甘い氷と冷たい氷
「12時半で予約していた、漆舘です」
ご案内致します、と通された先は窓際の4人がけソファ席だった。
「まだ5月なのに暑くて嫌になります」
「本当ですね」
席に着くや否、気持ち程度に手を仰ぐ。当然風は生温く、あくまで気休め程度にしかならない。
片手でチラリとスマホの天気予報アイコンを見ると、現在は晴れマークの30℃。蝉が選挙カーなみの音量で鳴き出してもおかしくない気温だ。
その一方で店内のエアコンは静かにお行儀よく働いている。もっと頑張ってくれても良いのだが、じきに涼しくなるだろう。
「夏、苦手なんですよね……メイクが崩れそうで。直すにしても面倒ですし」
「漆舘さんみたいにメイクがお好きな方でも直すのは面倒なんですね?」
「それは勿論です!朝時間をかけて作り上げたものが台無しになるのは許しがたくて……」
「なるほどですね……私も汗がまとわりついてベタベタする感覚が嫌なので夏はちょっと……それに夏休みは図書館に子どもが増えるので何かと大変で」
「わかります!俺、汗で濡れたシャツが冷えていく感覚も嫌で。それに、そうですよね、子ども達が夏休みになると忙しそうですもんね」
そんな他愛もない話をしながらラミネート加工の施された紙に手をかける。
「メニューが夏仕様になっていないのが憎くなります……」
今日のランチは、夫婦で営み、スイーツよりもご飯系に力を入れていますとSNSで話題になっていた古民家カフェだ。
2人で切り盛りしているとあり、メニュー数はそう多くできないのであろう。ラミネートの裏表には、片手で数えられる程度の選択肢が並んでいた。
「これだけ暑いと冷たいものとかサッパリしたものが食べたくなりますもんね」
麺類や夏らしいものはなかったのでカレーを頼んだ。トッピングを選ぶことが出来たのでナスとオクラを追加して、擬似夏野菜カレーの出来がりだ。
一方天野さんはさっぱりとしたものが良かったのか、刺身定食を注文していた。
「暑いのは嫌ですけれど、夏はメニューにアイスが増えるので、その点では感謝しています」
メニューの裏表を再度見ながらスタンドに戻す彼女。どうやら両面共にアイスという文字は無さそうだ。
「アイス、お好きなんですか?」
「はい。夏はどこもかしこもアイスを売出すじゃないですか。アイスのたたき売りと言わんばかりに、キッチンカーが出ていたり、おすすめ品にのっていたり。冬は炬燵でアイスという文化があるお陰で主にコンビニ各社が力を入れてくれてますが、春と秋はアイスの勢力が衰えてしまうので……年中頑張って欲しいところです」
「……めちゃくちゃアイス、好きじゃないですか。最推しあります?」
ダメだ。面白すぎる。目を輝かせながら真剣に力説する彼女が可愛くて、吹き出しそうになるのを必死に堪える。
そんなにアイス、好きなのか。
「それがですね、大変なことに見つからないんですよ。アイスって一言でまとめても食感や形状……例えばソフトクリームとかシャーベットとか、色々あるじゃないですか。カップかコーンかバータイプか、とかでも分けられますし。切り口分けて考えても、やっぱり全部美味しいの結論になってしまって。それぞれの良さがあるんです」
ここら辺から耐えられなくなった。こちらは腹筋の痛みに耐えるので、声を上げて笑ってしまうのは許して欲しい。
「アイスを食べる時は1日1個までにすると決めているので、毎回違う種類にしているんです。時々、前食べた味が忘れられずに同じモノを連続で食べることもあるんですけど、アイスの沼は深いので色々味わってみたくて……一生をかけて最後の晩餐になるお供を探すつもりです」
もう、本当に、やめて欲しい。可愛さと面白さが渋滞している。ここがシーンとした店内ではなく、子どもの声が程よくある場所で助かった。
「アイスに人生捧げてるじゃないですか!いつからそんなにアイス好きになったんですか?」
「物心ついた時くらいに祖母が作ってくれたバニラのアイスクリームの衝撃が凄くてですね、世の中にはこんなに美味しいものがあるのだと感動しました。そこからは同じアイスという括りでも色々なタイプがある事を知って……厳密に言えばアイスという呼び方も不正確ではありますが……乳脂肪分で呼び方が変わるので……でもまとめてアイスって呼んでます。あのひんやりとした甘さを口に運ぶ度に革命が起きるんです。あまりに罪深い食べ物だと思います……」
知り合ってそう長くはないが、口角を上げたと思いきや眉間に皺が寄ったりと、ここまで表情がコロコロと変わる天野さんは珍しい気がした。
「天野さんのアイス革命年表、見てみたいです。……というか、どのくらいのペースで食べてるんですか?」
なんだよ、アイス革命年表って。自分で言っておきながら、更にツボが浅くなる。腹筋だけでなく表情筋まで痛くなってきた。
「休日前の夜に食べるようにしているので、週に2回ですね」
「休日前夜にこだわりあるんですか?お酒飲む人とかにありがちな休日前の楽しみ、みたいな感じで」
「それもあります。でも一番は、お腹を壊すといけないので。アイスでお腹壊したことはないんですけど、念の為翌日が仕事とか大事な用事がある日は避けています。周りに迷惑をかけてしまったら、次から楽しめなくなってしまうと思うので」
「真面目ですね」
1日1個までの制限もこの性格起因してるのだろう。好きなものくらい自由に楽しんだら良いのにと思いつつ、天野さんらしいマイルールに納得感があった。
「…………天野、さん?」
……なんだ?この間の開き方は。俺、何か不味い事を言っただろうか。
キラキラとしていた空気が、一瞬で凍りついた気がした。それこそアイスのように。違いがあるとすればそこに甘さを含んでいない点だ。
「……あ、すみません。少し暑くてボーッとしてしまって」
「いえ、それは構わないんですけど……」
ボーッとしていたというより、もっと別の何かがあったような気がした。どちらかと言えば強ばるとか、固まるとか、硬質な表現の方が近い何かが。
「俺、何か気に障ることを言ってしまいましたか……?」
「いいえ、漆舘さんのせいではなくて、私の方に問題があると言いますか……昔の嫌な記憶を、少し思い出してしまって」
「お待たせしました、野菜たっぷりカレー、オクラとナスのトッピングに、刺身定食になります!」
冷たくなった空気を断ち切るかのように温かい料理が運ばれてきた。
「……食べましょうか」
嫌な記憶とやらが気にならない訳ではなかったが、誰にだって知られたくないことの一つや二つある。
気を紛らわすように、大きめに切られたゴロゴロ具材と艶やかなご飯を掬う。
野菜の甘みがしっかりと出ていながらも、ピリッとした辛さが口の中に広がった。




