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ep.Ⅲ 愚者と本屋

「まったく、目的地を知らないで前を歩くから」

「というより、勝手に曲がります?」

「方向音痴とはまた別の才能かしらね」

「にゃははー」


 まったく悪びれた様子を見せず、いたずらがバレた末っ子のような笑顔を見せる。

 しかも携帯にも気づかず、軽いステップをしながら進むものだから、発見に十分もかかった。


「まあ気を取り直して。店内では静かにな、夢義」

「しー!」

「兄妹みたいね。ところで水都くん、私たちは何を見ればいいの?」


 水都たちがやってきたのは、本屋の四階。

 都内に住む占い師は必ずと言っていいほど利用する、占い師御用達と言っても過言ではない本屋。

 四階の半分が占いコーナーとなっており、大半が中身をチェックできる。

 チェックできるのは書物だけでなく、カード類も一枚一枚手にとって確認できるのが魅力だ。


「まずはタロットを教えるつもりだから、二千花以外はウェイト版と呼ばれるこれを買ってもらう。サイズは大小あるから好きなほうでいい。裏面の柄も複数あるし。いくつかの本を見れば分かるけど、解説本のほとんどはウェイト版が基準になっているから、他のものだと学びにくいんだ」

「この絵柄、何度か見たことがあるわ」

「タロットと言えばこれって感じの人がほとんどだから、感覚的にも扱いやすいはずだよ。それで二千花だけど、今までどうやって勉強してたの?」

「本を読みながらです。あ、これです」


 二千花が手に取ったのは、初心者用の中でもメジャーな本。


「この本の応用編があるのですが、どうでしょう……?」

「二千花の現状を知らないからなんとも言えないけど、その本なら俺も知ってる。いずれ必要になる知識だから、買っておいて損はないよ」

「分かりました。買っておきます」

「ムギもこれ買うー?」

「これでもいいけど、まずは軽く中に目を通してみて、自分が読みやすいと思ったものを選んでくれ」

「わかったー!」

「じゃあ一旦、それぞれ散策の時間ね」

「うん。一時間くらい、好きに見ていいよ」

「そんなにかけたほうがいいの?」

「ここにいたらあっという間だよ。相談があれば気軽に言ってくれ」


 この空間に入るだけで、ワクワクする。

 占いに興味がある人からすると、全てに目を通したくなるのだ。

 そして、全てに目を通せるのが魅力である。

 水都は三十分ほど適当に時間を潰してから、それぞれの様子を見に行く。

 最初に二千花を見つけると、彼女は真剣に一冊の本を読んでいた。

 静かに近づいて覗き見ると、ルノルマンの初心者用の本だった。

 ルノルマンとは、タロットとは異なる占いカード。

 タロットが抽象的なワードメインとすれば、ルノルマンは直接的なワードがメインとなっている。

 ゆえに、一般的にはルノルマンのほうが手を出しやすいと言われているものの、水都は一概にそうとは言えないと考えていた。


「興味あるのか?」

「きゃっ!!」


 普段はクールな話し方だから低めの声色しか聞いていなかったが、非常に女の子らしい声が店内に響く。

 二千花はすぐに自身の口を覆って周囲を見渡し、たまたま誰もいなかったことに安堵。

 そしてすぐに水都を睨んだ。


「脅かさないでください!」

「ごめんごめん」


 実際は、水都に驚かすつもりはなかった。

 水都の接近に気づかないくらい、二千花が没頭していたのである。


「ルノルマンにも興味があるの?」

「私は頭が固いので、こちらのほうが向いているのかなって少し思いまして」

「あー、そういう意味ならあまり変わらないと思うよ」

「やっぱりそうですよね…………」

「占いに才能は不要だよ。性格で合う合わないはあるけど、たぶん君は大丈夫。それに、俺も頭はかなり固いほうだからな」

「本当ですか?」

「俺は嘘は言わない」


 真面目すぎるがゆえに悩む。

 占い師としては難義するタイプだが、向いていないわけじゃない。


「ちなみにそれは買うの? タロットを一通り教え終わったら、ルノルマンも教えられるけど」

「やめておきます。できるか分からないですし、あまりお金に余裕がありませんので」

「いつでも始められるのが、占いのメリットの一つだ。自分のタイミングで買うといいよ」

「はい」

「時間までいろんなカードや占いに触れときな。その記憶がいつか、次の発展に繋がるかもしれないからな」

「分かりました」


 次に見つけたのは乙羽。

 二千花とは異なり、パラパラとページをめくっては本を変える。

 しかし適当に時間を潰しているわけではないらしく、時折手を止めては、真剣に読み込んでいた。

 たかが立ち読みなのに、優雅さが感じられる。

 この横顔に見惚れるのは異性だけではないだろうと見ていたら、ふと乙羽が水都に気づく。


「私の横顔に見惚れてた? 私、そういう視線には敏感なのよ」

「否定はしません」


 水都が落ち着いた様子で答えると、乙羽はつまらなさそうに眉をひそめる。


「大学生ってそんなに大人びているものだったかしら?」

「小学生の頃から、大人びているねって言われていましたね」

「可愛げがないとも言われなかった?」

「正解。それで、買う本は決まりました?」

「本は一冊のほうがいいの?」

「そんなことはないけど、多くても占いの時に悩むだけだから。あとは占いを経験することで、自分に必要な知識が分かるようになります。だから今複数買う必要はないんですよ」

「ああ、なるほど。経験してみないと実感が湧かないものね」


 デキる社会人である乙羽は、水都の言わんとしたことを理解する。

 企業は業務の前に、事前研修と称して知識の詰め込みをする傾向にある。

 しかし働いているイメージができない時点での詰め込みは、あまり役に立たないことが多い。


「店には僕の本も置いときますし、他の人に見せてもらってもいい。あまり難しく考えないように」

「分かったわ」


 乙羽は、自分の中でカチリとハマったら一気に理解が深まるタイプ。

 予め優先順位を決めていたのか、迷わず一冊の本をとってレジへ向かった。


「最後は夢義か」


 チョロチョロ動き回っているイメージだったものの、一度も視界に入ってきていない。

 意外に静かにできるのかと思っていたら、予想外の衝撃映像が視界に入ってきた。


「…………おい」


 水都は後ろから夢義の首根っこを掴む。


「お?」

「お? じゃねえ。出したら片付ける。小さい時に言われなかったか?」

「ママが片付けてた!」

「(親ですら諦めたか)」


 夢義が見ていたのは、タロットやオラクルなどのカード類。

 箱を開けて取り出し、開けたまま次のカードに手を出していた。

 カードがバラけていないのをマシだと言うべきか。

 それでも散乱しているという様子が適切な状況だった。


「気になるカードでもあったか?」


 水都が箱を棚に戻しながら聞くと、子どもが絵本を「読んで!」と言うような形で、箱を突き出してきた。


「これ!」


 そのタロットはファンタジー色が強く、幻想的なイメージが強いタロットであった。

 ウェイト版とは構図が似ているものの、異なる点は多い。


「キレイ!」

「ちなみに、俺が勧めたのはどういう印象?」

「可愛くない!」

「なるほど。じゃあ夢義はそっちにするといいよ」

「いいの? やったあ!!」

「静かに」

「シー!」


 占いは直感が大事である。

 それはカード選びの段階から始まり、自分のイメージと合うのであれば何でもいい。

 夢義は好みで選んだように思えるが、水都はそれを、無意識の感覚だと判断していた。

 普段の振る舞いから見ても、夢義は典型的な直感に極振りしたタイプだ。


「じゃあ買ってきなさい」

「あ、本まだ見てない」

「いい、いい。必要になったら店にある本を見ろ」

「分かった!」


 夢義は一階のレジへ、バンザイの状態で階段を駆け下りていった。

 入れ替わるように、エレベーターに向かう二千花が本を抱えてやってきた。

 水都を見つけると、一瞬、体が硬直する。

 が、コマ送りのような動きをしただけで、水都の前まで歩みは止めなかった。


「皆さんは?」

「ちょうど会計をしているよ」

「そうですか。では私も買ってきます」

「みんな目的を果たしたし、俺も一緒に降りるよ」


 二千花はチラッと階段を見たが、すぐにエレベーターのボタンを押す。

 二人は乙羽と夢義と合流するまで、一言も言葉を発しなかった。

実在する本屋です。

夢義が買ったのはセレマタロット。

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