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イクォール・ツゥー・ヘブン(天に斉しい)

あれはジェラルミンケースを探して、森を彷徨っていた時だ。

どこからか、多数の怒声と泣き声が聴こえてきた。

何だ?と思いはするけど、とりあえず隠れることにした。 

俺はまだ、この世界のことを理解していない。 こんな時は慎重に行動しておいた方が、損は無いと考えたからだ。

できるだけ近づいて木の上から眺めてみると、剣や弓で武装したヤバそうな人間10人ほどが馬に乗ってやって来た。 鎖で繋がれた子猿達6匹を連れている。

これは密猟か何かなのか? 

そんな様子を伺っていると、もっと事態は複雑みたいだった。


「さっさと歩け!」


「助けて、お母さん……お母さん、助けてよ……」


こんな状況なのに、ほっと一安心してしまった。

はっきりと、人間達の言葉も子猿達の言葉も理解できる。

どうやら俺は、この世界の言語は修得済となっているらしい。 

しかし、やっぱり密猟だったのか⁉︎  いや、これは誘拐だ。


「泣くんじゃねーよ、この汚い獣人どもが!

こっちはなぁ、お前らを早く貴族の変態に引き渡さなけりゃならないんだよ!」


そう怒鳴りながら、蹴りまで入れていた。

おかげで子猿はギャン泣き、あまり意味は無かっただろう。

でも変態貴族って、どういう意味だ? まさか性奴隷とか、そういった目的か? と思ったけど、もっと酷かった。

それは蹴った男の隣にいた若い人間が、不思議そうな顔をして質問し始めたことでわかった。


「どうして貴族は、猿獣人なんか欲しがっているんですか? 

猫獣人や犬獣人の方が、エロそうで楽しめると思うけど⁉︎」


そう質問された男は、笑いながら答えた。

楽しそうに、大口を開けてだ。


「あいつ等は独自のコミュニティーを持っているんだ。 しかもデカいから、もし攫ったなんてことが発覚したら、地の果てまで追いかけて来て必ず殺される。 あまりにもリスクが高くなるから損だ」


「じゃあ猿獣人は? しかも子供を?」


「こいつ等にも昔はコミュニティーはあったらしいが、今は無いんだ。 指導者が居ないんだとよ。

ならリスクは高くないだろ、それなら割に合うからな!」


「なるほど。 でも、どうして子供なんだろ?」


「変態にも、色々な種類はあるってことだ。

こいつ等は魔法の標的にされるんだ。

考えてみろ、こいつ等は逃げる時に人間みたいな動きをするだろ、それを見るのが面白いんだとよ」


「うわー、最悪ですね!」


「あぁ、実際に貴族って輩は、俺達人間ではわからないことが多いからな。

人間じゃあ、恐ろしくて考えつかないことを、平気で趣味にしてやがる。

まぁ、そのおかげで俺達みたいなのにも需要は回ってくるから潤うってことだけどな」


こんな気持ちの悪い話に、その他の男達も大笑いを始めた。

どうやら、どんな世界にでも『屑』と呼ばれる輩はいるらしい。


でも、こんな事態に遭遇してしまった以上、なんとかしてやらなければいけない。

けど、俺に『孫悟空』の能力があると言っても、この人間達に通用するのか? 

あの携帯電話ショップみたいな所の話では魔法とか、そういったものの話も出ていた。

もしかしたら、こいつ等は魔法とか使うかもしれない。 そう思うと不安になってきた。


しかし事態は待ってくれなかった、緊急を要しているみたいだ。


「この森さえ出れば、もう安心だ。

街に着いたら、酒場に繰り出すぞ!」


男達の話ぶりからすると目的地まで、さほどの距離は無いみたいだ。

早く決断しないと、助けられないかもしれない。

どうしようと悩んでいると、男達の1人が変なことを言い始めた。


「そうだな、早く出よう。

『イクォール・ツゥー・ヘブン』が復活したって噂もあるからなぁ」


「お前、あんなの信じてるの⁉︎

『イクォール・ツゥー・ヘブン』なんて、こいつ等猿獣人が作った迷信だぞ!」


「けど見ただろ! 墓だって伝わる岩山『ブリリアント・フェイト』は、綺麗さっぱり消えてたじゃないか?」


「ありゃ偶々だ、どうせ地震でも起こって潰れただけだろ。

だいたい、そんなの一々信じてたら、俺達の商売は上がったりだぞ。 

よく考えてみろ、俺達みたいな猿獣人狩りに何かしらの神罰でも遭遇したか? 無かったよな⁉︎

だったら、ただの迷信ってこった!」


「そうか……確かに、そうだよな!」


また大笑いを始めた。

しかし、『イクォール・ツゥー・ヘブン』って何だ?それに山を破壊した⁉︎ それって、あの岩山のことか?

なら、破壊したのは俺だ。

そのことに対して、こいつ等は恐れを抱く感情を持っている。 だったら大した奴等じゃないのかも……。


よし、だったら問題は無さそうだ!

でも飛び出そうと一本踏み出した時、子猿の一匹が叫び始めた。

けど、この子猿、どこか普通の猿とは違った。

他の子猿は黒か茶色、耳は二つ、まぁ普通。

しかし、この子猿は俺と同じで少し金色がかった茶色の毛並み、しかも奇妙なことに耳が六つあった。


「イクォール・ツゥー・ヘブン様はいるんだ!

お婆ちゃんは、いつも言ってたんだ!

いつかイクォール・ツゥー・ヘブン様が、私達を助けに来てくれるって!

きっと、お前達みたいな悪い人間はイクォール・ツゥー・ヘブン様に成敗されるんだ!」


そんな必死な叫びは、どうやら無駄だったみたいだ。

人間達は一瞬だけ黙り込んだけど、すぐにまた大笑いに代わった。


「お前、面白いなぁ!

じゃあ呼んでみろ、居もしないイクォール・ツゥー・ヘブンを!

『どうか助けて下さいー、イクォール・ツゥー・ヘブン様、早く着てー!』ってな!」


悔し涙を浮かべ始める子猿、他の子猿達もシクシクと泣き始めた。

実に可哀想だ……ならば、ここで出なければ俺は『漢』じゃない!

覚悟は決まった。 一気に跳躍し、人間達のど真ん中に飛び出してやった。


「呼ばれて飛び出て、ジャジャジャジャーン!

どうもー、イクォール・ツゥー・ヘブンです!」


それなりカッコ良く登場してやったつもりだった。

暫くは呆気に取られた人間達と子猿達、でも暫くするとまた大笑いと叫び声に戻ってしまった。


「うわー、このお兄ちゃん服着てないよ!」


「なんだ、この猿獣人⁉︎ 服着てねーじゃねーか!

露出魔だぁー、露出魔が出たぞ!」


早く気づけば良かった……。

人間達は武装し服を着た上から軽い鎧を着て、子猿達も粗末とはいえ服を着ている、そして俺は何も着ていない全裸だ……。

こうなったら仕方ない、こんな些細なことなど無視して押し切ってやろう!


「我はイクォール・ツゥー・ヘブン!

子供達の尊き願いにより、我は復活した!」


「なんだとー⁉︎ この露出魔猿獣人が!

この猿をぶっ殺せー!」


人間達が俺を囲んでくる、殺す気満々だ。

でも不思議と恐怖とかは、まったく感じない。

むしろ、この戦いへの高揚感が身体の中にみなぎってくるのを感じた。 きっと『孫悟空』としての能力が、俺を駆り出しているのだろう。

俺、ワクワクしてきた! もしかしたら、この辺だけは希望どおりかもしれない。


1人の人間が剣で斬りつけてきた、はっきり言ってスローモーションとしか見えない動きでだ。 その脇からも、これまたスローモーションの動きをして槍が迫ってくる。

簡単だ。 どっちも余裕で躱してからの左右のパンチを2人に、おもいっきり叩き込んでやった。

でも、ここで事件が起こった。

2人とも柔らか過ぎて、1人はパンチの衝撃から手足を四散させ死亡、もう1人は拳が腹を呆気なく貫通してしまい死んでしまった。


うわー殺しちゃったよ……こいつ等、脆すぎるぞ!

そう思い焦りはしたけど、なぜか罪悪感は起こってこない。 逆に、より高揚感を増してしただけだ。

まさか、これも『孫悟空』の能力なのか? 

いやいや、そんなの流石に無いだろう。 

おそらく、本物の『孫悟空』が持っていた、『戦闘本能』が作用しているのかもしれない。

どんどん戦うことが楽しくなっていく、拳を濡らす血の臭いに酔っていきそうだ。

徐々に、『俺』という個人を消去されていき、『孫悟空』へと変化していく気がした。


「この猿は、ただの猿獣人じゃないぞ!

おそらく魔獣の類いだ! まともに戦っても殺されるだけだ! 魔法だ、魔法で焼いてやれ! 詠唱時間を稼げ、まずは弓で距離を稼ぐぞ!」


こういった事態には慣れているのか、仲間の死を見ても、さほど焦った様子を出してはこない。

反って、冷静になって対処しようとしているみたいだ。 おそらく、こいつ等はこういった仕事の『プロ』なのだろう。

でも、そんなの関係ない。


こいつ等と俺とでは、スペック的に大きな差がある。それは、多少の技術や経験程度では埋まらない。


「魔法でも何でも使ってみろ、たぶん無駄になるけどなぁ!」 


と息巻いてみせたが、俺は甘かったみたいだ。

『プロ』というものを、舐めていた。


弓矢の連射が俺に襲いかかってくる。

3人で絶え間なく放ち、それが終わると、すぐに3人が交代して同じように放つ、そんな繰り返しをやってきた。

しかも残り2人が魔法を使うのか、その間に何やら呪文を唱えている。

弓矢ごときは毛に弾かれて大したことはないけど、こうも連射されると中々近づけない。

おまけに俺の動きを経験から導き出した予測でもしているのか、8割くらいの確率で当ててきた。

たぶん、こういった事態にも何か対処する方法とかあるのだろうけど、完全に俺の経験不足だ。


そして、その時がやってきた。


「よし詠唱完了、いつでも撃てるぞ!」


「了解、連射後を狙ってくれ!」


「OK、タイミングを合わせる!」


その連射が終わった後だ、2人の男の構えた手掌からサッカーボールほどの火の球みたいなのが現れて、すぐに俺に向かって飛んで来た。


「ファイヤーボール!」


一つは何とか避けたが、もう一つは躱し切れずに直撃してしまった。


「熱っっっっー!」


「どうだ、直撃だ!

この魔獣がぁ……えっ⁉︎」


確かに熱いと思ったけど、そう大したものでもなかった。

例えるなら葬式の時に焼香しようとして、間違えて線香に方を掴んでしまった! でも何とか叫び声は出さずに済んだ、そんな感じだ。

けど、それはそれで、それなりには熱い。 ダメージを受けてしまったのは確かだ。

途端に、途轍もない怒りが湧いてきた。


「今のは熱かった……熱かったぞーーー!!!」


おもわず孫・◯空じゃなくて、あの宇宙征服を狙って3度の変身を繰り返したヤバい宇宙人みたいな台詞を言ってしまった。

それからは俺にダメージを与えてくれた魔法使いの男の喉元を、グワっと掴んだまでは覚えている。

そこからは覚えていない。

気が付くと、男達全員は無残な死体となっていただけだ。


「これ俺がやったのか……そうだよな……」


呆然とはする、生前の世界ではあり得ないことを俺はやった。

でも罪悪感とかは、まったく起こらない。

むしろ誇らしい、この力に感動していただけだ。

やっぱり、俺は『孫悟空』になっているらしい。


「そうだ、子猿達は⁉︎」


見ると、子猿達はガタガタと震えていた。

残忍な殺人ショーを目の前で見たんだ……そりゃこうなるよな。

けど、一匹だけ様子が違った。

あの六つの耳のある子猿だけは、俺をガン見しながら目を爛々と輝かせていた。


「やったー!

本当にイクォール・ツゥー・ヘブン様が助けに来てくれたんだ!」


ぶっちゃげた話、この反応は困る。

少しでも安心させようと『イクォール・ツゥー・ヘブン』なんて、とっさに名乗ってしまっただけだ。

こうも『期待してます!』的な目で見つめられてしまうと、その対処に困ってしまう。


「お嬢ちゃん……悪いんだけど、俺はイクォール・ツゥー・ヘブンとかじゃなくて、ただの通りすがりなんだ……」


そう言うとショックだったのか、あんな目に合わせた男達にさえ見せなかった涙を、ポロポロと流し始めてしまった。


「お兄ちゃんは違うの……本当にイクォール・ツゥー・ヘブン様じゃないの?」


「はい……ごめん、残念ながら……」


「お婆ちゃんは嘘付いてたの? 本当はイクォール・ツゥー・ヘブン様は居ないの?」


そもそも俺は、生前では勝手気ままに独身生活を謳歌していた人間だ。

そんな人間が、もっとも交流の機会の無いもの、それは子供だった。

嫁すらいなかったのに接点を求めろなんて、絶対に無理な話だ。

クソ……まったく対応方法を思いつかない……。 こんな時は、どうすりゃ良いんだ⁉


頑張って考えてみても、何も思いつかない。

その間にも、子猿達は更にギャン泣き状態を加速させていく。

どうすりゃいいんだ⁉ あっ!


それは単純な方法だった。

子供が喜ぶものと云えば、お菓子かアニメ、そして玩具だ。

その玩具を孫悟空は持っている。 あれだ、筋斗雲だ!


「頼むから泣かないでくれ、雲に乗せてやるからさ」


「ええっ、雲って乗れるの? 馬みたいに?」


「そう、雲に乗るんだ!

雲に乗って、お家まで送ってやるからな」


子猿達は打って変わって喜んでくれたけど、問題は残っている。

『筋斗雲』って、どうやって呼べば良いのだろうか? 

まずは呼んでみよう、とりあえず大声で叫んでみた。


「筋斗雲、来て下さーい!」


何の反応もない、何も起こらない。


「お兄ちゃん、雲は……?」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ててね!」


それからも何度呼んでも、何も起こらなかった。

雲の欠片すら来ない……おかげで子猿達から疑いの目に晒された。


クソっ、あの婆に騙された!

なんだよ、しっかりマニュアルみたいなのには書いてあったじゃねーか! 『筋斗雲』に乗れますってよ!

んっ!? あれ筋斗雲!? あれ……字が違ったような……。

そうだ、俺は『孫悟空』であって『孫・〇空』ではないのだ。

もしかして筋斗雲ではなく、マニュアルみたいなのに書いてあった『觔斗雲』が正しいのでは⁉

それから頭の中で何度か『觔斗雲』と復唱から、改めて呼んでみた。


「觔斗雲、来て下さーい!」


すると、どうだ。 

いきなり空中で雷が轟いたかと思うと、二畳ほどの大きさの少し黄色がかった雲が猛スピードでやってきた。

まずは第一関門達成だ。


「うわー、本当に雲が来た!」


小猿達は大喜びだ。 けど、本当に俺は、こんなものに乗れるのか?

恐る恐る足を延ばしてみると、何やら足裏に感触を感じる。 これは行けそうだ!

今度は覚悟を決めて、一気に乗ってみる。 しっかりと全体重を支えて雲、いや觔斗雲に乗れた。

ありがとう、お婆様!


「さぁ送っていこう! 俺に掴まってくれ!」


自信満々で言ったが、なぜか掴まってこない。 

どうして? と思っていたら、あの六耳の子猿が恥ずかしそうな顔で言った。


「お兄ちゃん……服着た方が良いよ」


「えっ、ああっ!」


とりあえず、殺した男達の荷物から着れそうなものを漁って服を着た。


「よし、これで大丈夫だ! さぁ行こう!」


こうして、觔斗雲に乗って子猿達のお家に向かうことにした。


















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