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第18話:不穏な影

 会議が終わり、皆が部屋をあとにする中エルバートはただ一人、怒りで拳を握りしめていた。やはり、ウィリー・クローベルは侮れない。悔しいが自分よりも格上であることを認めざるをえなかった。


「……まだだ。まだやれることはある。それにどっちにしろ時間の問題だ……」


 キッと虚空を睨みつけたあと、大きく一呼吸し己を落ち着かせる。そして、少しでも早く王になるためにローワンを呼ぶ。


「お呼びでしょうか? 殿下」


「……至急追放した三人を捜し出せ。まぁ死んでいるだろうからその痕跡のある場所を見つけろ。万が一生きていたら殺せ。行け」


 静かに頭を下げ影の様に消えるローワン。エルバートも愛梨と婚約者の会合を確認しに行こうと部屋を出る。一応愛梨の反応を見ておくために三人の事はまだ生きている事にしようと決めた。この時のエルバートは愛梨が思わぬ反応を示す事をまだ知らない……。



ー・・


 午後の昼下がり。刺客が放たれていることなど露知らず、菜緒達は思い思いに過ごしていた。


「これで治りましたよ」


「聖女様は本当にいらしたのですね……! あぁ…長年の呪いの苦しみが嘘のようだ……。本当にありがとうございます!!」


 菜緒は聖女と呼ばれる度に苦笑していた。だがあえて否定もしなかった。なぜなら、エトナに聖女がいることでランドールの人達の不安を少しでも軽くしたいのもあったからだ。そしてその後ろでは侑香が別のランドールの者達に魔法の使い方を教わっていた。


「こ、こう?……おわ!?」


「気持ちを落ち着けるんだ! 大丈夫。想像力が大事だ、そうそう! 上手いぞ!!」


 侑香は飲み込みが早いようで、ランドールの者達も魔法初心者とは思えないと楽しそうに教えていた。何より、ここでも侑香が聖女の力で魔法を得られたとエトナの歴史と照らし合わせながら少しずつ説得に成功していた。侑香もこの力で菜緒と葵を守れると内心生き生きとしながら魔法をものにしていく。


 葵はエトナの軍人を手伝いながら時折、怪しい行動をしている者がいないか周囲に気づかれない程度に確認していた。穏やかともいえる時間が過ぎていく最中、遠くの方で大勢の悲鳴が響き渡り、事件が起きているであろう場所から大量の小鳥達が慌てふためき逃げていく。それを確認したルーイは、慌てることなく普段通りに指示をだす。


「皆、戦闘準備! この場所に魔獣を近づけるな!!」


「「はっ!!」」


 エトナの軍人達はすぐさま戦闘に向かうため、己の武器を手に素早く隊列を組み次々と森の奥へと消えていく。菜緒達も目配せをし、うなずき合うと葵を残し、菜緒と侑香も隊の後へと続いて行く。その後ろ姿を葵は心配そうに見つめていた。


「君は偉いね。自分の立ち位置をちゃんと分かってる」


 そんな葵にマーカス軍医が慰めるように、だが傷つけないように話しかける。


「……。何もないあたしが行ってもどうしようもないですから」


 自分よりもはるかに幼い少女が感情的な行動を取らず、仲間を信頼して見守っている。その状況にマーカスは関心しつつも心が痛くなった。


「……待っているだけっていうのもそうとう勇気がいる行為さ。葵さんは立派だよ。感情的な人ほど周りの死期を早めるからね」


 そう言いながらマーカス軍医も医療器具を詰めた鞄を手に森へと歩いて行く。そして葵に振り返ると少年の様にいたずらっぽく笑う。


「ところで、僕もそろそろ助手が欲しくてね。なーに! 戦闘中は後ろでコソコソしてるだけだから、みんなには迷惑かけないよ」


「……! 行きます!」


 珍しく嬉しそうに目を輝かせる葵にマーカスも嬉しそうに笑う。そして二人も皆の後を追うため足早に森の奥へと進んで行った。



 森の奥の開けた場所で三匹の魔獣が亡命者を必要以上に追いかけまわし、襲い掛かっていた。一匹は熊の様な姿形をし、二匹は豹の様な猫型の姿をしていた。相変わらず両の目はカメレオンのように飛び出し、焦点が合っていない。口からは大小無数の牙が生え、涎がボタボタと止め処なくこぼれ落ちている。目を血走らせ、逃げ回る数人の人間を切り裂こうと前足を上げる。


『もうダメだ……!!』


 顔の半分を魔獣の呪いで覆われ片目が見えない男は今度こそ自分の死を覚悟し、ぎゅっと目をつむる。その時頭の中で、この世で最も尊く美しく、そして愛しい女性の笑顔が浮かび上がった。彼女との思い出の中で最期を迎えられるのならそれも悪くないと感じながら、その身に衝撃が来るのを待った。


「皆伏せろ!!」


 魔法ではない激しい攻撃音が辺りを埋め尽くす。火薬がいくつも弾ける爆発音に交じって、耳をつんざく様な魔獣の断末魔の叫びが聞こえる。そして辺りが静かになると沢山の男の声が聞こえ目を開けた。そこには自分達の服装とは違う軽装姿の男達が慣れた手つきで亡命者を救助していた。その姿に男は歓喜に震える。


『噂は……本当だったんだ……!』


 顔の呪いを理由にとうとう追放される身となった男は、エトナの人間達を座り込んだままの状態から呆然と見つめていた。その時後ろでガサガサと葉が揺れる音がしたかと思うと一匹の巨大アナコンダの様な魔獣が瞬時に男に巻き付き締め上げる。辺りはまた騒然となり、大蛇は己の獲物に近づけない様に周りを威嚇し、牽制する。そして大口を開けて締め上げた獲物を捕食しようと襲い掛かってきた。男はあまりの恐怖と息が詰まる苦しみに何度目かの死を覚悟した。


「放せって!!」


 ボン!! っと、またも自分の頭の上で大きな爆発音と今度は顔に熱風が襲い掛かる。そしてすぐに自分の拘束が解かれ、肺いっぱいに酸素が入り込み別の苦しさで盛大にむせてしまった。


「ゲホッ!! ゲホッ!!」


「お兄さん大丈夫!?」


 茶髪と黒髪の少女が駆け寄ってくる。涙目になりながらも二人の少女を見ると、慌てた様子のエトナの人間達と親し気に会話を交わしたあとすぐに自分に向きなおり、そして明るく話しかけてきた。


「ごめん! お兄さん! うちまだ魔法加減できなくて。顔大丈夫だった?」


 茶髪の少女が男の顔を見るとギョッとし、汗をダラダラと流し焦っていた。その様子を見ていた黒髪の少女が安心させるように明るくふるまう。


「侑香のせいじゃないよ。お兄さんこれ、呪いですよね? 大丈夫です。私が治しますから」


 男はその言葉の意味が分からず訝しんだ。この呪いは幼い頃に受けたもの。そのせいで両親からは捨てられ、周りの者からは石を投げられ何度も町の住人に追いかけまわされた。そんな自分を保護し、教会へと導いてくれたのがかの愛しい女性だった。女性は自分と同じような境遇の者を教会へと誘い、手厚く保護してくれていたのだ。そんな彼女が時折自分達に会いに来てくれる事がささやかな幸せだった。しかし、大神官様の留守を狙われ、今大勢の者が城壁の外へと追放されているのだ。そんな思い出に浸っていると、顔に優しい暖かさを感じた。その心地よさに思わずうっとりとしていたが、10年ぶりの光のまばゆさに片眼をゆっくりと開ける。


「……見える……。目が……! 見える……!!」


 信じられないと、両の目で辺りをゆっくり見回す男に二人の少女は嬉しそうに笑ったあとエトナの人間に呼ばれ、次へと行ってしまった。まだ信じられないと男は遠くを見つめていたが、人の中心で笑い合い感謝されているであろう黒髪の少女をしっかりと見つめたあと、弾かれた様にランドールへと向かって走り出す。


『聖女だ……。間違いない……!! あの方は聖女様だ!! お伝えしなければ! 誰よりも魔獣被害にお心を痛めてくださっていたあの方に……!!』


 息も切れ切れになった頃、馬に乗った数人の人間が良く見えるようになった両の目に飛び込んでくる。その先頭にいたのはランドールの宰相様だった。


「ローワン様……! 至急お伝えしたき事が……!!」


 男は見てきた一部始終のすべてを息を切らしながらも必死に伝えた。さすがは宰相。話を遮ることなく理解していくその姿に男は安堵する。


「……ではこの先にエトナ共の拠点があり、黒い御髪の聖女様がいらっしゃるのだな?」


「はい……! そうです、ローワン様!! しかし、エトナの者達は悪魔などではありませんでした! 教会で噂になっていたんです!! エトナは善良な者達で、追放者を手厚く救助し、エトナ国で大切に……ぐっ…う……! な……にを……!?」


 腹に焼けるような熱と凍りつく冷たさを感じた。ゆっくりとその不可思議な感覚を確認すると、ローワンの魔法である氷の刃が腹を貫通していた。その氷が砕けると、穴を圧迫していたものが無くなったことにより、大量の血が流れだす。


「情報提供感謝するよ。うふぇっへへへ!」


 気味の悪い笑い声が遠のいていく。薄れゆく意識の中、美しく微笑む愛しい人の顔がまた浮かび上がる。男はその姿に喜びと後悔とが入り混じり、涙がこぼれ落ちていく。


「……ティ……ティー……さ…ま……」


 何度も死を覚悟した男はとうとう息絶えるのであった。



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