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「普通」じゃないらしい

 「お待たせして申し訳ないです。休憩に入ろうとしたタイミングで、レファレンス希望の利用者さんに声をかけられてしまって」

 「いえ、俺は休日ですし、気にしないでください」


 先日助けてくれた恩人と運命的な再会を果たした俺は、その勢いで食事に誘い、更に次の約束まで取り付けていた。


 今日の彼女も、以前と同じくシンプルで落ち着いた、ベーシックカラーのコーディネートだ。恐らく世界各国で有名な某リテイリングで購入したものだろう。


 汗ばんだようで羽織っていたカーディガンを脱ぎ、腕に抱える。急がずともかまわないのに、息を切らせてきてくれたことに胸が高鳴る。

疲れさせておいて喜びを感じるなんて、最低かもしれないが。それでも緩む口元を手の甲で抑えて、なんとか誤魔化す。


 「……なんだか、以前と雰囲気が違いますね」


 視線を感じて何かと思えば、驚いた猫のような瞳で尋ねられた。


 「ああ、はい。今日は普通の格好で来ました」


 ネイビーのオーバーサイズジャケットと、セットアップのパンツ。それにオフホワイトのTシャツを合わせた、シンプルで男性的な、所謂「普通の服」だ。


 「前までの服装は、普通じゃないんですか?」

 「……え?」

 「あ、普通は失礼ですよね、あんなに可愛らしいお洋服に対して。ええと……そうではなくて、いつも着てらっしゃる感じではないのですか?漆館さんにとっての当たり前じゃないのですかという意味でして……」


俺にとっての、当たり前。


 世界から音が消えた気がした。それと同時に嫌な記憶が頭を掠める。


 高校生の頃、初めて可愛い服を着て街に出た。レースとフリルがたっぷりとあしらわられた、パステルカラーのワンピース。

 当時は髪も短く、最初は抵抗もあった。それでも着てみたくて。溢れる想いと共に玄関のドアを開けた。目が眩むほど、日差しの強い日の話だ。

しかし、可愛いを纏って幸福感に満たされるはすが、その時の気分は真逆だった。


 「うっわ、すっげぇフリフリ。ロリータってやつ?俺初めて見たわ……てかあれ3組の漆館?」

 「まさか、人違いじゃね?漆舘はオカマでしたってか?あいつ、そこそこモテるし、実はオカマでしたとか一大ニュースだろ」

 「だよなーもし本当だったらマジ引くわ」

 「てかさ、漆舘じゃねぇにしてもアレ男?肩幅広いし。似合わねぇー」


 学校から電車で1時間ほど離れた場所だから会わないと思っていたが、打算だった。幸い人が多いショッピングモールだった為上手くかわすことができたが、当時を思い出すといまだに背筋が凍る。

 

 致命傷は彼らの言葉だったが、擦過傷は複数あった。

言葉はナイフとよく言うが、直接的なものだけではなく、視線でも同じ。ショッピングモール内でも、移動中の電車でも、繰り返し鋭利な刃物が胸を抉った。

その言葉が、態度が、視線が、どれだけ冷たく嫌な色を帯びたものか計り知れない。


ただいまと開けたドアは冷たく重く、ベッドに倒れ込むように突っ伏した。


 それから大学生までは、ボロボロになった心をキラキラと輝く何着もの服で包み込み、クローゼットの奥深くにしまい込んでいた。


けれど、それでも溢れる好きには敵わず、社会人になる時を機に押し殺した気持ちを解放した。

在宅ワークがメインで服装規定も緩い。本社とも少し距離がある為、職場の人間にも会わないだろうと踏んだからだ。


決意した夜に、翌日行けるヘアサロン、ネイルサロンを予約し、どんな雰囲気にしようかとネットの海で画像を漁った。日付が越えようと画面をスクロールする手が止まることはなく、どんなに蓋押しようとファッションへの熱は冷めやらぬままだった。


しかし、そうして出来上がった自分は、やはり他人と異なるものだったらしい。


 高校の頃とは違い、細心の注意を払っている故に同僚に会うことはないが、街で感じる視線は以前と変わらない。

だが、最初は深かった傷も次第に慣れ、感覚が麻痺していった。


 人目を気にしなくなったと言えば聞こえはいいが、どうせ誰も分かってくれないと、半ば諦めたという方に近い。


 俺のこれは、女装ではない。肉体と精神の性が異なっている訳でもない。……女の子はメンズファッションを着ていても変に思われないのだから良いなと思ったことはあるが。でも女の子になりたい訳ではなかった。

 ただ、その時の気分で色々な服が着たいだけだ。可愛いも格好良いも両方好きで、どちらも楽しみたいだけなんだ。


だけど俺のこの感覚はズレているようで普通ではないらしい。


 だから俺のせいで一緒にいる天野さんまで嫌な視線を向けられないように今日の服は男性的なものにした。


 ……なんて。これは本音だが、建前だ。


 天野さんだってこんな格好をした男、気持ち悪いと思っているのではないか。彼女は道端で転んだ人間に手を差し伸べてくれる程優しい人だから、付き合ってくれるだけじゃないかという臆病さの現れだった。


 「あの、漆館さん……?どうかなさいましたか?」


 淀みのない真っ直ぐな瞳を見て、曖昧な形をした気持ちがはっきりとしたものに変わる。


 この人は何度自分を救って、認めてくれるのか。


どんどん膨らむ想いを恋と言わず、なんと言おう。


 「今日は落ち着いたカフェで、天野さんのお時間の許す限りお話ししたいんですけど、大丈夫ですか?」


 首を縦に振る彼女を見て、こっちですと一歩を踏み出す。そよ風と甘い花の香りが背中を押してくれた気がした。

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