ep.Ⅰ 魔術師と愚者
「昔の漫画でこういうシーンを見たことがあるな……」
水都は二号店を前にして、謎の既視感に思わずつぶやく。
「(入ったら女の子の着替えシーンに遭遇して、マイナススタートするやつ)」
まだ開店していないため、迂闊なところで着替えていてもおかしくはない。
従業員は女性オンリーと予め聞いていたものの、特に驚きはなかった。
男性占い師が増えてきたとはいえ、特に若い層はまだ女性のほうが多い。
「ていうか客入りが悪いなんて嘘じゃないか。一度もオープンしていないんだから客入りも何もない。せめて、オーナーとしてアテンドくらいはしてほしかったね」
言っても無駄なので独り言に留める。
とりあえずの警戒として、殴る感じに店の入口を叩く。
反応はない。
鍵が空いていたため、ゆっくりと開けて小さな隙間から覗き込む。
明かりはついているけど、中には誰もいない。
もっとも、窓からその様子はすでに確認済みだが、慎重に慎重を期す。
今度は堂々と扉を開けて、入った。
「誰かいますかー!」
入り口から動かず、大声を出す。
迂闊にバックルームに入ってたまるかと、なかなかの声量だ。
魔女がいたら、意識しすぎて気持ち悪いと一蹴していたであろう。
「どちら様?」
第一印象は、キャリアウーマンだった。
オフィスカジュアルながらも、しっかりと着こなして派手さがない。
派手さがないのに、オーラを感じる佇まい。
スーツ姿の水都と向かい合うと、営業マンとクライアントの構図になった。
「出師水都です。オーナーから聞いてますか?」
「はい、伺っております。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
水都は「おお……」と内心で感嘆を漏らす。
カフェをオフィスと錯覚してしまうような応対だ。
キャリアウーマンが先導して、バックルームらしき部屋の前まで案内される。
女性が扉を叩かずに開けて入室したことから、他にいないであろうと分析。
しかし念には念をと、きちんと内部を見渡してから入室した。
「ご挨拶が遅れてすみません。私は皇乙羽と申します」
デスクの上に置いてあるカバンを一瞬見たことから、名刺を出そうか逡巡したことを察する。
ポケットに入れていたら出していたかもなと、思わず笑みをこぼした。
「えっと、私の顔に何かついていますか?」
「失礼。ご丁寧な対応は嬉しいのですが、硬すぎます。ここはオフィスではないのですから、もう少しフランクにいきましょう」
「そう……ですね。でも、出師さんも硬すぎますよ」
乙羽は柔らかな笑みを見せる。
「第一印象は良くしないと」
「ふふ、そうですね。出師さんは大学生だと伺っていましたが…………」
「ああ、スーツが好きなんですよ。それに、デキる感じに見えるでしょう?」
若いと舐められることもある。
乙羽にも覚えがあるので、すぐに理解できた。
「分かります。でも、話し方や雰囲気が学生どころか、ベテランの社会人みたい」
「外面がいいんですよ。そういう皇さんも、バリバリのキャリアウーマンみたいですね」
「必死に作っているだけですよ。出師さんのような年下が近くにいると、余計に」
最初は愛想笑い。
次が自然な一笑。
そして今は、寂しげな笑みだった。
「まあ今回は一応、僕が上司です。上下関係を強く意識する必要はありませんが、皇さんがプレッシャーになる必要はありませんよ。とはいえ、お昼はいないことが多いと思いますけど」
「ありがとうございます。私も仕事帰りや休日のみなので、出勤数は少ないんです」
「普段は一般のお仕事を?」
「ええ。働くのが好きなもので」
「なるほど」
印象通り、普段は企業務めのようだ。
ワーカーホリックタイプかと、水都は脳内メモに書き留める。
「他の従業員との顔合わせはすでにされています?」
「オーナーと共に一度だけ。私含めて四人でした」
「三人!? 僕を入れても、大半の昼は二人で回すことになるじゃないですか! ワンオペ前提なのか?」
「私はワンオペでも全然構わないけど…………経営がピンチだと伺っているし」
「皇さん、僕が来た前提を忘れないでください。あれ、僕がそもそもそんなに出勤できないから、前提詰んでね?」
「忙しくなりそうですね!」
「(メッチャ嬉しそうな顔)」
ウキウキと、大きな仕事を任されたかのような社会人の顔を見せる。
水都がこれからのことに辟易していると、店の入口のドアが開く音が聞こえた。
「誰か来ましたね」
「よく聞こえましたね」
「生まれつき五感が鋭いんですよ」
二人が表に出ると、水都に見覚えのある女性が立っていた。
「すみません、ここで働かせていただく――――――ええっ!!」
「…………」
夕方に占った女学生だった。
「あら、お知り合いですか?」
「知り合いってほどじゃありませんが、まあ、不思議な縁ですねえ」
「さ、先ほどはありがとうございました」
「あなたも確か学生でしたよね?」
「ええ、そうです」
水都と乙羽はお互いに顔を見合わす。
とりあえず自己紹介をと口を開きかけたところで、再度扉が開く。
「こーんばーんわーーー!!」
ベッドで朝寝坊をしている人を起こすかのような声量で、挨拶を飛ばす。
扉を開けて間髪入れずに飛ばすものだから、三人は完全に不意を突かれた。
入り口近くに立っていた三人は、揃って耳を塞ぐ。
「うるさい」
反射的に水都がクレームを放つ。
よく見ると、顔立ちは幼く背も低い。
少女と形容しても間違いではない外見であった。
少女は分かりやすくハッとして、ほんの少しだけ抑えた声量で答える。
「ごめんなさーーい!」
水都は諦めてスルーする選択をするも、女学生が即反応した。
「もう少し声を抑えてください」
少女は両手で口を覆い、今度は極端に小さな声で謝った。
「(ワーカーホリックに元相談者に子ども……癖強すぎでしょ。バイト仲間ならともかく、このメンツに占いを教えるのか…………)」
「外も暗くなってきましたし、とりあえず手早く自己紹介でもしましょう」
乙羽が近くの四人席を指す。
少女が一番にトコトコと走って席に座り、女学生が少女の前に座る。
水都が少女の横に座って、乙羽が空いている女学生の隣に座った。
誰が最初に自己紹介をするかと様子を伺うまでもなく、乙羽がすぐに口火を切る。
「私は皇乙羽です。本業は企業務めなので、こちらでは休日と夜がメインになると思います。趣味は仕事とお酒!」
「トワさんは大人の女性! って感じでかっこいいですね!」
少女が屈託のない笑顔で言うと、乙羽は大人な微笑を浮かべてお礼を言う。
なかなかに対照的だが、少女のおかげで乙羽のクライアント感はだいぶ薄まった。
乙羽が隣に座る女学生に目配せをする。
「私は牛房二千花です。私は大学生なので、午後がメインになると思います。趣味は……映画鑑賞と」
一人目が趣味を持ち出したことで、自然と二人目も趣味を意識する。
少しでもみんなのことが分かればという乙羽の配慮だったが、さすがの手腕である。
二千花は言葉を止めて、水都を見た。
察しの良い水都は、その内容にすぐに気づく。
「ああ。別に気にしませんよ」
水都の言葉に、二千花は恥ずかしそうに絞り出す。
「う、占いです。始めたばかりで、趣味程度のものですけど。占いをやっているのに依頼してすみません……」
「牛房さんはすでに占いをされていたんですね。でも、どうして謝るのかしら?」
「占い師の中には、占い師のお客を断る人もいますからね。でも占い師だって人間ですから、占いを利用する権利はありますよ。それにカードを並べた時、牛房さんの表情がすぐに変わったので、知識があるんだろうなとは気づいていましたし」
「さすがですね…………これからご指導のほど、よろしくお願いします」
硬い。
最初の乙羽とは別のベクトルで硬かった。
水都はすでに知っていたので、「こちらこそ」と普通に返す。
「ムギはー、井手下夢義って言います! フリーターでーす!」
「「「え!」」」
「え?」
三人の素晴らしいシンクロに、よく分かっていない夢義が同じ反応を疑問で返す。
まさかの社会人発言は、さすがの水都も予想外だったようだ。
「君、何歳?」
「むー、レディーに年齢を聞くのはダメダメだと思うな―。でもよく聞かれるから許します。ちゅーちゅーだよ!」
テンション高く両手でピースサインを見せた。
二千花が唖然とする。
「わ、私よりも年上……」
「でも、若く見えるのは得よ。年を取れば取るほど、そのありがたみが分かるものだから」
「トワさんは今でもキレイですよー!」
悪意はない。
善意百パーセントなのだが、乙羽の胸に小さな針がぶっ刺さる。
乙羽の表情は変わらなかったものの、一瞬の間が二千花を慌てさせた。
「お、大人の女性って感じで素敵です!」
乙羽のこめかみがピクリと痙攣する。
女性は年の差を痛感したくないものである。
しかしスッと笑顔を見せて、
「あら、ありがとう」
大人の女性を貫いた。
「(きっつ)」
水都は経験で知っている。
女性の年齢と体重の話題では、とにかく気配を消すことが正解なのだと。
「こほんっ。出師さんの番ですよ?」
斜めとはいえ、対面で満面の笑みを向けられるのに若干の恐怖を感じた。
「あー、君たちに占いを教えることになる予定の、出師水都です。大学生で、趣味は人生、かな」
「そこは占いじゃないんですか?」
キツいとまではいかないが、二千花はぶっきらぼうともとれるテンションで問いかける。
「趣味で真剣に悩んでいる人の手助けはしないさ。勘違いしないでほしいですが、趣味で人を占うことを否定しているわけじゃないですよ。対価をいただき、切実に悩んでいる人を占う。これには、趣味以上の覚悟が必要です。君たちにはありますか?」
水都は、『君たちに占いを教えることになる"予定の”』と言った。
つまり、まだ確定しないことになる。
水都の高い温度感をすぐに察した乙羽は、社会人の顔になって口を開く。
「正直に言うと、私は副業になればいいなくらいしかまだ思っていません。このご時世、何があるか分からないので、手に職となる技術を得たかったんです。もちろん、やるからには真剣に取り組みます」
「正直にありがとうございます。副業目的は問題ありませんよ。占いに手を出すきっかけなんて、最初はそんなものです。趣味で試しに副業をやってみたら、思いの外うまくいって本業になる人だっていますし」
水都は、乙羽の横に座る二千花を見る。
「私は…………私のきっかけは、憧れからです。高校生の時、クラスで占いが流行りました。もっとも、私はクラスに馴染めなかったので、一人で本やカードを眺めているだけだったのですが」
中学や高校で占いが流行ることは少なくない。
現役占い師の中には、学生時代の趣味が講じてってパターンもわりとよく聞く話。
とはいえ、見様見真似で友だちとワイワイできず、眺めているだけで意欲が保てているのは珍しいかもしれない。学生にしては。
「ある時、勉強のために占いを依頼しました。占いをしている姿に憧れて、こんな占い師になりたいと思ったのがきっかけです」
心理療法士に救われて、心理療法士を目指す人がいる。
占いと心理療法士はまるで分野が違うものの、相談者側の心理は似たようなものだろう。
しかし、
「理想と現実は違うよ。かなり大変だと思うけど、覚悟はありますか?」
「分かりません…………でも、やってみたいです!」
厳しめの言葉に、二千花は真っ直ぐ水都を見る。
「オーケー。サポートするから、頑張ってね」
「はい! よろしくお願いします!」
「じゃあ最後に、井手下さん」
待ってましたとばかりに笑顔を見せる夢義。
しかし、そんな彼女から発せられた内容は、水都にも予想外なものだった。
「ムギはねー、おばあちゃんに誘われたから!」
「え? おばあちゃんって、オーナーのこと?」
「そう! 『うちのヒヨッコがお前さんを助けてくれるよ』って!」
魔女の声真似をしながらあっけらかんと言う。
あまりにも予想外な事実に、水都は額に手を当ててうなだれる。
時間にして五秒が経つと、諦めたような顔を上げた。
「あー、了解。一応確認するけど、真剣に打ち込むつもりはあるんですよね?」
「もっちろん!」
深くは聞かないことにした。
魔女と夢義の組み合わせは天敵すぎた。
「あ、ねえねえ! せっかくお友だちになったんだし、みんな名前で呼ぼうよ!」
「(友だちになるイベントなんかあったか?)」
と思ったのは水都だけだったようで、二千花と乙羽は分かりやすくテンションが上っていた。
「いいわね! 私、友人が少ないから嬉しいわ!」
「わ、私も賛成です」
どうやらボッチの集まりだったようだ。
かく言う水都も、友人と呼べる人は少ない。
「まあ、いいけど。ならどうせだし、敬語もやめません? 正直、僕は敬語があまり得意じゃないので」
水都は目線だけで乙羽に許可を求める。
「構わないわ。会社みたいに気を張らなくていいのはすごく助かる」
「わーい! ムギも敬語苦手―」
「私は敬語のほうが慣れているので、少しずつ崩していきます」
「話しやすいほうでいいよ。そういえば、二千花以外の二人はタロットとか持っているの?」
「私は水都くんに聞いてからにしようと思って、まだ買ってないわ」
「ムギも、おばあちゃんがてんちょーに聞けって」
「店長…………まあいいや。じゃあみんなで買いに行こうか。乙羽さんの休日に合わせよう」
「私はいつでも構いません」
「ムギもー!」
ボッチは予定を合わせるのが楽である。
「ありがとう。なら、次の土曜日はどう?」
「大丈夫です」
「りょーかーい!」
「オーケー。シフトの件は俺からオーナーに確認しておくけど、一応、みんなの今月の可能日時を教えてほしい」
さすがボッチ集団なだけあって、大学と仕事以外はほぼフリーだった。




