第2話:ランドールという国と歴史と王子様
大歓声とは裏腹に四人の胸中は大混乱だった。
「せ、聖女?召喚……?」
何がどういうこと?と菜緒が疑問を口にする。菜緒の声に少し落ち着きを取り戻した葵と侑香も小声で相談し合う。
「これ撮影……? ドッキリ! とかじゃ……ない感じだよね」
「そうだとしても、これって下手したら誘拐でしょ」
「え!? 愛梨達誘拐されたの!?」
突然話に加わったかと思うと大声で馬鹿なことを言う愛梨を侑香と菜緒はシーッ! と口を押さえつける。その「誘拐」という単語に酷く反応した変な恰好をした大人達の視線が一斉にこちらを向いた。その異様さにまたも四人は恐怖を感じ固まってしまう。
「誘拐などとんでもありません!」
「私どもはあなた様方に助けていただきたく!!」
口々に自分達に向かって言い訳じみたことを次から次へと投げかけてくる大人達にこれはいよいよとんでもないことに巻き込まれたのではないかと嫌でも察する菜緒達を助けるかの様に、一人の男性の一際大きな声が部屋中に響き渡った。
「静まれ皆の者!!! 聖女様方が怯えていらっしゃるではないか!!」
その声を中心にまるでモーセが海を割ったかのように人が左右によけ礼をする。その開けた道を一人の美しい青年が堂々とこちらに向かって歩いてくる姿が四人の目に飛び込んでくる。その佇まいは、上流階級の人間がすべてのマナーをマスターし、日常に溶け込ませたような気品にあふれる姿だった。切れ長の目には青空をはめ込んだような瞳の色、髪は根本から毛先まで綺麗な金色。そして薄っすらと形の良い唇。
すべての造形が完璧な青年が四人に優しく話しかける。こんな状況でなければ普通の女の子は一瞬で恋に落ちてしまいそうだが、菜緒はなぜか男の顔を見て少し恐怖を感じ身震いした。
「皆様。突然のことで驚かせてしまい本当に申し訳ありません。ですがどうかこの国、ランドールを魔獣と悪魔の末裔共のエトナから守っていただきたく……。藁にも縋るおもいで伝説とされていた召還の儀を執り行い成功した次第なのです」
ランドール国、魔獣、悪魔の末裔エトナ、召喚の儀?
現実味のない単語だらけに、まるで漫画の様な世界観だと四人は呆気にとられていた。その四人の様子を見て成年は優しく微笑みさらに説明を続ける。
「失礼いたしました。ここはランドール国で私はこの国の王子、エルバート・ランドールと申します。そしてここは王都にある城の中です」
そう言われて改めて菜緒は辺りを見回す。気づかなかったが、確かにここは城と呼ぶにふさわしい豪華な造りだった。きらびやかないくつものシャンデリアに、美しい造形の柱の数々は見事としかいいようがない。部屋の奥には玉座であろう立派すぎる椅子がひとつ置かれていた。人々の恰好も中世の西洋の貴族に似ていたのも城だったためかと妙に納得がいった。
「あ、あの! 愛梨達が聖女って……どういうことですか?」
甘えるように喋る愛梨に菜緒は辟易した。よくこんな状況で目の前のイケメンに可愛く見られようとぶりっ子できるな、と心の中で辛辣なことを考える。こういう所が自分の良くない所だとわかってはいたが、世界が変わっても菜緒の愛梨への好感度の低さは変わらないらしい。どころか、悪化したようだ。そんな菜緒の気持ちを知る由もない王子、エルバートは愛梨の問いに応えるべくその形の良い唇を開く。
「ごもっともな質問です。まずは聖女様についてこの国の歴史も含めて簡単にご説明いたしましょう」
1500年ほど前の神話と呼ばれる時代まで話は遡ります。かつてこの地では神と、魔王と呼ばれる邪悪な存在が己の存亡を賭け聖戦を繰り広げていました。我々人間も、神と魔王どちらかの陣営に分かれ聖戦に身命を賭し戦っていたのです。
神が勝てば永遠の楽園が。魔王が勝てばこの世の破滅が待っていました。
しかし、決着がつかず神は最後の力を使い、自分に味方していた人間達に魔法という力を授け、見事魔王を討ち滅ぼすことに成功したのです。永遠の楽園が築かれるはずでした。
ですが、魔王も最後の力を振り絞り、己の力を世界にばらまいたのです。その力から魔獣という恐ろしい怪物達が生まれ出で、この世の今現在も蔓延り、理性なき脅威として暴れているのです。
力を使いきってしまった神は天へと還っていきました。いつか必ずこの世界に還ってくることを約束して……。
「これがこの国に伝わる歴史と伝説なのです。あなた方を聖女と呼ぶのは神が女神であり、いつか人の姿を借りて地上へ降り立つという言い伝えがあるためです」
この説明を聞いていた菜緒はなぜか強い違和感を感じた。そしていくつかの疑問を質問するために、言葉を選びながらもエルバートに問いかける。
「聖女のことはなんとなく理解しましたが、悪魔の末裔ってなんですか? それに聖女といっても、私達とどうつながるのか……」
「もう! 菜緒ちゃん色々質問しすぎ!! 王子様困っちゃうよ?」
菜緒の言葉をわざと遮るようにぷんぷんと可愛く怒りを表現し、さりげなく王子様を気遣う優しい私をあざとく演出する愛梨に菜緒は額に青筋を立てた。そんな二人を王子は気にする様子もなく微笑みながら答えていく。
「お二方のご質問と気遣い嬉しく思います。ご質問の答えですが、悪魔の末裔とは魔王に味方した人間達のことです。彼らはエトナという国を建て、今現在もこのランドールを潰そうと攻撃を続けているのです。この国は今も聖戦状態であり、国は日々疲弊していく一方でして……。追い打ちをかけるように城壁の外では魔獣による被害も甚大なのです」
悲しそうな顔をし、現状の悲惨さを訴えるエルバートに愛梨はそっと寄り添い上目遣いで見つめる。そして目に涙をため震える声で話しかける。
「エルバート様、お辛かったでしょう? 愛梨、あなたの力になりたいです……!」
さっきまで一緒に怯えて震えていたくせにこの変わり身の早さに三人はある意味感嘆する。
「愛梨って適応力たけー」
「まだほとんど何もわからないのに……本当に事の重大さわかってんの?」
侑香と菜緒はそれぞれの感想をつぶやくが、葵だけは違っていた。少しうつむき考えたあと、真理をついた質問をエルバートに投げかける。
「女神って一人なんでしょ? じゃあなんであたし達は四人でここにいるわけ?」
後にこの質問をしてしまった葵は軽率なことをした自分を時々責めることになる。




