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第19話:愛梨とティティー

 目の前で美しく完璧な微笑みをたずさえたティティーに愛梨は緊張していた。何とか二人きりになれないだろうかとチラッと侍女達を見る。その視線に目ざとく気づいたティティーはすぐさま行動に移す。


「聖女様。ひとまずお話をしませんか? 中庭でも案内致しましょう」


 そう言って愛梨を部屋の外へと促し、その後ろで侍女達と何やら話すティティー。すると、侍女達は不思議そうな顔をするとティティーに一礼し、そして少し先にいた愛梨にも一礼をすると皆どこかへ行ってしまった。


「それではわたくしと二人で中庭へまいりましょう。聖女様」


 そう微笑んで先を歩きだすティティーに冷汗を流しつつも、女は度胸と気合を入れついていく愛梨。中庭に向かっている間、出会う人皆がティティーを見ると嬉しそうに笑いかけたり、挨拶をしたりする。ティティーも微笑みを崩すことなく挨拶を返していく。一見普通に見えるこの行為に、愛梨は胡散臭さを感じていた。ティティーの微笑みがまるで貼り付けた様に見えて少しだけ自分と重なった気がしたからだ。しかし、ここで貴族と自分じゃさすがに分不相応にも程があると小さく首を振り、聞こえない様にため息を吐く。


「聖女様はあの追放された三人のお方達が心配なのですね」


 突然話かけられ小さく肩が震える愛梨。どうやらため息が聞こえてしまったようだが、ティティーはそのため息を三人への心配からくるものだと思ったようだ。その言葉に愛梨は後悔をにじませながらも問いかける。


「……いじわるされたけど、死んでほしいなんて思ってないし……。菜緒ちゃん達といて楽しかった事もあるから……。その…エトナの人達って怖い人達じゃないの? 菜緒ちゃん達は大丈夫なの?」


 不安が大きいせいで敬語を使う事を忘れている愛梨にティティーは難色を示すことなく、淡々と答えていく。


「先程も申しましたが、運が良ければの話です」


「それ質問の答えになってないじゃん。はぐらかさないで」


 ムッとする態度を隠さない愛梨にティティーは変わらず、しかし振り返る事もなく愛梨にだけ分かる様に小さく指をさす。その指先を愛梨は視線だけで追う。すると、何人かの人間がせわしなく自分の仕事をしているのが見えた。ここでは話せないという事を察した愛梨は黙るしかなかった。


「……わたくしは聖女様に感謝しているのです。そして、後悔も……」


「え?」


 唐突にティティーが呟いたため愛梨にはよく聞こえなかった。聞き返そうかとも思ったが、次の言葉を発しないティティーに後でいいかと変わらずついていく。気づけば美しい花々が咲き誇る庭園へと足を踏み入れていた。愛梨は目的地に着いたであろうにも関わらず、変わらず迷いなく歩みを進めるティティーに更に不安が大きくなる。


「あの……。ティティー様? ここが庭園なんじゃ……」


「聖女様はわたくしとエルバートの間の愛を気にしていらっしゃいましたね」


 突然関係のない発言をされ戸惑う愛梨。だがティティーは、ここに来ても振り返る事もせず歩みを進め淡々としゃべり続ける。


「……聖女様がエルバートになんの躊躇もなく触れ、それを受け入れる彼にわたくしは感じた事のない感情を抱きました。……それは、嫉妬。というものなのでしょう」


 ようやく歩みを止めるティティー。突然訪れた不穏な気配に愛梨の警戒心は最高潮に達していた。誰もいない静かな場所で、すぐそばを流れる川の音だけがやけに響いている気さえする。


「わたくしは、あなた様にとても感謝しています。きっと……あなた様がいなければこのエルバートに対する気持ちが何なのか分からず隣にいたことでしょう。そう……これが恋。そして愛というものなのですね……」


「ティティー様がエルバート様に恋だの愛だの感じてる事は愛梨にとってどうでもいいんだけど。菜緒ちゃん達が無事かどうかを知りたいだけなんだけど!」


「あら。うふふ。つれないのですね聖女様。あれだけエルバートに懸想しているとアピールされていらしたのに。ご自分で追い出した者達なのだから、そちらこそどうでもよいのでは?」


 久方ぶりにこちらを振り返り、冷たく笑うティティーはゾッとする程美しかった。普通の者ならば美しい故に恐怖は倍増したであろうが、愛梨を支配した感情は怒りだった。


「こんな危ない世界だって分かってたらあんな事しなかったし! それに愛梨は別にエルバート様に恋もしてないし愛なんかもない。向こうも一緒でしょ? 愛梨はこの世界で勝ち残りたかっただけ。あんたに愛梨の気持ちは分からないし、どうせ分かりたくもないって思ってんでしょ。あんた周りに媚び売るのに必死だもんね? 継ぎ接ぎだらけでずーっと取り繕って生きてんでしょ! そんな笑顔貼り付けて必死に尻尾振ってかわいそ!!」


 今感じる感情を余すところなくティティーにぶつけた。だが、ティティーは冷たい笑顔を浮かべたまま動じる事も臆する事もない。


「それがあなたの本音なのね?嬉しいわ。だって今までわたくしに真正面からぶつかってきてくれる者なんていたことないもの」


 余裕そうなティティーに愛梨はますます腹がたった。やはり格上の女。感情を表に出してしまった時点で自分の負けなのだと分かってはいたが、どうしても我慢ができなかった。


「そりゃそうでしょ。権力もあってその上美貌もある人間にまともにぶつかっていく程無駄な事なんてないもの。……そうよ、最初から美人な奴に愛梨の気持ちなんて……努力なんて……。男にすり寄って相手にもされてないのに見苦しいとか思って鼻で笑ってたんでしょ!? そうよ! これが愛梨で愛梨の本音よ!! はっ! これで満足!?」


 激昂しながら肩で息をし興奮する愛梨。自分の感情をコントロールできなくなり自暴自棄にも近い愛梨を黙って見つめ続けるティティー。少しの沈黙のあとティティーは重い口を開く。


「……わたくしは幼い頃体が弱く、骨と皮だけの醜い姿をしていました。そのことで他家からも裏では陰口を叩かれ、父と母には随分と苦労をかけました。貴族の茶会でも、醜い姿は魔獣の呪いなのではないかと揶揄され笑われた惨めなあの時の記憶を今でも鮮明に覚えています」


 ティティ―の突然の告白に愛梨は絶句した。


「そんな時、王家主催だからと差別せず他の者と同じように接してくれたのがエルバートでした。思えばあの時から彼に恋をしていたのでしょう。しかし、彼を支えたくても病弱なわたくしには為す術もなく......。更には流行り病に倒れ、わたくしの人生はここまでなのだと覚悟しました。そんな時、父がエトナの者達と接触しランドールで伝えられる姿とは全く違う事を知ったのです。そして、わたくしはエトナの医療技術でみるみる回復し、健康にもなったのです」


 その時の事を思い出しているのかティティーは頬を紅潮させ、目尻に涙がにじんでいた。その嘘偽りのない姿に、愛梨は黙って聞いていた。


「そこからです。エトナの者達の本当の姿をランドールに伝え、魔獣の脅威に立ち向かおうと画策をしたのは。しかし、怨恨は根深く、上手くいかず戦争になり、陛下は捕虜の身に……。陛下の身の安全をわたくし達は分かっていてもエルバートには伝えられない。……とても心苦しかった……」


 心の底から傷ついているティティーに愛梨は何も言えなかった。と同時に自分の知り得ない事が次から次へと明るみになり、頭の整理すらできずにいた。ただ一つ確実に分かったことは、どうやらエトナとは常識的な人達のようだということだ。


「……聖女様。申し訳ありません。あなた方がこの世界へ召還されてしまったのは……。わたくしのせいなのです。わたくしは……ただ……エルバートを……」


 疑問符を浮かべる愛梨をよそにティティーは、愛梨に向かって手をかざす。気づいた時には手遅れだった。


「……っ!?」


 突然愛梨の体を水が包み込む。あまりの驚きに愛梨は思いっきり息を吸い込もうとして、しまったと慌てた。が、想像した苦しみはやってこない。どうやら、顔の周りを器用に酸素が渦巻いているようだ。


「……っ!!」


「ご安心ください。この川を下ればエトナの国へ行くことができます。父はこうしてエトナへといつも向かっていますので、聖女様の身の安全は保障致します」


 いつもの作られた笑顔ではなく、困った様に微笑むティティー。そして真珠の様な涙をポロポロとこぼしながら再度愛梨に謝罪する。


「ごめんなさい。もっと早く……自分の気持ちに向き合うべきでした。そうすれば、あなた方を巻き込む事はなかったのに。……愛梨。わたくしはあなたの事好きよ。嘘じゃないわ。だってわたくしとあなたって良く似てるもの。わたくしには分かる……。あなたも辛い事を自分の力で乗り越えてきたのでしょう?」


 愛梨は目を見開き、心から悲しそうに笑う強敵に叫ぶ。どうしても伝えたい事があった。


「……っ!!……!!」


 大きな声を出そうとするが、どうしても水の厚みが邪魔をし声が届かない。そんな必死な愛梨に優しく微笑むと、ティティーは水の膜を張ったままの愛梨を川へとゆだねる。川の流れに乗って愛梨はエトナへと運ばれて行く。真正面から強かに喧嘩を売ってきた愛梨。その喧嘩を買ったティティー。そのやり取りを思い出し、短い間だったが本音で語り合った楽しさに思わずクスっと笑う。そして静かに川を後にし、庭園へと戻って行く。


「ティティー様! 水門はちゃんと開いていましたか?」


 先程水門を開けるよう頼んだ侍女達が確認しにティティーのもとへと駆け寄って来る。だが愛梨がいない事に気づいた侍女達は不安そうに主に尋ねる。


「あの……聖女様は?」


「落ち着いて聞きなさい。あの方は聖女様ではありませんでした。聖女の力を確認したいと伝えたら慌てて川へと飛び込み逃げていきました」


「そ……そんな! では私達が水門を開けてしまったから……!!」


 主の命とはいえ、自分達のしてしまった事で偽物を逃がしてしまった事に怯える侍女達。下手をすれば己の首が飛んでしまう事態になってしまった事にパニックになりかける。そんな侍女達にティティーは、愛梨が少しでも遠くへと行けるよう時間を稼ぐ。


「あなた方のせいではないわ。わたくしの頼みを聞いてくれただけだもの。怖がらせてごめんなさい。この事はわたくしからエルバートへ伝えるから安心しなさい。あなた方の名前を出すような事も決してしないわ。だから、あなた方は安心して職務へもどりなさい」


 ティティーの日頃の信頼が勝ったのだろう。侍女達は不安そうにしながらも素直に城へと戻って行く。


「……愛梨。お友達と会って仲直りできるといいわね。……あなたの無事と幸せを心から祈ってるわ」


そっと呟くとティティーは自分の気持ちと向き合う覚悟を決める。もう日が暮れそうだった。愛梨がエトナへと辿りつくのは明日の昼頃だろうと計算しながら、エルバートのもとへと行くためにゆっくりと歩きだす。


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