第15話:聖女の力は万能……ではない
少し肌寒さを感じる朝だったが、ぐっすり眠ることができた三人は体力気力共に回復し、爽やかな起床を迎えることができた。穏やかに朝食もすませ、揃って家の外へと出る。昨日よりも数人増えているが、相変わらず疲労が隠せないランドールの亡命者と忙しなく動き回る軍人達。その光景を見つめながら菜緒は前世の力の使い方を思い出していた。
辺りが淡く優しい暖かな光に包まれていく。皆がその心地良さにうっとりとしていた。そして体の痛みがひいていく。奇跡を目の当たりにした人々は口々に驚き喜んだ。
「いいの? 菜緒。力を使っても」
葵が菜緒を気遣いながら隣へと歩みを進め、喜ぶ人々を心配そうに見ていた。菜緒の力にはまだまだ分からない事が多い。そのせいで前世で辛い想いをしたのだから、今無理に使う必要などないのにと。
「この力は苦しんでいる人のために使おうって決めてたの。だから大丈夫! それに今の私には葵と侑香がいてくれるから何を言われても平気」
今は一人ではない。世界を越えた無二の親友達であり、最大の理解者達が側にいてくれる。その事実が菜緒を前向きな気持ちにさせてくれていた。明るく笑う菜緒に葵は微笑む。誰よりも他人を思いやれる菜緒だからこそ神は彼女を選んだのかもしれないと。だが、菜緒も心ある人間。幼い頃から知っている菜緒は優しいが、一度こうだと決めたらなかなか意見を変えない頑固な人間らしい一面を持っている。そんな菜緒が決めた事であるのなら、自分達は隣で支えようと心に決めると、ふと気づく。
「あれ? そういえば侑香どこ行った?」
「? 一緒に外に出たはずだけど……」
二人が辺りを見回していると元気に侑香が駆け寄って来る。
「ねぇ! 見て見て!! うちマジやばいんだけどー!!」
興奮し、目を輝かせながら自分の能力を惜しげもなく披露する侑香。辺りが突然、先程とは違う温かさに包まれる。侑香は小さな炎をいくつも出し、まるでお手玉の様に回して見せた。その器用さに菜緒も葵も思わず感嘆の声を上げ、小さく拍手する。その様子を楽しそうに見つめるエトナの軍人達。だが皆が手を止めずにきびきびと働く。その軍人達の間を一人の幼子を抱えた女性がすり抜け、菜緒に恐る恐る話しかけてきた。
「……聖女様! 先程のお力をもう一度この子にお与えくださいませんか!? 熱が下がらず、どうしていいのか……どうか……!」
縋るように見つめ懇願する女性の腕の中には、瘦せ細った男の子が頬を赤くさせ、息も絶え絶えに苦しそうに眠っていた。その痛々しい姿に菜緒は心を痛めながらも真実を告げる。
「ごめんなさい。私の力は魔獣につけられた傷や呪いじゃないと効力を発揮できないんです。だから、私がこの子にしてあげられる事が無くて……。本当にごめんなさい」
「そんな……! じゃあこの子は……どうしたら……!!」
絶望の表情を見せる女性に菜緒は罵倒されることを覚悟した。前世ではこんなことはよくある事だった。その度に心も体も傷つけられたが、できないものはできないのでしょうがない。そう自分に言い聞かせながらも真摯に女性と向き合う。そんな菜緒に一人の男の助け舟が入る。
「お母さん、エトナの医療技術でその子は治せますよ。見たところ栄養失調による免疫力低下の風邪でしょう。点滴をして温かい食事をとればすぐに元気になりますよ」
「本当ですか!? ありがとうございます! ありがとうございます!!」
女性は溢れる涙を止めることもせず、中年の穏やかそうな男に案内され、簡易医療施設に使っている家へと入っていった。その時、男は菜緒達にウィンクをし、女性のあとに続いて自分も施設へと入って行く。そのスマートな大人の男に魅了されながらも、菜緒達はあの男性が侑香の応急処置をしてくれた人だという事に気づく。
「あの人医者だったのか……。どうりで手際が良いはずだね」
「あとでお礼言いに行かなきゃ!!」
葵と侑香はホッとしていた。菜緒が余計な事を言われて傷つくのではないかと冷や冷やしていたからだ。だが、さすがエトナというべきか。きっと中世の域のままのランドールでは医療など、魔術や魔法などと見当違いの見方をされているのかもしれない。
「良かった……。エトナに化学が浸透してて」
前世の菜緒は間違ってはいなかった。嬉しそうに施設を見つめる菜緒達の耳にルーイが休憩の合図を送る声が聞こえた。各々が一息つく中でルーイが三人のもとへとやってくる。
「菜緒君。先程はありがとう。おかげで皆元気になったよ。これで午後も頑張れそうだ。ところで、菜緒君は力を使っても体調に問題はないのかい? 疲れたらすぐに言ってくれ」
「大丈夫です。力を使って疲れた事ないので気にしないでください」
「てか! 菜緒の力って万能なわけじゃないんだね」
侑香の無邪気な問いに菜緒は苦笑する。
「そうなんだよね。対魔獣って事なのかも……。それにこの治癒の力って私以外いなくってさ。魔法を得た人達の中でさえいないみたい」
そうなるとやはり菜緒は特別で聖女や救世主と呼ばれても不思議ではないのだろう。少し気まずくなりそうだったので、葵が以前聞けなかった質問をルーイに投げかける。
「そういえばルーイさんに聞きたかったんだけど、ここにいるランドールの人達はなぜエトナへと亡命して来るんですか?向こうでエトナは酷い言われようでしたけど……」
葵の問いにルーイも苦笑する。葵は言葉を選んでくれたが、自分達が悪魔の末裔などと呼ばれている事はもちろん知っている。そんな悪魔という認識がランドールでは当たり前だが、亡命者が出てくるのにはもちろん理由があった。
「エトナに逃げてくる人達は魔力量というものが少ないみたいなんだ。魔法が絶対のランドールにとって魔力量が少ない者は蔑まされ、魔力の無いエトナの捕虜やランドールに何かしらの形で先祖がいたエトナの末裔なんかは、悲しいが奴隷扱いされているらしい……」
悲しそうに実情を伝えてくれるルーイに菜緒はまたも心が痛くなった。やはり自分のせいで今も苦しんでる人が大勢いると思うとどうしても自分が許せなくなる。そんな菜緒の気持ちを察して、侑香と葵が菜緒の手を握る。その温かさに菜緒は泣きそうになった。葵は手を繋いだまま質問を続ける。
「それにしてもランドールの人がエトナへ亡命するなど、失礼ですが正気の沙汰とは思えません。今以上の恐ろしい現実が待っているかもしれないうえに、外には魔獣がうようよいる。なのにエトナへ亡命するなんて……。もしかして、ランドールに協力者がいるんじゃないですか?」
核心を突く葵のその問いにルーイは思わず笑みがこぼれた。
「葵君は本当に鋭いね。うちの隊に入隊してほしいくらいだ。そうなんだ。ランドールには11年前くらいから思わぬ協力者を得ることができてね。大丈夫。隠さず詳しく説明するよ」
それは約11年前まで話は遡る。
その日ルーイ小隊は新しく開発された無線機の実地試験をするため、離れた別の小隊とこまめに連絡を取り合っている時だった。野営地の近くで複数の魔獣の吠える声と共に、人の叫び声が聞こえてくる。そして時折その場所からは雷の様な閃光が一瞬、一瞬夜の暗闇の中を激しく駆け巡っていた。
「……間違いない。魔法だ。ランドールの奴だ」
軍事境界線近くで争うランドールの者に注意しながらルーイ小隊は夜の森を隊列を崩さず静かに、そして素早く近づき銃を構える。
「ルーイいつでも行けるぜ」
バルトの声に皆の緊張感が高まる。ルーイは魔獣と戦う人間を目で捕捉し様子を窺う。どうやら中年の男で貴族のようだ。上品な服に身を包んではいるが、その装いとは程遠いほど険しい顔で必死に複数の魔獣に抗っていた。
「これはまずいぞ。あの魔獣狼型だ」
複数の魔獣の正体は魔獣討伐のスペシャリストであるルーイ隊にとってもやっかいな存在だった。その名の通り、顔つきや体型は狼だがやはり目はカメレオンの様に飛び出し、焦点が合っていない。爪は普通の狼の倍は鋭く力も強いため、引き裂かれれば一巻の終わりだ。さらにやっかいなのは、複数で連携し獲物を追い詰め、弄ぶという嫌な習性を兼ね備えていることだ。
「完全に遊ばれてるぞ、あのおっさん」
この後を想像したくねぇなとバルトが呟く。皆もバルトに同意し、嫌な顔をする中ルーイは機を待っていた。男には悪いが絶好のチャンスを見逃さないように目を外さない。
「うわああぁぁ!! あああぁぁぁ!!」
男の最後の抵抗が辺りを真っ白に染め上げる。一瞬魔獣達があまりの眩しさに怯んだ。ルーイはその機を見事ものにする。
「今だ! 撃てー!!」
ルーイの合図で皆が魔獣へ一斉に射撃する。その弾丸の嵐に耐えきれずに魔獣は次々に地に伏していった。




