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ウォーター・ブラインド(水簾洞)

心の底から楽しいと思える宴会、こんなの久しぶりだった。

大勢が酔っ払い、その時だけの気分に呑まれて歌い踊り、ひたすらに陽気に呑みまくっている。 

後先など考えてない『明日は明日の風が吹く!』、そういう感覚なのだろうか? それとも何かを忘れたいから飲んでいるのだろうか?

いずれにせよ、そんな過程を踏めば必ず生まれてくる輩は、どんな世界にでもいるらしい。

ある程度は自制していたはずなのに、やがては流されて、結局はやらかしてしまう者達の出現だ。

酒に吞まれて絡み始める者、理由も無く泣き出す者、はたまた陽気に意味も無く笑い出す者と、様々な酔っ払い方が目の前にいる。 

そんな無様で愚かな行為でさえ、俺には懐かしいと感じさせた。

俺が若かった頃は、こういうのは当たり前だったからだ。


『昭和』『平成』と呼ばれた時代の会社での飲み会、忘年会や新年会、上司や先輩から誘われてのバーベキューなどでだった。

全てが楽しかった訳じゃない。 けど色々な相談や愚痴を親身になって聴いて貰ったり、その逆もあったりと、その人なりの仕事だけじゃない一面を垣間見る場でもあった。


しかし世の中が『ITバブル』なんて言葉に弄ばれ、そして『ヒルズ族』という、ポッと出てきた極一部の裕福層によって世論が牽引され出した頃に、そいつ等と似た感性を持つ奴等によって潰された。

いつの世代にも目上の者達には忌み嫌われる、俺の目から見ても思えた『新人類』達にだ。


奴等は、虫も殺さぬような笑顔を浮かべて言った。


「それって残業になるのですか?

ならない⁉︎ だったら行きません!」


「すみません、今日は予定があるので行けません。

どんな予定? そんなの個人の勝手でしょ、プライベートを話す義務は無いですね!」


「結構です。

仕事は仕事、プライベートはプライベートで区別していますから!」


などなどと俺達世代までなら考えられない、それまでの絶対的な常識を悉く覆して行った。

現在の歳の頃なら、40代前半〜後半くらいの奴等によってだ。

俺達の頃までなら、ただで酒を飲めると聴くとウキウキ気分になるか、仕方なく受け入れるかの二択しかなかった。 絶対に拒否などあり得なかったからだ。

けど奴等は遠慮なく表情に出して、当然のように拒絶した。

それからは忘年会は無くなり、代わりにAmaz◯◯のギフトカード五千円分が配られるようになり、会社はホワイト企業と呼ばれるようになっていった。

正直、こうなったのは彼等のおかげだと思っている。

煩わしい人間関係を構築し維持する必要はなくなり、会社関係にプライベートを削る必要も無くなった。

ただ限られた就業時間内で、より個人の実力を発揮することを求められたようになったとは思う。 それまで当たり前だった残業など許されず、早く帰れ!と笑顔で求められたからだ。

人間関係を無視して仕事の効率化を求められ、そして全てが簡素化され、職場よりも家庭重視が当然になったから仕方ない。

でも俺は、そういったものには馴染めないでいた。

奴等が後輩となった『ゆとり世代』達に話す会話が嫌いだった。

『俺達は殴られて育ったからな!』……嘘をつくな! お前等は髪の毛を掴まれて、鼻血が出るまで殴られたことはあるか?

教師から当たり前のように、理不尽な体罰を受けたことはあるか?

スポーツ強豪校に行っていないかぎり、そんなの無いだろ!

だからこそ少し面倒臭さく泥臭さかったけど、嘘の無い時代を懐かしいとさえ思っていたからだ。


しかしここには、それがある。


「さぁさぁ悟空さん、飲んで飲んで!

今日は悟空さんが主役なのですから、遠慮なく!」


多くの猿獣人達が、俺の盃に瓢箪みたいな器から注いでくれる。


「いやいや、突然押しかけちゃったみたいで、なんか申し訳なくて……」


「何をおっしゃいますか⁉︎

悟空さんが来てくれなかったら、子供達は奴隷にされて殺されていたかもしれません!」


「いや、なんて言うか……当たり前のことしただけで」


「なんて尊い御方なんだ……。

その当たり前が難しいから、子供達は攫われたのです。

まして、あの『イクォール・ツゥー・ヘブン』様と同じ魔法を使われる方。 

正しく悟空さんは、我等の神の生まれ変わりと言って良い御方!」


そう子猿達を助けたことで、俺は英雄扱いになっている。

さらには、あの『イクォール・ツゥー・ヘブン』とかいう猿獣人達の神も、同じように『欣斗雲』を操っていたのも、その要因の一つだ。

そんなの偶然だろ!と思ったけど、ここに祀られていた『イクォール・ツゥー・ヘブン』の像を見て、驚愕の事実を知った。

『イクォール・ツゥー・ヘブン』とは、孫悟空そのものだからだ。

いや正確には、俺が子供の頃に観たドラマの『孫悟空』とそっくりだった。


「ええっ! こっ、この御方は……⁉︎」


「私達の守護神イクォール・ツゥー・ヘブン様だよ!」


あの六耳の子猿が教えてくれた。

思わず、これ◯◯◯じゃん!と思ってしまったけど、それは黙っておく。

それから、すぐに子猿達の親達に引き渡し奇跡の再会となったが、しばらくすると始まってしまった。 

再び、俺をイクォール・ツゥー・ヘブンだと騒ぎ始めてしまったのだ。

皆が俺に向かって土下座状態になっていく。


「頼むから辞めて下さい。

俺は、その『イクォール・ツゥー・ヘブン』なんていう偉い人でもないし、生まれ変わりでもないから」


「その金色に輝く体毛、何よりも『火眼金睛(かがんきんせい)はイクォール・ツゥー・ヘブン様の証です!」


火眼金睛? どうやら俺の目のことを言っているみたいだけど、ここには鏡なんてものは無さそうだから、確認のしようがない。

でも、そう言われると確認したくなるのは、当然の心理だ。 何とか見る方法はないかと考えていると、六耳の子猿が気を利かせてくれた。


「こっちだよ!」


井戸のようなところに案内してくれた。

昔の日本にあったような釣瓶みたいなのもある。

なるほど、水面に映る顔を見ろということか!

中を覗くと薄っすらとだけど、はっきりとではなかったけど、確かに赤を混ぜたみたいな目が映っていた。

でも猿にされたと思った、最初ほどの衝撃はない。

なんせ猿なのだ。 猿の目が赤かろうと金だろうと、大した問題にならない。


しかし、ここの猿獣人からすれば重要視されることなのだ。 すれ違う猿獣人達は、俺の目を見て即土下座状態になってしまう。

まるで、どこかの新興宗教の教祖を崇めるみたいにだ。

その度に『辞めてー!』と俺も取り乱してしまうから、はっきり言って疲れてくる……。


そんな疲労感満載状態を経て、ゆっくりしたいと思っていた時、ふと疑問を持った。

この六耳の子猿、ずっと俺に着いてくるけど、親は迎えにこないのか? もう他の子猿達は両親と再会したのに、どうして?


「なぁ、君のお父さんお母さんは迎えに来ないの?」

 

何気ない質問だったが、これは失敗したみたいだ。

あれだけ笑顔で接してくれていたのに、寂しそうな表情に変わってしまった。


「もういないよ、貴族達に殺されちゃったんだ。

育ててくれたお婆ちゃんも、3年前に死んじゃった」


「そうか……悪いこと聞いちゃったな、ごめんよ」


「ううん、いいよ。

でもイクォール・ツゥー・ヘブン様じゃないなら、お兄ちゃんの名前は何って言うの?」


あっ、そうか名前か。 まったく気がつかなかった。

やっぱり、これからを考えれば必要だよなぁ。

さて、どうしよう? 

生前の名前を言っても良いけど、それじゃあ芸がない。 じゃあ、あれしかないよな!


「孫悟空、悟空で良いよ」


「孫悟空、悟空お兄ちゃんか、変わった名前だね!

私はマギダリア、ダリアって呼ばれてる」


「そうかマギダリアか、よろしくダリア!」


にっこり握手した。 でも最初は『握手』の意味を理解できなかったみたいだったけど、俺の国の風習だと伝えると、すぐに手差し伸べてくれた。

 

それから、この宴会に突入した訳だ。

でもどこか、この宴会はおかしい。

楽しく腹の底を曝け出してはいるだろうけど、どこで俺に遠慮している。

イクォール・ツゥー・ヘブン的に持て成してくれているからか? いや違う、何かを隠している。

やっぱり、この宴会は何かを忘れたいが強いみたいだ。

口当たりも良い酒は大量にあり、美味いのは間違いない。けど肴は木ノ実とか草とかと、内容的には貧相さを隠せないものばかりだった。 

それは俺だけが思っていた訳ではなく、他の猿獣人達も口には出さずとも、そう思っているみたいだ。

証拠に、彼等は肴を一切口にせずに酒ばかり飲んでいるだけだった。

そんなものでも、敢えて俺に譲ろうとする、精一杯持て成したいという気持ちはあるみたいだ。

そもそも、ここは洞穴の中。 これだけでも彼等が怯え隠れて暮らしていることは馬鹿でもわかる。


失礼だと思いつつも、酔っ払いついでに聞いてみた。


「皆さん酒豪ですね!

ツマミを食べずに、飲み続けるなんてすごいな!」


オブラートに包んだつもりだったけど、かなり申し訳ないことを言ったみたいだ。

一瞬で飲む手を止めて、全員が泣き出してしまった。


「我々には、これが精一杯で……恩人に対して申し訳ない」


「いや……なんかすみません。

余計なこと言っちゃったみたいで……」


詳しく聞いてみることにした。

こっちに来てからの、いくつかの疑問に思うことだった。

まず、あの猿獣人狩り達が言っていた『貴族』という存在についてだ。

あいつ等は言っていた、『人間ではわからない』と。

人間が人間に対して、あのような言い方はしない。

だったら貴族とは『人間』ではなく、別の何かということだ。


「少し質問したいけど、『貴族』って何者なんですか?」


やや口籠もり気味にはなったけど答えてくれた。


「『貴族』とは、魔族を指した名称です」


「魔族って、この世界……いや、この世界は魔族に支配されているの?」


「いや混在している感じと言った方が……」


聞いていくとわかって来た、要は実力主義だ。

人間であれ、魔族であれ、獣人であれ、力のある者が支配し、時には味方、時には敵になる。

種族に関係なく、都合によっては同盟したりする、またそれを良しとしている世界だった。


「じゃあ、この辺は魔族が支配していると?」


「そうです。

この辺は、我等猿獣人達の楽園でした。

しかし、イクォール・ツゥー・ヘブン様が亡くられてから程なくして、ヴァンパイヤの魔族達に攻め込まれ奪われてしまったのです……」


「……じゃあ、あの子猿達を攫っていたのは?」


「はい、人間達には魔法の実験だと吹聴しているようですが、内実は我々猿獣人の抹殺です」


「それ、汚くて嫌味なやり方ですね!」


「聴く話によれば、他の部族の猿獣人達も子供達を攫われているとか」


そのことも、あいつ等は言っていた。

猿獣人達にはコミュニティーが無いと。

どうしてだ? まとめ上げる者さえいれば、ある程度の反抗なり出来ているはずだ。


「なぜ、皆で協力して戦わないのですか?」


すると苦虫を噛み潰したような顔と、言い難くそうな顔をし始めて、やがて言った。


「我々にとって、イクォール・ツゥー・ヘブン様の存在は大き過ぎたからです」


なるほど、1人のカリスマに率いられている間は良かったけど、居なくなるとグダグダになったってことか。

まるで、どこかのIT企業みたいだ。


「ですが、悟空さんがダリアを助けてくれて良かった。 あの子は我々の希望ですから!」


「ダリアを⁉︎ どうして?」


「あの子は、いずれ我々のリーダーになる者。

気づかれましたか、あの子の耳を?」


他の子猿達とは違い、六つの耳があった。

変わっているとは思うけど、話した感じは賢い子供、そんな印象だった。


「マギダリアは六耳獼猴(ろくじびこう)、やっと生まれた猿獣人の最高種なのです。 いずれは必ず強い魔力を持ち我々を率いられていく存在になるのです!」


「んっ⁉︎じゃあ何、子猿達を攫っていた本当の魔族の目的は……」


「猿獣人絶滅もありますが、真の目的は魔力を得る前のマギダリアを殺すことです!」


グッと盃を飲み干した。 それから思い出してみる。

マギダリアには世話になった。

確かに助けはしたけど、その後は気を利かせて親切にしてくれた。

それに、ここの猿獣人達は貧しい中でも俺に気を使ってくれている。

いわば、これは『一宿一飯』の恩を受けたということだ。

ならば、その恩を返す必要がある。

この身は孫悟空になろうとも、基本の魂は日本人である俺、それは当たり前のことだ。


「暗い話ばかりしても仕方ないですね。

まぁ飲んで、この時だけは嫌なことは忘れましょう!」


そう言うと、全員に笑顔が戻った。

皆が酒を煽る、俺も煽る。

しこたま飲む、飲んで飲んで飲みまくった。


どれほどの時間が過ぎたのだろうか?

殆んどの猿獣人達は酔い潰れ、大(いびき)を立ててグッタリとしていた。

でも何人かは、なんとかだけど意識を保っている。

そろそろ頃合いだな!と思いつつ質問をした。


「ねぇ貴族って、どの辺りにいるの?」


「うーむ……、ここからですと……少し西の方向……に行くと……ウォーター・ブラインド……、そこに……」


ここまでは聞けたけど、酔い潰れてしまった。

仕方ないので、また1人に聞くことにする。


「そのウォーター・ブラインドには、どのくらいの貴族、いやヴァンパイヤの数ってわかる?」


「うーん……、たぶん100……いると……」


「そう100ね。 じゃあリーダー格っていうか、そいつ等のボスの名前は?」


「エー……エー……うん、いや……エーメス……です……」


ここまでで、また潰れてしまった。

一応念のために、もう1人に聞いておこう。


「ねぇねぇ、西の方にあるウォーターブラインドにいる、ヴァンパイヤ100人のリーダーってエーメスって名前で間違いない?」


「そう……です。 間違い……ないです」


「教えてくれてありがとう、ゆっくり休んで下さいね!」


改めて皆が酔い潰れたのを確認して、俺は外に出た。


「欣斗雲、来て下さーい!」


こうして俺は『一宿一飯』の借りを返すため、ウォーター・ブラインドに向かった。


しかし、これじゃあ飲酒運転になるのかな?

まぁ異世界だから、大丈夫だろ! と思うことにする。



















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