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第21話:別れ

 葵はマーカスと共に遅れて森の奥へと到着する。そこには戦闘があったのであろう魔獣の残骸が残されていた。だがその中でどうやら人の犠牲はないようだと安堵する。


「葵ー!」


 侑香の元気に自分を呼ぶ声に振り返る。そこには菜緒もいて二人一緒に走り寄る姿に葵はホッと一息ついた。


「葵聞いて! うち魔獣倒して一人救っちゃった!」


「侑香、完全に魔法使えるようになってたね」


 侑香は目を輝かせながら自分の功績を誇らしげに葵に伝え、菜緒も嬉しそうに侑香の武勇伝を語る。暫く興奮気味に喋っていた侑香だったがある事に気づき、ふと辺りを見回し始めた。


「どうかした?」


「いや……。そういえばあのお兄さんがいないなって思って」


 あのお兄さんとは今話していた人物のことだとすぐに察した他の二人も辺りを見回す。葵にはいまいちどの人物か分からなかったが、菜緒は侑香と同じく確かにいないことが分かった。


「ほんとだ。どこに行っちゃったんだろ?」


 ルーイ達の方を見るもその人物は確認できなかった。ルーイ達はマーカスを中心に魔獣被害ではない人達の怪我や病気を軽く診察している様子。その他の軍人達はどうやら退路の安全を確保しに元来た道へと行っているようだった。少し減った人数の中でも件の人物を視認できないことに菜緒は少しだけ嫌な予感がした。


「私、探しに行ってみる」


 焦って走り出そうとする菜緒を侑香が止める。


「ちょ! 菜緒、一人じゃ危ないって! 一緒に行くから!」


「ルーイさん達にも言った方がいいよ。この先は危険すぎる」


 二人の真剣な表情に菜緒はハッとする。もう一人ではなかったんだということに。そして焦る気持ちを落ち着かせ、二人の言う通りだと微笑んだ。


「そうだね。まずはルーイさん達に報告しに行こう」


 三人は少し離れたルーイ達のもとへと戻ろうとした。その時、後ろから数頭の馬が駆けてくる足音が聞こえ菜緒達は一斉に振り返った。見通しの悪い場所だったため、よくは見えないが確実にまっすぐこちらへ近づいてきていることに身を固めて警戒する。葵は菜緒と侑香の手を咄嗟に引いてルーイ達のもとへと走り出す。


「葵!?」


「あたしにもわからないけど、まっすぐこっちに来ているのはおかしい!! 早く知らせないと!」


 三人が考えていることは一緒だった。馬ということはランドールの奴らがこの場所に向かってきている。迷う事なくまっすぐこちらに来ているということは、いなくなった男が裏切ったのではないだろうかと全身が震えた。それともスパイだったのだろうかと頭の中で疑問が渦巻いたが足を止めずに頼れる大人へ向かって全速力で走り続ける。


「ルーイさん!!」


 かなり慌てた三人の様相にルーイは即座に周囲に警戒するように合図し、急いで三人のもとへ駈け出そうとした。だが、突如森の奥から氷や雷の魔法攻撃がそこかしこを飛び回り、その場にいた複数の者達に命中し、何人もの人間がその場に倒れこんだ。中にはそのまま息を引き取ってしまった者もいた。その突然の出来事に場は騒然となる。


「きゃああぁぁ!!」


「逃げろー!!」


亡命者たちはその魔法攻撃にパニックに陥り一斉に逃げ出す。ルーイ達軍人は何とか攻撃主を迎え撃とうと武器を構えようとするが、逃げ回る者達に銃の弾が当たってしまうと躊躇した。


「侑香! 菜緒! こっち!」


 葵は二人の手を引き、混乱に乗じて茂みの奥へと身を隠す。侑香は突然のことに緊張し動けず、菜緒はまるで東の砦の惨劇の再来のような出来事に恐怖から体を震わせ耐え続ける。葵はそっと茂みの隙間から様子を伺った。そして目に入ってきたのは容赦のない凄惨な光景であった。


「……酷い」


 逃げ惑い抵抗の意思もない人々に魔法という武器が襲い掛かる。炎で焼かれる者、雷で一瞬にして黒焦げにされる者。特に酷く恐ろしかったのは氷魔法を使う不気味な年配の男であった。人一人を丸々氷漬けにし、窒息させたり、氷の棘で大勢を串刺しにしたりまるでこの男そのものが人の形をした魔獣なのではと思わせるほどやり口が冷酷そのものであった。


「やめろ!!」


 そんなランドールの突然の襲撃者達に毅然と立ち向かうルーイ達。だが、退路確保へ赴いた大部分の部隊がまだ戻ってこない。これは相当な痛手であった。魔獣に対して人数をさいていたためにこの場にはルーイを含めごくわずかな軍人しかいない。そんなルーイを不気味な宰相ローワンは冷たく馬上から見下ろした。


「見たところ若造、お前が責任者か? ふん、悪魔の末裔共が小賢しいことを……。まぁよい。ここに黒い御髪の聖女様がいらっしゃるはずだ。身柄をこちらへ渡していただこう」


 有無を言わせないとばかりにランドールのすべての者達が魔法で威嚇する。ルーイ達の分が悪いことは誰の目から見ても明らかであった。だが、ルーイ達とて菜緒を渡せるはずもなく、何とかこの場をやり過ごそうと頭をフル回転させる。その様子を茂みから見ていた葵は何かを決意するように二人の親友を見る。その場違いな穏やかさに菜緒も侑香も嫌な予感がした。


「葵……まさか……!」


 葵は黙って二人をギュッと力強く抱きしめる。


「菜緒。菜緒は強くて優しいからあんまり自分を責めないでね。大丈夫。絶対上手くいく。侑香、あんたは頼りになる。菜緒を頼んだよ。信じて待ってるから……」


「葵……!」


 スッと二人から離れると葵はニコッと笑って茂みから出ていく。その姿に耐えられない菜緒は必死で親友の手を掴もうと身を乗り出そうとした。


「ぅむ!?」


 その時後ろから口を塞がれ体も拘束される。もう一人の親友がさせまいと菜緒の体を泣きながら羽交い絞めにした。


「ごめん……! 菜緒! でもあんただけは渡せない! 葵の気持ち、わかってやって……!!」


 少しの間全力で抵抗した菜緒だったが、侑香の必死さにとうとうあきらめ全身の力が抜けていく。大きな両目から涙が溢れ体を震わせながら葵を見つめる。そんな菜緒を抱きしめながら侑香も漏れ出そうになる嗚咽をなんとか歯を食いしばりながら我慢し続けた。


 茂みから一人の黒髪の少女がゆっくりと姿を現したことにローワンとルーイは目を見開いた。


「黒髪ってあたしのことでしょ? ちょうど良かった。こんな危ないとこいたくなかったからさ。ランドールに連れて行ってくれるってことよね」


 堂々と喋る葵の思惑に気づきルーイは胸が苦しくなった。だが何かができるわけでもなく黙ってこの場を見守るしかできない。そしてローワンは不気味なほど穏やかにニコっと笑うと馬を降りる。


「これはこれは聖女様。数日前の非礼、なんとお詫びを申していいやら。とにもかくにもあなた様の御身がご無事で何より。......他のご友人はどうされたのか伺ってもよろしいでしょうか?」


 ローワンは一礼したまま探るように葵に目をやった。


「さぁ? あの後すぐ散り散りになってあたしだけエトナとかいう人達にここに連れてこられたから知らないし、どうでもいい。そんなことより早く安全な場所に行きたいんだけど」


 葵の不遜な態度を気にすることもなくローワンは葵を馬へと誘導する。


「では聖女様。ランドールへと参りましょう」


 ローワン達は葵を連れてさっさと行ってしまった。ここを破壊しつくすよりも早々に聖女をランドールへと連れていくことを選んだようだ。どんどんと遠ざかっていく葵達の姿にルーイは肩を落とし見送るしかなかった。


「ルーイさん……」


「菜緒君! 侑香君!」


 泣きながら二人の少女が茂みから姿を現した。その痛々しい姿にルーイは優しく二人を抱きしめる。そして何もできなかった無力な自分を責め続けた。



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