孫悟空
ふと気がつくと、だだっ広く真っ白な、『空間』のようなところにいた。
左右上下すら今一つわからない、そんな感じの場所だ。
そして手には、病院の受付で最初に貰うような小さな紙、番号札みたいなものを、なぜか握りしめていた。
『4989』、四苦八苦。 こんな状況で、なんて縁起の悪い番号なんだろう。 でも……おかげで思い出すことは出来たみたいだ。
「あっ……そうか、そうだったよな。 死んだんだったぁ……」
そう俺は死んでいる、確か仕事上の事故でだったはずだ。
使えないアルバイトのおっさんと2人で工場用クレーンを修理中に、どこかの誰かが勝手に動かしたせいで押し潰されて死んでいる。
『修理につき停止中です!』と書かれた警告札まで掛けていたのに、馬鹿には意味は無かったらしい。
一発だけでも殴ってやりたい気もしたけど、もう殴るべき拳すら潰されているだろうから、まぁ無理な話しだ。
でも、ここはどこだろう?
何から数えて4989かはわからないけど、そう書かれた札を手にしているということは、4989番目に何かが起こるのか?
もしそうなら、こんな状況下の俺にとって、今後を左右していく重要なことでも起こるのだろうか?。
どうなるんだろう⁉︎
とめどない不安が、嵐のように襲ってくる。
でもその時、頭の中にアナウンスのような声が響いてきた。
『大変お待たせ致しました。
4989番をお持ちのお客様、これよりご案内致します』
ご案内ってどこへだ? 何をする気だ?
まさか、俺を地獄へ連れていくとかじゃないだろうな⁉︎
けど、想像とは全く違っていた。
一瞬だけ意識が飛ぶと、何故か携帯電話ショップにあるような奇妙な形の椅子に座らさせられている。
中の様子も見た目だけなら、携帯電話ショップそのままだ。
「お待たせ致しました。
最近は希望プランとか特典とか、果てはトラックに轢かれるなんて上限を撤廃したおかげで、手一杯になって困ってますよ!
ちょっと前までなら『勇者』になりたいとか、『魔王』になりたいとか、単純なものばかりで楽なものでしたけどねぇー」
いきなり目の前に座る、軽い感じのチャラい男性が笑顔で話しかけてきた。
でも、おかしい。 俺は全てを理解してここにいる、そういった前提は当然だと言わんばかりの話し方だ。
だいたい、その『勇者』とか『魔王』とかという言葉は知っていても、俺に何の関係の関係があるのか、さっぱりわからない。
とりあえずわかっていることは、死んでいるという事実だけだ。
従って、質問をするという方法しか無かった。
「あの……俺って、どういう状況にいるのかな?
いや、死んだというのはわかっているけど……」
「えっ……あれお客様、もしかして詳細な希望プランを決めてないの?
それはダメですよ、ご自身の『これから』を左右していく重要なことですからね!」
「いや、そもそも『希望プラン』って何それ?
さっきから言ってる『勇者』だの『魔王』だのってのも、どんな関係があるのか、さっぱりなんだけど」
「えっ……えぇぇぇー⁉︎
お客様……ちょ、ちょっとお待ちを」
どうやら俺は、かなり的外れな話をしたらしい。
かなり焦った顔して、どこかに行ってしまった。
おかげで、余計に不安も大きくなってくる。
しばらくすると、公務員みたいな男を伴って戻ってきた。
でも、かなりバツの悪そうな顔をしている。 そして一瞬だけ俺を眺めた後、次の瞬間には凄い勢いで土下座をしてきた。
「お客様、申し訳ございません!
当方は、手違いをしておりましたー!」
「手違い⁉︎ もしかして俺死んでなかったとか!?」
僅かな期待を載せて、その『手違い』とやらに賭けてみたけど、あっさりと裏切られた。
「いえ間違いなく、綺麗さっぱりぐっしゃりと死亡されております」
「あっ……やっぱりね。
じゃあ、その手違いというのは?」
よくよく聞いてみると、ここに来るのは俺ではなく、あの使えないアルバイトのおっさんの方だったらしい。
「ぐしゃぐしゃになったことで、どうやら選別を間違えてしまったみたいでごさいまして……」
「綺麗さっぱりぐっしゃりじゃーね、わからなくもなりますよ。
じゃあ、おっさんと交代ってことで良いのかな?」
「いや実は、そのことに付きまして御相談が……」
「何、相談って?」
どうやら、ここは『異世界転生』とかいうことをする場所、要は地球の世界とは違う世界で生まれ変われるところらしい。
そこで自分の望んだ生き方をする、そういうのをおっさんは希望していたらしいのだ。
けど、その『おっさん』に問題が発生していた。
「ちょっと言いにくいのですが、調べましたところですね……。
あの方は既に『同世界転生』をされているらしく、こちらとしても職務上の都合がございまして……」
何を言いたいのか、大まかだけどわかってきた。
職業に就けば必ずあること、要は辻褄を合わせたいと言いたいのだろう。
商品は納入されているのに在庫の数と一致しなかったとか、預けられた金額よりも金庫の中は少なかったとか、書類上の僅かな問題が残ってくる。
現場サイドでは適当に誤魔化せば良いと思いがちだけど、事務的には大きな問題となってしまった。
もし監査とかで突っ込まれた時に大変困る、そこを言いたいのだろう。
「じゃあ何?
俺が、その『異世界転生』とかいうのをすれば良いってこと?」
「もし、そうして頂ければ当方としては助かります!」
「じゃあ、そうしますよ。
でも俺は、その『異世界転生』っていうのを全く知らないですからね。
それから、そちらの非を認めているなら、せめておっさんの次の人生は明るいものにしてやって欲しいかな」
そう、おっさんは望んだ世界へ行くことをふいにしてしまっている。
せめて希望は達成されずとも、生前よりは真面な人生を歩んで欲しい。
「それは、もちろんでございます!
あの方の次の人生は身長180cmオーバーで細身の筋肉マッチョ、しかもイケメンのIQ200オーバーを確定済み。 更にはキャッキャウフフな好感度抜群人生プランをご用意させて頂きました!」
「何それ⁉
おっさん随分と高待遇じゃないか、そっちの方が絶対に良いだろ!」
「それはもう。 あの方にもご迷惑をお掛けした訳ですから、この程度は当然でございます。
では、これよりお客様の明るい未来への『異世界転生』について、ご説明させて頂きます」
ここからチャラい男に戻って色々と説明してくれたけど、さっぱりと理解出来なかった。
新しい世界で勇者になれるとか、魔王になれるとか、ゆっくりのんびりと農業でもしながらスローライフを送っても良いとか、はたまた性別を変更して悪役令嬢になっても良いとか、勝手気ままに食堂や居酒屋を営んでも良いとか、どうも要領を得ない。
そんな俺に痺れを切らしたのか、チャラい男はうんざりした顔をしながら聞いてきた。
「お客様、生前で趣味とか無かったの?」
「生前の趣味と聞かれても、思い当たるものは無かったなぁ。
仕事が終われば、部屋でテレビを観ながら飯食って、さっさと寝る生活しかしてなかったから」
「じゃあさ、アニメを観たりとかゲームとかやらなかったの? それかパチンコとかでも良いけどさー?」
「いやいや、いい歳してアニメとかゲームって、そんなの観ないしやらないよ。 ギャンブルも好きじゃなかったから……」
「じゃあ生活とか仕事の不満とか、理不尽な行いに激怒したとかって経験くらいはあるでしょ?」
「高校卒業して就職したけど、あの頃には珍しくホワイト企業で寮費も格安だったから、むしろ感謝しかないっていうか……」
「お客様……ちょっとお待ちを」
これだけはわかってきた。 かなり場違いな所にいると……。
証拠に、さっきの公務員みたいな男に向かって文句を垂れていた。
「あんなの無理、あいつに不平不満なんか無いですよ! どうやって、異世界転生させたら良いんですか⁉︎」
なんか申し訳なくなってきた。
ここは不平不満を持って、初めて来ることを許される、そういう場所なのだろう。
あの使えないおっさんも、そうだった。
いつも自分の人生について、愚痴っていたのを覚えている。
しかし、公務員みたいな男は冷静だった。
「まだ君は若いな。
よし私が代わろう、よく後ろで見ておきなさい」
そう聴こえると、すぐに言葉とおり2人で戻って来た。
「お客様、お待たせ致しました。
ここからは私が案内させて頂きます」
ニッコリと最高の笑顔を醸し出し、また説明は始まっていく。 でも、最初のアプローチは違った。
「本来は個人情報流出防止のため見せてはならないのですが、お客様は特別な事情がお有りですから特別です。
まずは、他のお客様の希望プラン選択風景見学から始めましょう。 具体的に、どういったものなのかをご理解下さい」
そう言ったかと思うと、突然両隣にガリガリの男と太った女が現れた。
両サイドの壁を取り払った、そんな感じだ。
でも向こうからは、こちらを認識していないようだった。
そして壁を取り払ったからか、後ろに気配も感じる。
慌てて振り返ると、鮮やかな龍の入れ墨のある昭和風ヤクザな爺さんが背を向けて座っていた。
しかも、このご時世では最もコンプライアンス的に問題となっていた喫煙を堂々と屋内でしている。
「左に座られている男性はスローライフ希望プランのお客様、そして右に座られている太った女性は悪役令嬢希望プランのお客様です。
お2人様のやり取りを、ご参考にして頂ければ幸いにございます。 あっ、ちなみに後ろに座られておられるお客様は、既に希望プラン設定を完了されており、次の世界では龍となって、世間を恐怖のドン底に陥れるご予定であります」
覗きをしているみたいで気は退けるけど、この場合は仕方ない。
まずは左側の男から見学してみた。
「何もしなくてもいい、そんなスローライフ希望です!
もちろん、土に塗れる農作業なんて絶対に嫌ですからね!」
「お客様、それですとスローライフの主旨からは外れてしまうかと……」
「じゃあ、可愛い女の子を少なくとも100人は追加して下さい! そいつらに畑作業はやらせるから!
もちろん、その他のこともやらせるけど!
それから産まれる時は定番になるけど、金髪で巨乳の超美人な母親だからね! これは絶対に外さないでよ、吸って吸って吸いまくってやるからさー!」
「さすがに何もしないスローライフというのは、受け付け出来ませんね。
では、どうでしょう?
作業は女の子100人にさせるとしても農作物に風は不可欠、さらには農産物の消費が必要となります。
失礼ながら、お客様は少食感ではありませんでしたか?
ここは二つのオプションを追加して、風を吹かせるだけで女の子達を手助けし好感度を上げながら、暴飲暴食を楽しむというのは如何でしょうか?」
「それ良いね、最高じゃん、あんた最高だよ!」
「では風属性を最大値にしておきます。
これでよろしいなら、ここにサインを!」
なんか必死だけど、なんとも浅ましい光景だ。
こんなのを参考にするなんて無理、気を取り直して右の女を観ることにした。
「そうよ、悪役令嬢よ!
もう1人で図書館通いは嫌なのよ!
華やかにホストみたいな男達にチヤホヤされながら暮らしたいの、ナイトプールでビキニを着てカクテルとかも飲んでみたいのよ!
それから虐めるヒロインは、学生の頃に私と親友を虐めた芳美と似た感じにして欲しいの!
あの時の恨みを込めて、虐めて虐めて虐め抜いて、地獄の底へ突き落としてやるから!」
「ではお客様、追加オプションを二つご提案させて頂きます。
その芳美なる女性を調べましたところ、彼女も最近死亡されたみたいです。
こういうオプションは如何でしょう? 彼女そのものをヒロインに据えるというのは? お客様も、その芳美なる本人に鉄槌を振るう方が、より満足されるかと。
そしてナイトプールをご希望とされるなら、水属性は最大値にしておきましょう。 これで泳ぎは達者、男達の注目は間違いなしです」
「えっ、そんなこと出来るの?」
「もちろんでございます。
お客様の生前のご苦労を癒して差し上げる、これこそ『異世界転生』の大いなる目的でございますから。
それこそ、我々の使命であります」
「ありがとう……貴女、最高のプランナーだわ!」
「では、こちらに承認のサインをお願いします」
よくわからなかったけど、こちらも必死だ。
でも、少なくとも親身になって客のニーズに応えている、それだけはわかった。
「どうでした、お客様?
彼らのように、もっとご自身の内に秘めた欲望や不満に向き合って頂ければよろしいかと」
「そんなこと言われてもなぁ……」
「では簡単になりますが、魔法使いプランなど如何でしょうか?
長い呪文を唱えてからの『エクスプロージョン!』と叫んだ後に広がる無慈悲な光景や人々が逃げ惑う姿を気晴らしにして生きるのは、実に気分爽快で最高ですよ!」
「べつに破壊欲求は無いからなぁ。
だいたい、長い呪文なんて覚えられそうにもないから……」
結局、何も決まらないまま時間だけが過ぎていく。
さすがに公務員みたいな男も貧乏ゆすりを始め出してしまった。
「ねぇ……まだ決まらないのー。
もういいでしょう、早く決めようよ!」
あれだけ丁寧だった口調も、随分と尊大なものへと変化した時だ。
「お客様に、なんて口の利き方をしているの!」
いつの間に現れたのか、わからないうちに婆さんが公務員みたいな男の後ろに立っていた。
「申し訳ありません、所長!」
「私に謝ってどうするの⁉︎
すぐに、お客様に謝罪しなさい!」
おどおどしながら公務員みたいな男は謝罪してくれたけど、見ている俺まで恐怖に狩られそうだ。
「先程から見ていましたが、貴方達では荷は重すぎたみたいですね。 よし私が代わりましょう」
それからは婆さんが色々と説明してくれ、先程までの2人とは違い、道筋を立ててわかりやすく、そして一つ一つが丁寧だ。
そんな中、一つの質問をされた。
「子供の頃に、どんな本を読んでいましたか?」
「本ですか⁉︎
そういえば、もう三十年以上は買っていないけど、高校生までは週刊誌を欠かさず買っていたかな」
「週刊誌⁉︎ では、その中で印象に残っているものはありますか?」
「それは……あっ、やっぱりあれだな!」
俺と似た年齢の人なら、誰もが熱中して読んだ漫画だ。
主人公は、元は地球を征服するために送り込まれた宇宙人だったけど、頭をぶつけたことで大人しくなり、壮絶な修行の果てに敵と戦っていくストーリーの漫画だった。 でも初めは七つの玉を集めるストーリーだったのに、なぜか格闘漫画へと変化していった。
そのことを婆さんに話すと、一瞬だけキラっと目を光らせたけど、どこか要領を得ていない顔をされた。
この婆さんくらいの年齢なら、あの漫画は読んでいないのかもしれない。
「ちょっと私には、その『漫画』というのは理解し難いですね。
もう少し詳細に話して頂ければ幸いです」
「えっとですね、主人公の名前は『孫・◯空』って言いまして……」
「あー孫悟空ですか! それなら知っていますよ、あれは面白かった。 大ベストセラーにもなりましたからね! 続編も色々と作られていたくらいですからね」
まさか、こういったところでも親しまれていたとは思わなかった。 こんな老人でも知っているとは、やっぱり凄い漫画だ。
しかし、漫画を『大ベストセラー』だと言うのだろうか⁉︎
でも俺は見ていなかったけど、続編的なものはアニメではあると聞いたことはあった。
けど……なんか違和感が残って仕方ない。
「觔斗雲に乗ったり、如意棒で戦ったりする猿のお話ですね!」
確かに、初期の頃は筋斗雲や如意棒もあった。
けど中盤くらいからは、あまり登場しなかったはずだ。
まぁ孫・◯空は宇宙人とはいえ、確かに猿みたいな尻尾もあった時期もあるから、猿と言えば猿かもしれない。
婆さんくらいの年齢なら、宇宙人も猿も変わらない、そんな程度の認識なのだろうか。
まぁ、パソコンで『孫・◯空』と検索すれば、一番に先頭に彼が表示されてくるんだ。
だったら、あの漫画で間違いないだろう。
「では、どうでしょう!
孫悟空をモチーフにして、異世界転生されるというのは?」
「孫・◯空に⁉︎
じゃあ、あの強大な力を使えるの?」
「もちろんでございます!
神とすら互角以上に戦った力、全てお客様のものですよ⁉︎」
確かに漫画でも神以上の力を誇っていた。
あの力を俺のものに出来るのか!
だったら、もう決めるしかない。
公務員みたいな男の話では、長ったらしい呪文を唱えてからの『エクスプロージョン!』とか言っていた。
魔法とは、そんな長い感じのものなのだろう。
でも孫・悟空なら『〇ー〇ー〇ー〇ー波!』と気合い一発、それなら俺でも出来そうだ!
「それにします、それで決定です!
孫・◯空にして下さい!」
「決定にされますか。
では今回は私どもの不手際もありましたので、お詫びとして、他にも追加オプションを二つばかりをご用意致します。 これは『チート』と一般的には呼ばれている極選ばれたお客様だけの特典なのです」
よくわからないけど、とにかく凄い特典なのだろう。
あの孫悟空になれる上に、これ以上の特典など勿体ないけど、欲張って貰っておいた方が良さそうだ。
「じゃあ、何か適当に見繕って下さい!」
「わかりました。 では私の方で『孫悟空』に最適と思われる追加オプションをご用意させて頂きます!」
「ありがとうございます!」
「では、ここに承認のサインを!
これでお客様は『孫悟空』、あの『猿』になれるのです」
ウキウキ気分でサインをした。
よし転生したら、まず最初は『〇〇〇〇波!』からだ。
「これで契約は成立致しました。
では、これより『異世界転生』を開始致します。
心を落ち着けて深呼吸を三回し、ゆっくりと目を閉じて下さい。
私がカウントして10を数え終わった時、お客様は異世界への転生を開始します」
婆さんに言われたように深呼吸をして目を閉じた。
カウントに合わせて、俺の『孫・◯空』への希望も膨らんでいく。
『10』と聴こえて俺の意識は飛んでいく。
どこか魂へ何らかの力を加えられていく、そんな感触があった。
『異世界転生』とかいうものは、こんな不思議なものらしい。
何にせよ『孫・◯空』としての新たな生き方、新たな『人生』と世界が楽しみだ!
最後に、俺は消えていく。
「ようやく行ってくれましたね。
さすがです、部長!」
「覚えておきなさい。 一つの綻びを見つけたら徹底的に突いて突いて突きまくる、これこそ『異世界転生』をさせる者にとって重要なことよ。
あんな奴らの希望なんて誠実に聴いてたら、終わるものも終わらないわ」
「勉強させて頂きました、所長!」
婆さんは誇らしい気、それに対して平心平伏の公務員みたいな男、そんな2人にチャラい男は聞いた。
「あのー、聴いていて思ったんですけど、何かが違ったように思うんですよ。
『孫・◯空』って、『孫悟空』ですか?」
「何言ってんのよ⁉︎ 『孫悟空』は『孫悟空』でしょう、他にはないわよ。
でもまさか『石猿』なりたいなんて言うとはね、貴方達では難しい訳だわ。
それに七つの玉がどうとか訳のわからないことを言ってたけど、色々とモチーフにされて変化もしているから、その内の噂にもならなかった一つを話したのでしょうね」
「そういうことですか。
てっきり、ちょっと前に流行った漫画の話かと思って聴いてましたよ」
「何それ、そんなの知らないわよ。
そもそもの話し、あいつはサインした=納得した、という事実さえあれば私達は良いの! 後のことなんて考えなくて良いの!
こんなところに来る奴なんて、気にしちゃあダメよ!」
「はい、所長」
チャラい男は思った。
結局世の中、辻褄さえ合っていればまかり通るのだと。
また新たな『お客様』は、いくらでもやって来る。 ここは、『そういう』ところだ。
確かに、いちいち気にしても仕方ない。
その程度の奴らなのだ、ここに来る『お客様』達は。
席に座り笑顔を溢れさせ、『4990』を迎え入れた。




