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石猿

異世界へ転生するとは、こうも乱暴なものだったのか⁉︎


あの携帯電話ショップみたいなところで、魂の変化を感じた後だ。

いきなり周りが真っ暗になったかと思うと前後左右、はたまた上下斜めへと激しく振り回されて、凹んだ壁のようなものに叩きつけられ続けた。

体感的には、お笑い芸人が大きなボールの中に入れられて坂を転がっていく、あんな感じだと思う。

ただ俺の場合は降っているではなく、どこかに向かって登っているみたいだった。


いつまで続くんだよ⁉︎ なんて、不安の嵐と吐き気に耐えていた時だ。

制動距離なんて理屈を無視したように、ピタっと止まった。 おかげで顔面から、更に強く壁にぶつけられた。

ふぅー、やっと止まったか。 そう安心したのは束の間、俺は甘かった。


バリバリバリバリィィー!

バリバリバリバリバリバリバリバリィィー!


今度は外から轟音が突然聴こえ始めて、しかも俺に向かっている。 これは雷と風の音だ。

なぜわかったのか? 嫌でもわかる。

この音が鳴った瞬間に激しく揺さぶられ、途轍もない電気の痺れが襲ってくるからだ。 

仕事で重い部品を持った日には、通販番組で買った低周波治療器で腰を癒していたけど、あんなの比じゃなかった。 確実に数万倍以上はある。


グッギャアアアアアァー!


身体が突っ張る痺れで動けない中、こんなことを思った。


異世界転生する人達は、こんな体験を皆が体験しているの⁉︎ はっきり言って拷問だろ! 


でも、全く違う他所の世界に行こうとしているのだ。

これは異世界から与えられた通過儀礼として、必ず達成しなければならない試練的なものかもしれない。

全く『異世界転生』というものを理解していない俺でも、それが特殊なことだとはわかっている。

だったら特定のクリア条件や、何かしらのハイリスクを求められても当然だと思う。

どこでも、どんなところでも信用は第一だからだ。

例えば生前の世界では、外国に行く際に必ずパスポートの取得と提示は必須条件だった。

それは、この国民は信用を得ていますから大丈夫ですよ!との証明になる。 他国にしても、それは同じだ。

信用が無ければ相手にもされないし、また相手にしてはならない。

そう考えていくと、この状況は当り前と言えば当り前だと思えてきた。


これに耐え切ってこそ、異世界で生きていく資格はある。 そう、『異世界』は決意と覚悟を求めているのだ。


よし絶対に耐え切って、俺は『孫・◯空』になって、異世界で生きてやる!

それからは、体感時間で丸5日くらいは頑張って耐える。

もうダメだ……と諦めかけた6日目を過ぎて、それは7日目だった。


ピシッ、ビシ、ビシビシビシビシィィー! と目の前に一本の小さな亀裂が入ったかと思うと、同時に少し光も差し込んできた。

もう轟音は聴こえず、痺れも無い。 どうやら試練は終わったみたいだ。 


これで俺は『孫・◯空』なれるんだ!

後は、あの携帯電話ショップみたいなところにいた、ガリガリ男が話していた『定番』を待つだけだ。

金髪で巨乳の美人な母親から産まれるのが定番らしいから、きっと俺も同じ過程を辿るのだろう。

さすがに、吸って吸って吸いまくる!なんてのは思わないけど、俺も金髪で産まれるのだろうか⁉︎

最初から金髪では孫・◯空のイメージが崩れるから、 ◯ー◯ー◯◯◯人状態の時だけにして欲しいな。


そう未来への希望に胸を膨らませていた。

すぐに絶望感満載になるとも気づかずに……。


どんどん亀裂は大きくなり、光の量も増えていき眩しくなってくる。

最後は、バコーーンと大きな音がして完全に割れた。


おおー、これが『異世界転生』への始まりかぁ! と思っていたら違った。   

目の前には、石や岩しかない殺風景な光景が広がっているだけだ。

しかも、ここは山の上、雲を下に見るような途轍もなく高い岩山の頂上だった。


どうやら俺は、既に産まれているみたいだ。

じゃあ何⁉︎ あの必死に耐えた試練は無駄だったってこと? そう勝手に思い込んでいただけ⁉︎

もう、全く意味がわからない。


でもここから、どうやって降りれば良いんだろう?

だいたい俺の母親は、どこにいるんだ?

周りを探しても、金髪で巨乳の美人な母親はいなかった。

それらしきものと言えば、俺の入っていたらしい大きな真っ二つに割れた丸い岩だけだ。

卵の殻のように空間を曝け出して、ただ転がっていた。


まさか……俺は岩から産まれたのか⁉︎

◯◯◯人って、そんな設定だった⁉︎

もしかして岩から産まれる、それは『異世界』では普通ことなのか⁉︎

けど確かに、ガリガリ男は金髪で巨乳の美人な母親から産まれるのが定番だと話していた……じゃあ俺だけ⁉︎


何が何なのかわからない、パニックになりそうだ。

でも、悩んでいても仕方ない。

とにかく、この世界の情報を集めなければ、話にならないのは確かだ。


とりあえず、まずは『母親』から調べてみよう。

外から眺めても岩、触ってみると手触りは良かった。

たぶん墓石に使う御影石に近い岩、特に変わった様子は無さそうだ。

でも中を見た時だった。

痺れている時には気づかなかったけど、何やらジェラルミンケースのようなものがある。

中身を確認してみると、まずは封筒、それから豪勢な彫刻をあしらった棒と金の豪華なヘアーバンドみたいなものが入っていた。

まずは封筒を開けて読んでみると、愕然とさせる事実が書いてあった。


『異世界転生おめでとうございます。

ご希望どおり『孫悟空』をモチーフとした全能力付与及び武器装備類の贈呈、並び最適と思われる『土属性最高値』付与をさせて頂きます。

そして、当方からお詫びとして『孫悟空』誕生シーン演出を行わせて頂きました。 気に入って頂けましたなら幸いです。

なお、これに伴い『西遊記』の序盤である『須菩提祖師』からの変化術の伝授や觔斗雲、龍宮に行き如意棒を貰うなど、その他色々な体験は無いだろうと考えられます。 でも安心して下さい。そういったものは一切必要ありません!

なぜなら貴方様は、既に『斉天大聖孫悟空』なのですから、何も心配ありません!

さぁ、希望に満ちた異世界生活を頑張って生き抜いて下さい。 これからの貴方様のご活躍を心より願って。 敬具。

PS この契約締結を持ちまして、当方は一切のクレーム等を受け付け致しません。

また質問等も異世界転生を成された以上、連絡困難な状況のため、不能となっております。

ご理解の程、よろしくお願い致します。』


あれだけ耐えたのに、ただの演出だったって……。

それになんだ⁉︎ この『西遊記』って……。

もしかして婆さん、あれだけ説明したのに間違えやがったのか⁉︎ ……えっ、えっ、嘘だろ!

でも『孫・◯空』を、普通に『猿』とか言っていた……。

いや、今思えば発音からおかしかった……。

『孫・◯空』と間で区切らずに、そのまま『孫悟空』と流していたような……。

まさか何⁉︎ あの俺と婆さんの会話は、最初から噛み合っていなかったのか⁉︎


いやいや、そんなの絶対にあり得ないって!

あの『孫・◯空』だぞ、ネットで『孫悟空』と検索すれば一番に出てくるのは『孫・◯空』の画像だぞ!

だいたい、あんな意味も無く無駄で、それでいて大袈裟な演出をしたくらいだ。

きっと俺を驚かそうとしているだけ、そうに違いない!


ならば俺は『孫・◯空』として、その証明が必要だ。だったら、あれをやるしかない。 彼の代名詞とも言える、あの技をだ!


まず両足を肩幅より少し大きくスタンスを取る。

そして両手首を合わせて手を開いて身体を少し前方に構える。 それから腰付近まで身体を捻じりながら両手を持っていきながら氣を集中させ、最後は捻じあげた身体の反発に合わせ気功波として両手から対象に向けて放つ。

もちろん、これらの動作に合わせて、ゆっくりと◯ー◯ー◯ー◯ー波!との言葉を忘れてはいけない。


◯ー◯ー◯ー◯ー波! 

◯ー◯ー◯ー◯ー波! 

◯ー◯ー◯ー◯ー波!

◯ー◯ー◯ー◯ー波!

◯ー◯ー◯ー◯ー波!

……。


あの青なのか白なのか定かではない気功波は、全く出てくる気配はなかった。

何度やっても、プスっとも音も出ない。

俺の◯ー◯ー◯ー◯ー波!と叫ぶ声が、虚しく響いているだけだ。

でも代わりに衝撃の事実、悲しい現実を突きつけられた。

◯ー◯ー◯ー◯ー波!と何度も叫んだ時に、突き出した両手に少し金色掛かった茶色っぽい剛毛が、びっしりと生えているのを見てしまった。

これは完全に『孫・◯空』ではない、ただの猿だ……。


「おいおい……こんなの嘘だろ」


顔を触ってみる。

かなり硬い髭のような感触の剛毛が、これまたびっしりと生えていた。

足を見てみる。

やっぱり、似たような剛毛がびっしり生えていた。

おまけに、ちょっと鋭い爪もある。

腹を見ても、やはり胸まで続く剛毛は、びっしりとあった。

背中は……もう触る気すらない。

ピコピコと動く長い尻尾を見てしまった時点で、触るだけ無駄だと思えた。


「なんだよー、これよぉー!

どうすんだよ、これー!

こんな猿にされて、どうしろって言うんだよーー!」


最初は怒りだった。

この理不尽な仕打ち、完全に契約不履行な事実、何よりも婆さんの認識不足への怒りから叫びに叫んだ。

それからは後悔が襲う。 どうして、もっと詳しく説明しなかったのか?そんな自問自答が続き、簡単に『異世界転生』を承諾してしまった自分への後悔に変化していった。

それは、やがて悲観していく。

これから、どうやって生きていけば良いのか⁉︎

もう想像も付かなかった。

だいたい、こんな姿では人里に行くどころか、絶対に狩られる対象だろ!

そういった悲観の数々が、俺に襲いかかってきた。


こうなると最後は自虐、そして最初に戻って途轍もない怒りが同時に湧き上がってくる。

やけくそになって、周りの岩や石を無闇矢鱈と殴り蹴り破壊した。 時には泣き叫びながら、地面を叩き転がり回った。


そんなことを、どのくらい続けたのだろう。

悲観し過ぎて、全く気が付かない内に、周りの景色は変わっていた。 なんか地面の感触も違う。

草木の匂いを放つ、何やら森のようなところにいる。

あの眼下に広がっていた雲は、遥か上空にあった。


「あれ……ここどこ? 俺は岩山の頂上にいたんじゃあ……あれ、いつの間に⁉︎」


しばらく自失呆然状態、何が何だかわからない。

でも周りを改めて見回した時、理由がわかってきた。


大きな高い木はへし折れ、所々には多くの岩や石が散乱している。


「これ……もしかして俺がやったのか⁉︎」


怒り狂って暴れ回っている間に、あの雲の遥か上まで届いていた岩山を破壊しながら、地上に降りていたみたいだ。


そうなると、こう思えてきた。


「デカい岩山を破壊するような力を持っているなら、俺って強いんじゃないの⁉︎」


試しで、俺が投げ飛ばしたか蹴り飛ばしたかしたらしい、大きな岩を全力で殴ってみることにした。

普通の猿なら、拳の骨折は避けられないだろう。

だが、敢えてやってみる! 

どうせ失敗したところで『猿』、 せいぜい木登りが出来なくなるだけだ。


「トウリャァァー!」


気合い一発、全力で殴ってみると、岩は見事に木っ葉微塵になった。

四散した岩の欠片は、散乱弾のように周囲の木々をへし折り薙ぎ倒していく。 殴った拳も、まったく痛くなかった。


「これって無茶苦茶強いんじゃないのか⁉︎」


今度は、かなり大きな岩を持ち上げてみる。

見た感じ、確実に10t以上はありそうだ。


「ウリャー!」


気合い一発、全力で持ち上げてみた。

意外に軽くて拍子抜けだ。

次は走ってみる

体感的には、100m世界記録の数十倍は速いかと思う。

それからも色々と試してみたけど、想像を遥かに超えた脅威的な身体能力だった。


「これはいける! この力があれば、絶対にいけるぞ!」


生前の俺は、けっこう真面目に生きていたと思う。

私生活でも仕事でも交友関係においてさえ、特に不満は無かった。

今思い出せば、実に慎ましやかな人生を送っていたと思う。

けど、それは特に際立った能力の無い、普通の人間だったからだ。

でも……今は違う。


なんか、わかってきた。

どうしてガリガリの男や太った女が、携帯電話ショップみたいなところで、あんなに必死になって要望を伝えていたのか?

どうして、『異世界転生』なんて訳のわからないものをしたがったのか?


あの時は、いま一つわからなかった。 けど、ここに来て、この力を体験すれば理解出来た。

それは異世界という『現実(地球世界)社会』では出来なかった、理想を叶えるためだ。

確かに、こういった通常を遥かに超える力、行動を縛るような法律、更には常識観念なんてものを考えなければ、好き勝手に理想を追求出来る。 

この世界にだって、それなりの常識はあるのかもしれない。

でも、この力さえあれば、そんなもの無視することさえ可能、この世界の『常識』を作ることだって可能、まさに『ジャイアン』理論だ。


「あのチャラい男、言ってたなぁ。

確か、魔王になってもいいって……

じゃあ、魔王になってみるのも悪くないか……」


さすがに猿では、勇者なんて無理だろうし似合いそうにないと思う。

けど……猿の魔王なら様にはなりそうだ。

この世界を支配してやるのも悪くない!


「よし、まずは孫悟空の全能力の把握からだ!

おっと、あのジェラルミンケースはどこだ?」


異世界への希望に胸膨らませ、ジェラルミンケースを探し始めた。













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