第12話:エトナとランドールと魔獣と
葵の目は冴えていた。先程のエトナの歴史が頭の中で引っかかってしょうがない。隣で静かに眠る菜緒と侑香を見つめる。二人の掛布団を直してやると、起こさないように部屋の外へと出て行く。廊下を歩いていると、一室から光が漏れ出していた。その光に吸い込まれるように部屋の扉をノックする。するとルーイの声でどうぞと言われ、何も考えずに部屋へと入る。
「葵ちゃんどうしたの? 眠れなかった?」
そこにはバルトもいたようで、二人の大人が心配そうに葵を気遣ってくれた。
「……はい。眠れなくて。もし可能ならあたしだけでも話を聞きたくて」
ルーイとバルトは快く葵を迎え入れてくれた。そして飲み物も用意し準備を整え、席についた葵の前にさしだす。葵はカップからでる白い湯気を見つめたまま動かなくなってしまった。その様子をバルトが心配しながらも、明るく話を進める。
「侑香ちゃんや菜緒ちゃんはゆっくり眠れてる?」
「……はい。すごく疲れてたみたいで静かに寝てます。菜緒はともかく、侑香は歴史が苦手なのであたしが先に色々聞いて、あの子にも分かるように説明しないと時間がかかると思って……。目が冴えてる今、色々教えてください」
葵の呆れ交じりの答えに侑香を想像し、分かる気がすると大人二人は笑う。それは馬鹿にしているのではなく、微笑ましいことを聞いたときにでる笑いだった。
「そういえば、ランドールの王が不在だと知った時、クーデターが起きるかもと予測してたのは、葵君と菜緒君だったね。俺達はさっき君の話を本国に共有したんだが、ランドールの王が同じことを憂いていたらしい」
「え?ランドールの王ってエトナにいるんですか? でもどうやって連絡を……?」
バルトが小型だが重そうな機械の塊を机の上に乗せる。細々としたボタンや小さなアンテナが立つその機械に葵は納得した。
「……無線機ですか?」
「そうさ! やっぱり葵ちゃん達の世界は化学技術が優れているんだね。でも、君達からしたらこの無線機も旧型に近いのかな?」
「そうですね。昔は大きい物でしたが、今は片手で足りると思いますよ。あたし達一般人はこういう物を使ってます」
そう言ってスマホを差し出す。ルーイとバルトは興奮気味に薄い板を手に取り話し合う。
「何だこれは!?」
「ボタンもないのに反応するぞ!!」
凄い凄いと喋る無邪気な大人に思わず笑ってしまう。葵はまず、自分達の化学レベルがどんなものなのかを二人に説明する。宇宙という言葉を発した時、二人は更に目を輝かせ夢中で葵の話に聞き入っていた。一通り説明すると、葵は飲み物を口にする。飲み物は少し冷めていたため、自分にしては喋りすぎたと反省しながらも、いまだに目を輝かせた大人二人はスマホをいじっている。だが、ネットのないこの世界では電話もできないほとんど使えない物である。
「こんな小さな機械で正確に計算もでき、ライトも使える……。そのほかにも色々機能があるのに、世界と映像で繋がれるとは……。素晴らしいな」
「葵ちゃん達のいる世界はまさに俺達にとってお手本。けど……」
魔獣にランドール。エトナ国を取り巻く環境は大変なものが多い。科学技術を向上させたくてもなかなか難しいのだろう。だがそんな状況にも負けず、ここまでの発展を遂げさせているエトナの国の人々は本当に優秀だと葵は思った。魔法が使えるといってもランドールにとってエトナは魔獣以上の脅威になっているのかもしれない。
「そういえば、他の国はどうなっているんですか?」
「あれ? 言ってなかったっけ。この世界にはエトナとランドール以外に国はおろか、人は住めないんだ」
「……え!? 二か国しかないんですか!?」
そうだよ。と答える二人に葵は呆れ果てていた。それ程までに魔獣という存在がこの世界に蔓延り、人に害を与えているというのに更に人間同士でも争っているとは。
「……信じられない」
葵の思わず漏れ出た本音に二人は苦笑する。
「実は半年くらい前にエトナとランドールの国境付近で戦争があったんだ。その時運よくランドールの王を捕虜にすることができてね。今ランドールの王はエトナにいるんだ」
戦争……。まじか、とますます苦い顔をする葵に二人はさらに続ける。
「俺達エトナは腹が立つけどランドールを滅ぼしたいわけじゃない。できれば、ランドールと共に魔獣の脅威に立ち向かうため手を取り合いたくて、いまランドールの王を必死で説得している最中なんだ」
「……そうだったんですね」
エトナとはなんて出来た人達なのだろうと思った。ランドールの奴らの狂気性を身をもって味わった葵にとってエトナは確実に信頼できる国だと確信した。ランドールの奴らの態度でよく分かる。きっとエトナはここまでくるのに幾度となく滅ぼされかけたのではないだろうかと。改めてエトナに賭けて、運良く巡り合えて良かったと心の底から感謝した。
これなら自分になにかあった時、安心して菜緒と侑香を任せられる。
葵が一人安堵している事に気づくことはなく大人二人は現状の問題も教えてくれた。
「けど最近ランドールの現状が思わしくなくてね。王がいなくなってから二か月の間で亡命者が急増してるんだ。多分、王太子の地位を上げようと無茶な政策をしているんだとは思ってたけど、葵君の話を聞いてエルバートの存在をエトナは無視できなくなってるんだ。」
「それに、亡命者が増えることと比例してエトナで魔獣被害が多くなっててねぇ……。きっと亡命するために外に出てきた人達を追いかけてきてるんじゃないかって話で、ちょっと困ってるんだ」
困った顔を隠さず、難しい問題に向き合わなければならないと二人はため息をつく。ただでさえ忙しそうなのに大変だなと葵は心の中で同情した。
「そもそも魔獣って何なんですか?魔王が倒されても増え続けるものなんですか?」
「実は俺達も分からないんだよ。ただ伝説として残ってるのは、魔獣とは天の国の神達と戦い、地に落とされたとされる生き物なんだ。そしてその魔獣達が今度は力無き人間達を蹂躙している事に哀れみを感じた神が、その慈悲の心で一人の人間に魔獣と対抗できるように癒しの力を与えたとされているんだ。それが救世主伝説の一つだよ。魔王って存在は、ランドールが都合よく作った物語だからいないんだ」
最初にいた場所がランドールだったためまんまと騙されたのかと葵は思った。そして救世主と呼ばれる存在は菜緒の事で間違いない。実際にありえない奇跡を見たのだ。そこは疑う余地もない。ただ、どうしても腑に落ちない。
「菜緒はあたし達と同じ世界の人間なのにどうして……?」
不安そうな葵にルーイの心臓がドクンと跳ねた。菜緒と侑香がいない状況でこれ以上話を進めてはいけない気がした。その時、部屋の外でカタリと小さな音がする。そしてそのまま家の外へと出て行く音に少し焦る。なぜなら、この家にいるのはここにいる三人と、部屋に残してきた菜緒と侑香だけだったからだ。急いで部屋の外に出ると眠そうな目をこすりながら侑香が立っていた。
「……あれ? 葵……。菜緒は……? てか二人とも何してんの? トイレ行こうと起きたら二人ともいないんだもん……」
焦ったじゃんと言う侑香に、今外に出て行ったのは菜緒の方だと分かると嫌な予感がした。侑香の質問に答えず慌てて外へ出ようとする葵に侑香も驚きながらも続く。
「ちょっ! 葵!! 何、どうした……ぶっ!!」
ちょうど外に出てすぐに立ち止まった葵の肩に思いきり顔を突っ込ませてしまった侑香は痛みで顔をおさえながらも葵と同じように外にいた菜緒に目がとまる。
「……菜緒? 風邪ひくよ。中に戻ろう……」
葵が恐る恐る菜緒に近づく。いつもと違う二人の様子に侑香はどうしていいかわからず、とにかく口を挟まず自分も菜緒に近づいていく。
「え? どしたの菜緒。泣いてんの?」
ボロボロになった家に入りきれなかった人達が疲れを隠しきれずに眠っている。そんな外の様子をじっと見つめて菜緒は泣いていた。そして静かに葵と侑香に振りむきまたじっと見つめる。そんな菜緒に侑香も葵も固唾を吞んで見守っていた。
「…たし……の……だった……」
「「え?」」
菜緒の小さすぎる声に二人が思わず聞き返す。すると菜緒は眉を困らせ、さらに涙を流す。
「私のせいだった……。前世の私がこの世界を二手に分かれさせたの……」
菜緒の言葉に何も知らない侑香は困惑し、葵は自分達の勘違いに気づき嫌な汗が背筋を伝った。




