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アイスフェス2

 漆舘さんの有給取得が無事成功し、迎えた当日午前11時30分。


『東口、着きました』


『了解です。どの辺りですか?』


『宝くじ売場の向かい辺りです』


 今から向かいますという返事を確認して顔を上げる。


 見渡す限りの人、人、人。


 ムーンシャインの最寄り駅で待ち合わせすることになったが、ここは平日でも人で溢れかえっている。

 ベビーカーを押す若い女性、大学生と思われる子、スーツを纏った会社員、初老の夫婦。老若男女が目の前を過ぎ去り、ガヤガヤと賑わう声が絶えない。


「めっちゃお腹空いた〜何食べる?」

「はい。……はい。かしこまりました。それでは……」


 フランクな会話からかしこまったものまで、多種多様な会話が矢継ぎ早に耳へ無断侵入するものだから、どうにも落ち着かない。


「お兄さん1人ですか?もし良かったらこれからご飯とか……」

「すみません。約束があるので」


 こんな古典的なナンパ……もとい、逆ナンなんて今どきあるのか。


 声がした方を横目で見ると、派手な髪色の男性の後ろ姿と、フェミニンなワンピースを身にまとった女性が2人。女性達の髪は丁寧に巻かれ、女子アナやアイドルにいそうな雰囲気だ。


 あんなに可愛いのだから、逆ナンなんてしなくとも、男性の方から寄ってきそうなのに。


 ふんわりとした小動物系の見た目に反して肉食系とは……ああ、観察をしている場合ではない、漆舘さんを探さなくては。


「天野さん!お待たせしました!合流出来て良かったです」

「……漆舘さん」


いつの間にか目の前に現れた彼に驚き、思わず一歩後ずさる。


 少し離れた位置から、「なんだ本当に約束あったんじゃん」「イケメンだったのにね〜、よし、じゃあ次だ」と今しがた聞いた2人組の声が。


 つまるところ、さっきの逆ナン被害者は漆舘さんだったのか。


「行きましょうか、天野さん」


 逆ナン現場を見られていたことに気がついているのか、いないのか、何事もなかったかのように目的地へと歩み始める。

 どうやらマップを見る必要もないらしい。半歩先をゆっくり進む彼について行く。


「漆舘さん、今日はいつもと違う雰囲気ですね。一瞬気がつきませんでした」


「今日はこういう気分だったので……似合いませんかね」


「いえ、今日の服もよくお似合いだと思います」


 逆ナンを受けているのが彼だと気が付かなかった理由は、服装だ。今までスカート姿しか見たことがなく、その印象が焼き付いていた。テイストもパンク系やレトロなど、オシャレ上級者にしか許されないようなものが多く、まさしく薔薇や百合が似合いそうな近寄り難い美しさだった。


 それが一変、今日の彼の服は至ってシンプルかつ、言い方は良くないかもしれないが、男性的だった。

 ベージュの帽子、白シャツに紺色のパンツ。向日葵やチューリップが似合いそうな親しみやすい雰囲気だ。

 これが俗に言うさわやか系といったやつかもしれない。元が整っているとシンプルなものでも映えるようで、ただの地味なモブになる私とは大違いだ。


 それにしても、急に雰囲気がガラリと違うファッションだなんて、何か心境の変化があったのだろうか。

 でも、本人は至って普通そうだし、本当に気分で変えただけかもしれない。前にも色々なファッションを楽しみたいって言っていたし。


「やっぱり屋上は暑いですね。アイスを食べると考えたらベストかもしれないですけど」


 あれやこれやと考えながら漆舘さんについて行っただけで、いつの間にか到着したようだ。


 暑いことに変わりはないが、冷凍品を扱っているからか、どことなくヒンヤリとした風が肌をなぞった気がした。


「……天野さん?」


「あ……すみません!こんなにもアイスが集結した空間、初めてで。にわかには信じ難いと言いますか……夢みたいです」


 まだ入口だというのにアイスフェスタという幟を見るだけで口角が上がりそうになる。誕生日を迎えれば27になるというのに子どもっぽいとは思うが、今だけは見逃して欲しい。デパ地下等、お惣菜が集まることはあっても、アイス店が一挙に集中する空間など、滅多にないのだから。


「可愛っ……いや、変わった!変わった味とかもありそうですしね!何処から回りましょうか?」


「実は気になるお店をランキング順にしてきまして!漆舘さんが回りたいところと合わせて参考になればなと」


 いそいそと肩掛けのハンドバッグからA4用紙を取り出す。事前に出店店舗のマップが出ていたので、印刷して書き込みをしてきたのだ。この順位付けに時計の針が何周したことか。


「ふっ……完璧ですね。見てもいいですか?」


 アイスルールを聞いた時と同じ笑い方をする彼に、蛍光ペンが引かれた紙を手渡す。


「現在地がここで、一番のお目当ては……近いですね。行きましょうか」


「……マッピング、早くないですか?」


 私だったらきっと倍以上の時間がかかる。しかも彼は初見のはずなのに。


「そうですか?こんなもんだと思いますけど……」


 テント方式の屋台が等間隔に軒を連ね、自分が何処にいるかわからなくなる。さながら、苺狩りに行った時の、今どの道を通ってどの辺の苺を摘み取った?という時の感覚だ。


 そんな中でも彼は時折地図を見てはスイスイと進む。私には見えない矢印でも見えているのだろうか。


「あ、あそこですかね?」


 漆舘さんの指先を辿ると小さなプラ看板には、イタリアンジェラート『gelato che ti fa sorridere』の文字。間違いない。


「そうです!」


 普段より声量が上がってしまったが、賑わいの中に紛れ、注目を集めることはなかった。


「ジェラート……何て読むんですか?」


 目を細めているのは視力が足りないからではなく、店名が読めないからであろう。私も洋服のブランドだったら間違いなく同じ現象に陥る。


「ジェラート ケ ティ ファ ソッリーデレです。イタリア語で、ジェラートが君を笑顔にするって意味らしいですよ」


「へえ……素敵な店名ですね」


 もうすぐ、もうすぐだ。知る人ぞ知る名店と噂の、ジェラート ケ ティ ファ ソッリーデレ。こんなにも心躍るのは何時ぶりだろう。


「いらっしゃい」


 少しぶっきらぼうな店主のおじさんを前に、待ち望んだショーケースを覗く。しかしシルバーの蓋がジェラート達の姿を隠していた。見た目の予想がつかない事で余計に好奇心が湧いてしまう。


「何味があるんでしょう?」


「ん」


おじさんから手渡されたコピー用紙には数々のフレーバーが名が手書きで記されていたが、写真や絵はなかった。視覚情報が一切ないことで、益々ジェラート達の姿が気になりだす。


「天野さん、決まりましたか?」

「いえ、どれも捨て難くて……」

「俺、呪文に見えてきました……圧倒的カタカナの多さ……」


 揃いも揃って決まらないものだから、ここは1つプロの意見を求めることにした。


「オススメのフレーバーは何でしょう?」


「ノッチョラ……日本じゃ親しみがないけど所謂ヘーゼルナッツだな。あとはティラミスとか……アマレナ……さくらんぼ味のことな。ここら辺が珍しくていいんじゃないか?」


 いかにも気難しい職人さんといったオーラが少し怖かったが、意外にも丁寧に答えてくれる。ぶっきらぼうだけど実は優しいタイプなのかもしれない。


「じゃあ俺はノッチョラを」


「私は……私もノッチョラにします。漆舘さんと違うフレーバーを頼んだら、ノッチョラが気になってしまいそうなので」


 人が食べているものは二割増で美味しそうに見える魔法がかかる為、真似をすることにした。これで隣の芝生は青くなるまい。


「あいよ。サイズはどうする?ピッコロ、メディオ、グランデ……小中大な。あとカップかコーンかも選んでんくれ」


「2人ともピッコロのカップでお願いします」


 漆舘さんの方を見るまでもなく答える。

 1番小さく、コーンがない分お腹に溜まりにくい組み合わせ。少しでも多くの種類を食べるためにサイズと容器は打ち合わせ済みだった。


「ちょっと待ってな」


 おじさんが、シルバーの光り輝く蓋を外してアイススプーンを手に取る。いよいよご対面だ。


「蓋してあるのって珍しいですよね」


 漆舘さんがポツリと呟く。


 そっか、普通の人からしたら珍しいのかも。某数字のアイスクリーム屋さん等はオープンだもんなあ。


「蓋は温度管理や空気に触れさせないための工夫で、こだわりの証らしいですよ。美味しいお店の目印的存在です」


「へぇ、嬢ちゃんよく知ってんな。うちは見た目じゃなくて味で勝負してえんだわ。その為の蓋。……まあ、蓋のお陰で得体が知れねえって聞こえもしない閑古鳥が五月蝿いくらいには鳴いてるがな。……ほい、お待ちどうさん」


 嬢ちゃんと呼ばれるような歳でもないが、お礼を言って受け取る。


「あんがとな、また来てくれや」


 遊園地で風船を買ってもらった子どものような私は、転ばないよう慎重にその場を後にした。

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