ep.Ⅱ 愚者の買い物
さっそくの誤字脱字のご報告をありがとうございます。
「文句を言いたそうな顔だねえ」
「分かり切っていたことでしょ」
「で、文句があるのはどれのことだい?」
閉店後。
窓の外に向かって紙タバコを吸っては吐きながらも、魔女は水都をちゃんと見る。
水都は頭の中をグルグルさせたものの、諦めたように二秒ほど息を吐いて言った。
「いや、いいや。彼女たちはたまたま見つけたの?」
「うちに来たのは偶然さね。まあ、縁なんじゃないかねぇ」
「縁ねえ。占い師からすると便利な言葉だ」
「占い師は流れを視る職業だからねぇ。で、文句を言うつもりがないなら、聞きたいことがあったんだろう?」
「夢義はばあちゃんの孫なのか?」
「ハッハ!! あの子は良いムードメーカーになってくれているようだねぇ」
一日にして異性を名前呼びをしていることに、魔女は狙い通りだと言わんばかりに笑う。
「夢義がいなかったらお通夜だっただろうな」
「アンタたちは根本が似ているからねぇ。さっきの質問だが、答えはノーだよ。孫のように扱ってはいるが、そんな衝撃の事実はないよ」
「なるほど」
自分と同じような存在かと、水都は納得する。
二人の会話はお互いに深く察し、深入りを言葉にしない。
およそコミュニケーションとしては問題がありそうなものだが、二人は長年のパートナーのような関係性が確立されていた。
「あと一つ。シフトはどうするつもり?」
「アンタのことだから、各々の希望日は集めてきたんだろう?」
「当然」
「昼は基本、旦那にやらせるよ。この店も最初は二人でやっていたからねぇ。カフェの基本は知っているし、最初は頼るといい」
「ああ、正義さん。なら安心だ」
「安心しな。ババ友はいれないよ」
この店はたまに、手伝いとしてどこかから連れてきた魔女のババ友が働く。
悪い人ではないものの、やかましくてしょうがない。
シフトの状況を察した時、あまりにも絶望していた理由が、この可能性が一番によぎったからである。
「三人とも可愛い子だったろ?」
「あん?」
男同士の会話のきっかけみたいなことを言い出す。
思春期の子どもをからかうが如く。
「ソウデスネー」
「お前さんの好みを当ててみようか?」
「喧嘩売ってんのか?」
「ババアを脅すんじゃないよ。それに、アタシがなんのために店を提供したと思ってんだい? ヒヨッコの恋愛物語を楽しむためさ! ハッハ!!」
「金持ちの道楽かよ」
「アタシが死ぬまでにエピローグを迎えてくれるといいんだけどねぇ」
「少なくとも占いを教える師として接している間は、誰か一人に感情を注ぐことはないよ。それは分かっているはずでしょ?」
「アンタの性格は分かっているさね。だけど、師匠の期間をそこまで長くかけるのかい?」
「…………」
元弟子の思考を把握している元師匠の魔女は、全てを見透かす。
この魔女は、弟子の未来すら見透かしていた。
未来を知る方法は、占いだけではない。
「とにかく! これから教える子たちに下心を持つわけにはいかない。間違っても、彼女たちに余計なことは言わないでくれ」
「ハンッ、つまんない子だねぃ」
「つまんなくて結構!!」
いつものやり取りであった。
占いカードを買うための待ち合わせに、一番最初に着いたのは水都だった。
それから一本後の電車に降りてきたのは、皇乙羽である。
カジュアルなロングスカートをヒラヒラさせて、手もヒラヒラしながらゆっくりと近づいてきた。
「こんにちは、乙羽さん。まだ十五分前ですよ?」
「こんにちは。それは水都くんもでしょ?」
「人を待たせるのが好きじゃなくて」
「私も同じ。ちゃんと社会人をやっていると、プライベートの時間もきっちりしてくるのよねえ」
「苦労が垣間見えますね」
『ちゃんと社会人をしていると』と、わざわざ付け足したのは、そうではない社会人に思うところがあるのだろう。
早く来たりギリギリだったり、たまに遅刻をしたりと一貫性のない社会人は、プライベートではルーズな傾向にある。
「プライベートでも無意味に急いちゃうからダメね。落ち着きのある女性になりたいのに」
友人の少ない原因の一旦なのだろうか。
戒めを込めた言葉のように、水都は思えた。
「今日は大丈夫ですよ。二千花は五分前ぐらいに着くだろうし、夢義は一、二分遅れる程度だろう」
「あら、連絡があったの?」
「いや、ただの予想です。二人の性格からね。ついでに言うと、二千花は時間前に着くけど謝罪してくるだろうね。夢義はあっけらかんと、『レッツゴー!』なんて言うんじゃないかな」
「そこまで細かく言って、当たったら恐いわね。外れても私が気まずくなりそうで恐いけど」
微笑を浮かべる乙羽に、水都は少し後悔する。
予想に自信はあるものの、少しカッコつけすぎたと。
これで外れたら目も当てられない。
「そういえば、シフトの件は解決しました。オーナーの旦那さんが入ってくれるそうです。ああ、あのオーナーとは真反対の性格なので安心して大丈夫ですよ」
「私はハッキリとおっしゃるオーナーさんも嫌いじゃないわよ?」
「確かに裏はないけど、察した全部を口にするから面倒くさくなること必至だ。俺も自分の性格が面倒寄りな自覚はあるが、だいぶマシに思えるくらいには」
「水都くん、よく捻くれているって言われない?」
「正解」
「でも敬語を無意識に混ぜるあたり、根は真面目なのね」
「俺の真似ですか?」
「バレたか」
知り合って二日目なのに、随分と軽快に話せるもんだと、お互いに心地良く感じていた。
一瞬、水都の脳内で魔女が大笑いしたものの、グーパンで黙らせる。
「水都さん、乙羽さん、こんにちは。お待たせして申し訳ありません」
「やあ二千花」
水都はドヤ顔で、乙羽に腕時計を人差し指でトントンとして見せる。
「まだ五分前だから大丈夫よ、二千花さん」
「ありがとうございます。乙羽さんのお洋服、素敵ですね」
「あらありがとう。二千花さんも素敵よ」
淡い色のロングスカートに、ピンクベージュのカーディガンと、女の子らしさを全開にした服装。
先日はパンツにパーカーと、少年スタイルだった。
大学帰りに来たとのことだったので、それが普段のスタイルだと思っていた水都は内心、だいぶ驚いていた。
「なんですか?」
二千花は水都に対して、たまにキツい視線や声色になることがある。
ジロジロと眺めていたのは事実なので、水都は素直に謝罪した。
「服装、変ですか?」
「(なぜ感想を求める?)」
先ほどのは、見るなということではなかったのか。
水都は頭の中で疑問符を浮かべるも、すぐに答える。
「いや、変じゃないよ」
「そうですか…………」
二人の様子を眺めていた乙羽は、やれやれと肩をすくめた。
「こーんにちわー!!」
周囲の人々の何人かが振り返るくらいに大きな声を、遠くから叫びながら走ってくる。
まだ一度しか会ってないながらも、声の主は振り返らなくても分かった。
「みんな早いね! じゃあレッツゴー!」
「…………」
待ち合わせ時間を二分過ぎている。
もちろん、その程度の遅れを指摘する人はいない。
一番前を歩く夢義、その後ろを水都が歩き、乙羽が横についてくる。
「なんで分かったの?」
「夢義はおそらく、待ち合わせ時間ギリギリの電車に乗ってきました。その時間は五十九分だったから、ここまで着くのに二、三分過ぎるだろうと予想したんです。ちなみに、乙羽さんは三十分前に来る可能性もあったのですが、外しました」
「なんで私が三十分前に来ると思ったの?」
「この駅が初めてだと聞いたので、迷ってもいいように早くに来るかなと」
「正解。出口を見失ったから十五分遅れたのよ」
乙羽は脱帽とばかりに告白する。
「方向音痴なんですね」
「あ、バカにしてる?」
「いや、俺も初めて来た時、三十分前に着くように向かいました。まあ、迷うほどではなかったけど」
「やっぱりバカにしてる!」
「どう迷ったかは気になりますね」
淡々と煽るような発言をする水都に、乙羽は覗き込むように水都の前面に顔を突き出して言った。
「あなたの凄さはよく分かりました。でも、洞察力を披露するなら、女性の服装にも発揮しなきゃね」
水都から離れて後ろを歩く二千花を見ると、本人と目が合う。
乙羽は微笑んで見せると、二千花は勢いよく顔を逸した。
水都はと言うと、異性の顔の近さに上半身を反らす。
「俺は距離感バグってないんで。乙羽さんって仕事では異性に対して、男同士のように接しているでしょ?」
「見透かし禁止!!」
この流れだといろいろなことがバレそうな気がして、乙羽は身を守るような仕草をしながら離れた。
「(これはこれで、俺も距離感がバグっているのか……?)」
気づいたら、夢義が視界から消えていた。




