表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

完璧王太子が婚約者にだけポンコツな件~従者の苦悩はどこまでも続く~

作者: 雨花 まる

 ここは、スマシューク王国。王立学園のメインストリート。

 今日も今日とて、我が国の王太子殿下は爽やかに光輝いておられます。


「ご機嫌麗しゅうございます、殿下」

「あぁ、良い一日を」


 殿下は、ご令嬢達に完璧な微笑みを返す。そこかしこから黄色い声があくまでも密やかに聞こえてきた。それを半歩後ろから見守りながら、従者の俺も歩を進める。

 オスカー・ブラト・スマシューク王太子殿下。非の打ち所がない。完璧と名高いお方だ。ある一つのことを除いて。


「オスカー殿下」


 校舎に入った所で殿下を呼び止めたのは、婚約者であらせられるアラベラ・レン・ミルガンス公爵令嬢だった。

 場に緊張感が走る。皆が固唾を飲んで二人の様子を見ているのが、ヒシヒシと伝わってきた。俺の背にも変な汗が流れる。


「アラベラ嬢……」

「ご機嫌麗しゅうございます、殿下」


 何の変哲もない挨拶。それに殿下はぐっと眉間に皺を寄せ、「……うむ」とだけ返した。ふっ、今日もかぁ。


「ふふっ、本日はよい日和ですわね」

「……うむ」

「過ごしやすくて良いですわね」

「……うむ」

「雨も降らないとか」

「……うむ」


 会話に! 会話に中身が無さすぎる! ハラハラと成り行きを見守っていれば、ふとミルガンス公爵令嬢と目が合う。

 彼女は、ゆったりと目を意地悪く細める。あっと嫌な予感はしたが、時既に遅し……。


「あら? 大変ですわ、殿下」

「……うむ」

「肩の所に糸屑が。失礼致します」


 ミルガンス公爵令嬢が、殿下の肩をスルリと撫でた。「取れましたわ」の声に返事はない。何故ならば、殿下は赤面して固まってしまったからである。


「殿下?」

「は、はわっ」


 殿下ーーーっ!! そう思わず心の中で叫ぶ。勿論、心の中だけで涙を流しながら。

 殿下は精一杯の返事、返事? 鳴き声? を発すると、踵を返した。授業開始まで、残り二十分か。今日はまだ余裕だな。


「りりり、寮に、わす、忘れ物をしし、したので、こっここっで!」


 言い終わらぬ内に、殿下がスタートダッシュを切る。それに、俺も無言で続いた。

 人気のない場所で殿下は止まると、心臓を押さえながら木に腕をつく。因みに殿下の息切れの原因は、走ったからではない。恋愛ポンコツ故である。


「る、るる、ルイ」

「何でしょう」

「見たか? ふ、ふ、ふれ」

「フレ?」

「ふれ、ふれ合って」

「触れ合ってはいなかったかと」


 一方的に肩に触れられただけだが? しかもあれは、絶っっっ対に態とだ。糸屑なんて付いていなかったに決まっている。誰が殿下の身支度を手伝ったと? 俺だぞ。

 殿下は大きく深呼吸をすると、キリッとした顔を作る。俺はすかさず走ったせいで乱れた衣服を整えた。


「ルイ、どうだったかな。今日は上手く受け答えが出来たと思うのだけれど」

「本気か?」

「え?」

「んん゛っ! 何でもございません。そうですね。もう少し眉間の皺が無くなると更によろしいかと存じます」

「そうか……。でも、駄目だよ。眉間に力を入れておかないと顔面が保てない」

「それは大問題ですね」


 どのようになるのかにもよるが、一国の王太子殿下の顔面が崩れるのは問題がありすぎるだろう。これから先、公務で腕を組む時にどうするつもりなんだ、このお方はぁ……っ!!


「授業開始時刻が迫っております」

「あぁ、行こうか」


 完璧な微笑みを浮かべて、殿下が何事もなかったかのように颯爽と歩き出す。

 やはり恋愛面以外は完璧なのだ。そこまで来たらもう恋愛面も完璧であれよとは思うが、間違っても口には出せないのである。



******



 今はアフタヌーンティーの時間。事前に今日のミルガンス公爵令嬢との予定は決まっていたため、殿下もまだ余裕がある。

 今朝のような想定外の遭遇には、とことん弱いだけで。心の底から準備をしていれば、無難な受け答えは出来るのである。


「今年も孤児院にて、収穫祭のパーティーを催そうかと思っておりますの」

「あぁ、子ども達の喜ぶ顔が目を浮かぶよ」


 しっかりと会話が成立している。よしよしよし! 良いですよ、殿下!


「ふふっ」

「どうかしたのかい? アラベラ嬢」

「とても楽しいと、そう思っただけですわ」


 ミルガンス公爵令嬢が嘘偽りなさそうに、破顔する。それに、妙な静寂が落ちた。これは、まずいのでは?


「は、はわわっ」


 殿下ーーーーっっ!! あぁあ!? 凄まじく腕が揺れている! いや、震えてる? 震えてるのか、あれ!?

 ティーカップを持ったままなので、中で紅茶が凄いことになっている。せめてもの救いは、おかわりを注ぐ前だったことだ。

 しかしそれでも、少量残っていた紅茶がティーカップからさよならしていく。不味い不味い不味い! 着替えのご用意が流石にない!


「あらあら」


 あらあら、じゃないんですよ! ねぇ!? いやしかし、今回は別にミルガンス公爵令嬢は悪くはない。そう、殿下が貴女の微笑みに耐えられなかっただけですよ! そうですよ!

 どうしようかと、横目でミルガンス公爵令嬢の侍女であるミリーに目配せする。無表情で前だけを見据えていた。

 嘘だろう? この状況でそんな冷静にいられるものか? 表情筋どうなってるんだよ。俺にも分けてくれ。使用人は空気に徹しろと、そういうことで良いのか!?


「うふふっ」


 謎の鳴き声を発することしか出来なくなった殿下を眺めながら、ミルガンス公爵令嬢だけが楽しそうにお茶を飲んでいた。



******



 地獄のようなアフタヌーンティーがやっと終わった。幸いなことに、真白なテーブルクロスのみの犠牲で済んだ。制服を買いに校内の商店へ走るつもりだったが、事なきを得る。

 後は、ミルガンス公爵令嬢をエスコートして女子寮の門前までお送りするのみ。これが、最大の難関である。

 殿下が半歩前に出て、腕を差し出す。よし、ここまではいつも通り完璧だ。


「アラベラ嬢、足元に気をちゅけ、て……」


 殿下ーーーーーっっっ!! そこで噛むことあるのか!? 嘘だろう!? やめてください、ミルガンス公爵令嬢! 無言で見上げないであげてよーー!!

 オロオロとする俺とは対照的に、やはりミリーは微塵も動じない。表情筋が鉄壁過ぎるだろう。俺は涙目だ。


「……………」


 そこで俺はハッとする。殿下がピクリとも動かないことに気づいたからだ。さっと移動し、殿下の表情を窺う。

 あぁ、駄目だ。恥ずか死んでいる。


「殿下、オスカー殿下」


 ミルガンス公爵令嬢は、殿下と腕を組みながらそう呼び掛ける。それに殿下の魂が、何とか戻ってきたらしい。


「うっ、あっ、あわっ……」

「参りましょうか」

「……う、うむ」


 殿下は真っ赤な顔のまま、それだけ絞り出すとぎこちない動きで歩き出す。ミルガンス公爵令嬢は、ニマニマとそんな殿下を愛でるように目を細めた。


「わたくしは、どんな殿下もお慕いしておりますわ」

「え!? は、はわわわっ」


 殿下ーーーーーーっっっっ!! ようございましたねっっ!!

 もはやそれしか出てこない。あとは何も考えたくないくらいに、今日も俺は疲れました。


――――息子、王太子はその……。大丈夫だろうか。もう少し、何とかならんかな。


 そう言った国王陛下の気まずそうな顔が脳裏を掠める。


「ふっ……」


 今日もどうにもなりませんでした、陛下。力ない俺をお許しください。

お読み頂き、ありがとうございました!

少しでも楽しんで頂けてると喜びます。


当初は横恋慕令嬢が登場する予定でしたが、勢いで駆け抜けたかったので、エピソードが入れられませんでした。無念です。

設定だけでも……。

横恋慕令嬢。何とかして婚約者の座を奪い取りたいが、王太子にその他大勢と同じ対応しかされない。アラベラ嬢との不仲説を信じていた時期もあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ