第17話:ウィリーの奮闘
葵とルーイの話を聞いていた侑香には疑問が浮かんでいた。葵ならいつものように分かりやすく答えてくれるだろうと、期待を込めて質問する。
「あのさ。何で菜緒がエトナで力使うと魔法が使えるようになる人がでてくるの? もう菜緒の力を使っても得られなかったっていうんじゃなかったの?」
侑香の問いに分かりやすく答えを説明する事に慣れている葵は侑香の期待通り、呆れることなく丁寧に答えていく。
「魔法が使えない=菜緒から治療を受けたって人だけじゃないって事。逆に考えてみて。そもそも菜緒から治療を受けてない人はどっちか分かんないじゃん? 魔法を使えないって事は、エトナの人達の先祖で菜緒の力が必要なかった人達もいるはず。その子孫の人達に菜緒の力を受けさせたら魔法を使える人がでてくるかもしれないって事」
「……あぁ! そっか! うちと葵と同じ状況って事か!!」
葵の説明に納得がいった侑香はなるほど、と何度かうなずく。だが、菜緒には別の心配事があるようで、ルーイに恐る恐る質問する。
「あの……この場所がばれてるって事はないんですか?」
「今の所そんな様子は確認されてないな。それにここの亡命者のほとんどが、無実の罪で追放された人達なんだ」
三人は妙に納得がいった。この人達も自分達と同じように突然意味の分からない罪を押し付けられて追放されたのだろう。うんざりした表情を見せる三人にルーイは苦笑しながらも説明を続ける。
「さっきも言ったように、この人達は魔力量の少なさを理由に追放されたり、身分の低い人が身分の高い人の身代わりで罪を着せられたりしてるみたいなんだ。その追放者や、ランドールでは生活できない人達にウィリーさんがこっそりこの場所へのできるだけ安全なルートをいくつか教えてくれてるんだ」
その話から推察するに、ウィリー・クローベルという人物はそうとうできた人なのだろう。追放される身でエトナという悪魔の棲まう地へ行けなど、普通なら信じない。中には密告することで上の者達に取り入って追放から逃れようとする者がいてもおかしくはない。
「ウィリーさんってなかなか良いポジションにいるんですね。下の人から信頼され、訴えられても貴族達の信頼も厚いから、罪を逃れるための戯言で片づけられる」
娘が王太子の婚約者という点も考慮される。まさに有能な協力者だと葵と菜緒は関心する。
「けど、昨日言ったようにその追放者や亡命者を追って魔獣が増えていてね。できるだけ助けてあげたいが、ランドールの国境に俺達は近づけないから自力でここまで来てもらうしか方法がないんだ……」
悔しそうに話すルーイに菜緒達も悲しい気持ちになった。こうなったら何が何でも菜緒とランドールの王が会い、説得しなければと改めて決意する。
「もちろんこの場所がランドールに見つからないようにこれからも細心の注意を払うよ。みんなも変な奴を見かけたらすぐに俺達に言ってくれ」
「「はい!」」
元気よく返事をする菜緒と侑香。そして静かにうなずく葵に満足げに笑うルーイ。だがこの前日、エルバートは聖女召還の成功に伴い父の処遇を決めるため、国の主要機関のメンバーを緊急招集していた。
ー・・
どこまでも高く伸びている壁がランドールという国を広範囲に渡って囲い、その鉄壁をもってして、主要な村や城下町を恐ろしい魔獣から守っていた。その中心に位置する豪勢な城の一室で、これから先の未来を決めるために厳かな諮問会議という名の王位継承を求める会議が開かれていた。
「皆、良く集まってくれた。これから皆に父の処遇について意見を求めたい」
静まり返り、厳しい顔で王太子を見つめ考え込む者の中にウィリー・クローベルもいた。ウィリーはまずい事になったと難しい顔をする。王が戦争中に捕虜になったと聞いた時は内心喜んでいた。エトナはきっと王に対して無体な事をせず、国を案内し何とか協力したい旨を申し出る事が分かっていたし、王もエトナの真実を見れば、心変わりをしてくれるのではないかと思っていたからだ。
聖女召還を画策している
この事を娘のティティーから報せを受けた時は頭を抱えた。王が大神官をエトナへと呼んだ所まではガッツポーズをとる勢いだったのに。なぜなら、教会はこのランドールにおいて唯一まともといってもいい機関だからだ。彼らは貧しき者への救済の手を惜しまない。魔力の少ない者も教会に逃げ込んだエトナの末裔にさえも、手厚く受け入れ国から守っているといっても過言ではない。そんな教会をウィリーは密かに援助していた。教会と魔法重視の王族が手を取り合おうとしているのだ。希望が見えているはずだったのに……。
周りの者もどうしたものかと迷っているのだろう。なぜなら王は愚かではなく、むしろ貴族と平民のバランスを以前よりも上手くとれるような政策も施し悪くなかったからである。そして、なにより追放者を出す事で上手く魔獣をエトナへと仕向ける事にも成功していた。そのおかげか、ランドールの魔獣被害は減ってきていた。幸か不幸か、この施策のおかげで菜緒達も魔獣に遭遇する事なくエトナ領へと辿りつくことができたのであろう。だからこそ、貴族達は下手な事は口に出せないでいた。
エルバートはこうなる事は分かっていたので、焦ったりはしなかった。この場にいるほとんどの者は父に少なからず恩義を感じている。だが、己が王へとのし上がるためのカードを自分は持っている。誰にも見えない様に口角を少し上げ、王となるべく発言する。
「私が王不在にも関わらず聖女召還の儀を執り行った経緯を聞いてほしい。昨日の夕刻入った情報だが、父は王族としての誇りを捨て、己が助かるためにエトナと手を取り合おうと画策しているのだ。その証拠に昨晩、父からの手紙を受けた大神官カイルが密かにエトナへと向かったようだ」
これがその手紙だと皆に提示する。何も知らない機関のメンバーは驚き、我も我もと手紙の内容を確認する。ウィリーもその内容を確認し、やられたと内心焦りを隠せなかった。手紙には短く、エトナの真実と歴史、そしてエトナの現状を大神官のその目で確認し、協力を求めたいとはっきりと王の字で書かれていた。ウィリーは、教会内に自分の警戒網を潜り抜ける程の実力者が王太子のもとにいた事に気づけなかった自分に腹が立った。会議のあと、すぐにでもエトナへ知らせなければならない。
「この手紙からも分かる様に、どうやら父はランドールを裏切ろうとしている。一刻を争う事態だったために、聖女をこのランドールへと召還する必要があったのだ。そして今、その想いに応えて下さり聖女愛梨様はご降臨され、エトナと魔獣を殲滅するためにこのランドール国を今一度お導きくださるのだ!」
高らかに自分の勝利を宣言しているであろうエルバートに皆が傾きそうになっていた。少しのざわめきの後、皆が一旦考え込む。だが結論はもはや一つしか残されていなかった。エルバートの絶対的な自信にも押されたのだろう。皆が次代の王だとエルバートを認め、拍手しようとした時だった。
「お待ちください。王太子殿下。恐れながらあの少女が本物の聖女様かどうか見極めさせていただけないでしょうか?」
ウィリーの勇気ある発言に皆が一斉にウィリーに集中する。それはエルバートも例外ではない。ウィリーはこの会議のために保険をかけていた。何度も苦労をかけてしまう愛娘に心の中で謝罪しながら進言する。
「出過ぎた真似をしてしまった事を最初に謝罪致します。実は、娘ティティーに聖女様のお相手をするよう申し付けているのです。今、お部屋にてお話をされていらっしゃることでしょう。もちろん、聖女様が娘と同じ年頃に見えた事もあり、ご安心して頂きたいとの考えもあります」
内心冷汗をかいていた。だがウィリーとて自信はあった。王の手紙は不測の事態ではあったが、自分がスパイだとバレたわけではない。更にティティー自身が築き上げてくれた信頼も味方してくれている。そして、聖女が本物であるという確信を持つ者はこの場に一人もいない。
なぜなら、聖女召還に応えたのは愛梨だけではないのだから。
一瞬の沈黙のあとまたざわめきが起きる。皆がクローベル家に寄せる信頼はやはり熱いようだ。一理あるとの意見が満場一致し、一旦保留ということで会議はウィリーの勝利となった。
「義父上。不出来な息子がいつも早まらない様支えてくれて感謝します」
ニコリと微笑み、王族らしからぬ謙遜を見せるエルバートにウィリーは、やはりこの男は食えない奴だと警戒心を高める。この爽やかな笑顔の裏に隠してある本性は冷酷なのだ。実の親でさえいとも簡単に切り捨て、王へとのし上がろうとする男のもとに、愛する娘を懐に入れた事を教会へ懺悔したくなった。




