顔をエルバートに向ける。
「愛梨様。申し訳ありませんが少しの間席を外させていただきます。何かご入用の際は、こちらの侍女達にお申し付けください」
エルバートの横に控えていた三人の侍女が頭を下げる。
「え……。エルバート様行っちゃうんですか?……寂しいですがまた会いに来てくださいね?」
そう言って渾身の上目遣いをかますが、さすが美形。愛梨の行動をさらっと流し、変わらぬ美しい微笑みでうなずくと宰相と共に部屋を出て行った。その後ろ姿に小さく手を振りながら見送る愛梨。バタンと扉が閉まり一瞬の静寂が訪れる。一拍おいてクルっと勢いよく三人の侍女達に振り返ると三人の侍女は初めて見る聖女様に緊張していたようで慌てて頭を下げた。その三人の前まで歩みを進め立ち止まると精一杯甘えた声で、
「愛梨です! みんなよろしくね♡」
と挨拶する。その気兼ねのなさに三人の侍女は詰めていた息をホッと吐き、嬉しそうな声で挨拶を返した。その姿に愛梨は気づかれないようにほくそ笑む。
『下っ端に愛想振りまくのは基本中の基本でしょ。スカした態度なんてとっちゃうから葵ちゃんと侑香ちゃん以外寄り付けないんだよ? 菜緒ちゃん♡』
人知れずぞわっと悪寒を感じる菜緒だった。
その頃城の廊下を足早に移動するエルバートと宰相のローワン。
「殿下、恐れながらあの三人を追放したのは些か早計だったのではありませんか?」
「まぁ仕方ない。もっと様子を見たかったが、あの場は家臣を治め本物を作り出す他なかった。だが嬉しい誤算だ。こんなにも早く儀式が成功するとは。おかげで、王族に不信感を抱いていた者達を取り込めそうだ」
その言葉にローワンはお世辞にも綺麗とは言えない笑顔を浮かべ、嬉しそうに自分の主に賛辞を贈る。
「さすがは殿下。素晴らしい魔力とご采配にございます。うふぇへへ! まさか本当に異世界から人間を連れてくるなど、伝説だと思っておりました。いやはや、長生きはするものですな! うふぇへへ! へへ!」
気味の悪い笑い方はいつものことなのだろう。エルバートは特に気にも留めずに話を続ける。
「あの儀式は王族にしか伝わってないのだ。お前が知らないのも無理はない。それより、父上と大神官のカイルの同行は間違いないのだな?」
「はぁい。間違いなく……。エトナの悪魔共と一緒に何やら画策しているご様子……」
その確実な報告にエルバートは笑いと怒りをにじませ強く拳を握りしめる。
「ふふ……。ははは…!父上……。無様な姿を晒すだけでは飽き足らず、よもや悪魔共の手を取ろうなど……!! いくら父上とはいえ、時と場合によっては生かしておけぬ!!」
怒りで我を忘れそうになっている主の気持ちを落ち着けるためにローワンはもう一つ問いかける。
「恐れながら殿下。あの小娘に魔力はございましたか? 無いとなると取り返しのつかないことになってしまいます。無いのであれば策を講じねばなりません」
ローワンの尤もな心配に少し冷静さを取り戻したエルバートは一息つき、さらに己を落ち着かせ、いつもの爽やかな青年の仮面を被り直す。
「案ずるな。どうやら魔力はほんの少しだが感じられた。もしあの小娘が本当に聖女だった場合まさに天からの思し召しといえよう」
「それはそれは。このローワン安心致しました」
エルバートは父がこれから犯すであろう愚行を何としてでも止めるため、国の主要機関のメンバーを緊急で招集するのであった。そんな緊張とは裏腹に軽やかな足取りで、くつろぐ愛梨の部屋へと一人の女性が数人の御付きを引き連れ訪ねてくる。
「聖女様にご挨拶を致したくまいりました」
そう言って部屋へ入ってきた女性を見た愛梨は人生二度目の衝撃をくらわされた。ゆるく巻かれた美しい金髪のロングヘアー。少したれ目の優しい目は、見る者に庇護欲を搔き立てそうだった。さらに腰は細く力を入れたら折れてしまいそうなのに、出るところは出て女性ですら魅惑的に感じる体型をしている。城の中にいるにしては少し質素なドレスではあったが、それさえも彼女の魅力を最大限引き立たせる厭味のない上品さになっていた。そして、小さくふっくらとした愛らしい唇から人生三度目の衝撃をくらわされることになる。
「お初にお目にかかります。わたくし、エルバート殿下の婚約者のティティー・クローベルと申します」
完 全 敗 北
この四文字が愛梨の頭の中を駆け巡る。そしてその耐えられない衝撃に目の前が暗くなっていったのだった。




