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 関所にその一行がやって来たのは、あれから2日が経った頃だった。

大きなトラックが2台、その荷台は(ほろ)に覆われており、中を見ることはできない。


「荷物は何を?」

「食糧とかまぁ色々です」


 関所の通過には証書の提示と、簡単な質問に答える必要がある。

それがこの国に通過目的で入国する際のルールだった。

 ただしそれは車輌や大人数での入国に限った話で、単体の人の往来については切りがないので見過ごされている。

東西それぞれの国への入出国はそれなりの審査があるが、経由地にしかならないこの国ではそこまでの労力を割いていられないというのが正直なところだ。

 この国への正式な入国審査は、この突出した辺境地から本土と呼ばれる領域の境目にある。


 そんな意味でもこの地は多くの人種が入り乱れる、混沌の地だった。

ある人はここを"希望の地(ユートピア)"と呼び、ある人は"肥溜め(ディストピア)"と呼ぶ。


 トラックの運転席から証書を提示した男は、少し異国の訛りがあるながらも流暢な言葉で質問に無難に答えていった。


「通過目的ならば、今日中に出国するように」

「はい、承知してます」


決まり文句を言われ、男は慣れたように返事をした。


 そうしてトラックはゆっくりと走り出し、西側の国から国境を越え、2台が入国を果たした。

その時だった――


パンッという発砲音と共に、1台目のトラックが動きを止める。

どうやらタイヤがパンクしたらしい。

それと同時に、荷台の中からうめくような声が聞こえ、何かがもぞもぞと動いて幌の形を変えていた。

中に、何か"生き物"がいることは明らかだ。


トラックの運転手が慌てたように降り立ち、荷台を睨み付ける。


「何事だ」


 そこに、普段は姿を現すことのない人物が現れ、周囲はさらに騒然となった。

この辺境駐屯地の最高責任者、レオフェルト・マッケンリーが現れたのである。


「ハッ!発砲音のような音があり、このトラックのタイヤの破裂を確認したところであります!」


関所の担当者が慌てたようにレオフェルトに駆け寄り、居直って報告をする。


「ハハッ、困ったもんです。すぐに直しますのでご心配には及びません」


男は明らかに重役と思われる人物の登場に冷や汗をかきながら言った。

後続のトラックから降りてきた仲間に苛立たしげに自国の言葉で指示を出している。


「…荷台には何を?」

「食糧とか…、あ、家畜用の豚とかもおりますね、はい」


未だ中からはうめき声が聞こえ、明らかに何かが暴れている。

男の顔はますます焦ったものになり、どう考えてもその場しのぎと思われるような出まかせを言った。


「…中を見せろ」

「それは…!やめておいた方が、よろしいかと」


冷たく言い放ったレオフェルトの言葉に、男は意味深な声音で言う。

その目はこれ以上詮索するとどうなるかわかっているだろう?と暗に告げていた。


「いいから開けろと言っている」


男は尚も態度を変えることのないレオフェルトに苛立たしげな顔をし、小さく舌打ちをして背面の幌をぺらりとめくった。


そこに見えたのは鍵のついた鉄の扉。


「早く開けろ」


悪足掻きのように、というかむしろ察しろ、とその目線で訴えていた男の努力は虚しく、レオフェルトは無慈悲に告げた。

それを聞いて自国の言葉で小さく悪態を吐き、男は扉の鍵を開ける。


その瞬間だった――


 どこからか現れた褐色肌の二人の屈強な男たちが鍵を開けた男を押しやり、荷台の中へ乱入していく。

そうして中から口に布を巻かれ、手足を縛られた子どもを両腕に抱えて降りてきた。


トラックを運転してきた男たちが、東側の言葉で怒号を上げ、その手に銃器を握る。


「武器を下ろせ!我が国では武器の使用は禁じられている!」


レオフェルトが高らかに声を上げ、周りの隊員たちに指示を出す。

隊員たちは一斉に武器を構え、男たちを包囲した。


「…こんなことをしていいと思っているのか!?」


男は忌々しげに吐き捨て、武器を下ろして両手を上げる。


「発砲音がした以上、現場の安全確認を行うのは何もおかしなことではない。貴様らが何を運搬していようとこちらには関係のないことだ。しかしここで武器を使用して争うというのであれば我々は貴様らを拘束する」


 そう、レオフェルトはただ現場の安全確認のために荷物の確認をしようとしたに過ぎない。

そこに知らぬ勢力が割り入ってきて、(いさか)いを起こそうと、それはこちらの知ったことではない。

 どちらの立場も擁護しない、中立の国なのだから。

だが一方が武器を使用するというのであれば別だ。民の安全のため、その勢力は鎮圧する必要がある。


「…無関係だとシラを切るつもりか!」

「何のことかさっぱりわからんが…これ以上抵抗しないのであればこの件は見逃そう」


レオフェルトと男が言い争っているうちに、褐色肌の男たちはトラックから全員を連れ出したようだった。


 彼らは一時この国で保護され、西側に還されることだろう。

表立ってこの国に団体で許可なく入国した以上、これ以上先に進むことはできない。


「…ただで済むと思うな」


憎しみを込めた声で低く告げ、男はレオフェルトを睨みつけた。

そして仲間に自国の言葉で指示を出し、手際よくタイヤの交換を済ませるとトラックの運転席に乗り込んでいく。


 去り際彼らはレオフェルトたちと、自分たちの仕入れた商品であったはずの人々を忌々しげに一瞥し、去って行った。









 その日の夕方、執務室に控えめなノックの音が鳴り響く。

ライアンが入室を許可すると、そーっと窺うように戸を開けたララが顔を覗かせた。

ライアンはその姿に分かったように笑みを浮かべて頷くと、書類から顔を上げないレオフェルトをちらりと見やって席を立つ。


 戸口でララとすれ違い際、ライアンはララの肩にそっと手を置いて去って行った。

その手に励まされるように、ララは未だ視線を向けてくれることのない相手に目を向ける。


「隊長さん、今日は助けてくれて、ありがとう」

「…何のことだ」


やっとのことで視線を上げたレオフェルトのアイスブルーの目が、静かにララに向けられる。


「みんな、本当に感謝してたよ。泣きながら、何度も何度もありがとうって言ってた」


ララの口からは、あの出来事を偶然だなどと微塵も疑っていないことが伝わってくる。

レオフェルトが意図的にしたことだと、さも確信しているかのような口ぶりだ。


「…どうして、あんなことしたの?」


あの時、物陰に隠れていた自分たちのことを、間違いなくレオフェルトは見た。

奴隷商が荷台の鍵を開けた瞬間、今だと合図するかのように。


「どうして…?」


 あれから、どうしても見て見ぬ振りをできなかったララは、何度も彼らを見舞い、密かに計画を練った。

自分たちだけで何とかするつもりで、無謀とも言える計画を。

荷台から同胞を下ろすことさえできれば、勝算はあった。この国の隊員たちに見つかりさえすれば、不法入国者として西側に返還される。

 ただ問題は、荷台の鍵を持つ男からその鍵を奪い、荷台を開く方法だった。

狩猟民族である彼らにとって、急(ごしら)えの飛び道具であっても、タイヤを破裂させることぐらいは容易い。

だがそこで目当ての男が車から降り、鍵を奪い取ることができるかは五分五分だった。


「自分の気持ちに素直になれと、お前は言ったな。だからしたいようにした、それだけだ」


レオフェルトの言葉に、ララの目は驚きで見開かれる。


「理由はわからん。だがしたことを後悔していないのだから、きっと自分にとってはあれが正解だったんだろう」


淡々と述べるレオフェルトの言葉は、まるで自分自身にも言い聞かせているようだった。

あれで良かった、正しかったのだと。


そんな姿を見て、ララは込み上げてくる気持ちを抑えることができない。

その唇が、感情を堪えるように震えて歪んでいく。


「あんな格好いいことされたらさぁ…好きになっちゃうじゃん」


我慢しようとしてたのに、そう震える声で言いながら、深海のような瞳からぽろりぽろりと涙がこぼれた。

ブロンズの肌を伝うそれは、室内に差し込む夕陽に照らされて不思議なほど輝いて見えた。


「…誰にでもそんなことを言うな、このアバズレ」


レオフェルトは不貞腐れたような顔をする。

ララの言葉に胸が高鳴らなかったと言ったら嘘になるが、別の男の存在が脳裏に()ぎるのだから憎まれ口も仕方がないではないか。


「言うわけないでしょ!あたしの心の中は、隊長さんでいっぱいなんだから!」

「…あいつは、違うのか…?」

「あいつって誰よ!?意味わかんないこと言わないで!ほんと人のことなんだと思ってるの!バカ!」

「ばっ…!?」


レオフェルト・マッケンリー、生まれて初めて人から"バカ"と言われた瞬間だった。


「バカでしょ!ばかばかばかばか!わからずや!」


もはやララも自分の感情に制御が効かなくなっている状態だった。

そんなララの様子にレオフェルトは顔を顰めるが、それは彼の困惑を表している。


「バカはお前だ。もう泣くな、バカ」


まるで幼な子のような応酬は、レオフェルトがララを抱き締めることで終息した。

 この時レオフェルトは異性を抱き締めるなどもちろん初めての経験だった。抱き締めるどころか自ら触れることなど、これまでしたことがなかったのだから。


それなのに、ララには自ら触れたいと思うなんて、もうレオフェルト自身も自分の身に何が起こっているのかわからない。

だが身体がそうしたいと動くのだから、仕方がない。それでいいのだと、もう抗うことはやめにした。


「うぅ〜」


胸元にぐりぐりと頭を押し付けながら泣くララの頭を、そっと撫でる。

その手はぎこちないが、ララはそれが愛おしいと思う。


不器用な、この優しさが好きなのだ。


「隊長さん…ありがとう」


しばらくして、落ち着きを取り戻したらしいララがぽつりと言った。


「自惚れてもいいなら…隊長さんの中にちょっとでもあたしと同じ気持ちがあるなら…それだけでほんとに幸せだよ、ありがとう」


何故だろう、笑みを浮かべながら言う彼女の言葉を喜ぶことができないのは。

胸が騒つくこの感じは何なのだろう。


「…ありがとう」


どうして、これで終わりのような言い方をするのだろうか、彼女は。

腕の中にいるはずの彼女が、そこにいないかのように遠い。


「私はお前のことが…」

「ストーップ!」


レオフェルトの言葉を遮り、その胸を押して距離を取りながらララは笑って言った。


「それ以上はダメだよ。これは、あたしの片思いで終わらないとダメなの」


目の前の彼女は、泣きそうな笑みを浮かべながら何を言っているのだろうか。

 レオフェルトの指先が次第に冷たくなっていく。


「ここで終わらないと、誰もハッピーエンドにはなれないから…」


だから、今日この瞬間で、おしまい。


ララは自分の立ち場を、そしてレオフェルトの立ち場を痛いほどに分かっていた。

この格差が決して埋められないことも、世間が二人をどう見るのかも。


 この物語の結末はどう頑張ってもハッピーエンドにはならない。誰かが必ず悲しい思いをする。

それならば、その思いをするのは自分だけで十分だ。

まだ、この人は引き返すことができるのだから。


「大好きだったよ、隊長さん」


そう言って部屋を後にしたララを、レオフェルトはただ唖然と見つめることしかできなかった。

ぽっかりと胸に空いた喪失感と共に。


 レオフェルトが査問会のため都へ召喚されたのは、この二日後のことだった。


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