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ep.ⅩⅤ 皇帝の苦悩


 皇乙羽はキャリアウーマンを絵に描いたような人だった。

 趣味は仕事。

 恋よりも仕事。

 外見も中身も自分磨きを怠らない彼女は、そこにいるだけで多くの人の目を惹く。

 彼女を目の上のたんこぶに思う上司でさえ、その美貌だけは評価していた。

 だから余計に、苦労が増える。

 それでも心を保って戦うことを諦めない。

 それが後輩や部下の羨望を集めた。

 しかし過ぎた羨望は、やがて偶像へと変わっていく。

 あらゆる要因は偶像が起因していると思い込むのだ。

 人間、負の感情が溜まると、正の感情は生まれにくくなる。

 人の感情は扇動しやすいもので、そこに明確な悪意が混じれば孤立へと追い込まれる。

 だけど乙羽は、敵を作ることに躊躇いはなかった。

 セクハラやモラハラには辟易していたものの、仕事はぶつかり合うことで高め合うものと捉えていたからである。

 要領が良いようで、不器用な思考をしていた。

 だがオーナーとの出会いが乙羽を変える。

 オーナーは乙羽の性格を理解したうえで、新しい考え方を納得させるのがうまかった。

 オーナーは『なぜ』の説明がうまい。

 自身の記憶と当てはめると、容易に腹落ちする。

 だから自分の悪いところにしっかりと気づけ、改善しようと思えたのだ。

 それからの乙羽は、後輩や部下に好かれるようになった。

 時に厳しく指摘しながらも、陰口や幼稚な犯行をされなくなった。

 上司とは未だにぶつかるものの、評価をしてくれる上司も少なくない。


「おはようございます、水都くん」

「おはようございます、乙羽さん」


 喫茶・フールーの扉を開けると、いつものベスト着用のスーツ姿で背筋を伸ばした水都が迎える。

 オーナーとは似ても似つかない。

 不思議と安心感を与えてくれるし、無条件で信頼しようと思わせるところが似ていた。

 話していると共通点を感じることも多い。

 師弟というだけでここまで似るのかと思ってしまうほどに。

 乙羽は荒波に揉まれて乗り越えてきた社会人である。

 その人の発する意見に対して、どれだけ本気なのかという意志力を図ることは難しくない。

 水都はオーナーに似た発言をよくするものの、それは決して受け売りなどではなかった。

 長い経験を経て己で生み出した意見に、乙羽は思えてならなかった。


「オープンまであと三日。今日もご指導、よろしくお願いします」

「こちらこそ。二千花と乙羽さんは自宅学習も欠かしていませんからね。ただ学生の二千花はともかく、乙羽さんは休めてます?」

「占いは体を動かさないから休めているわよ?」

「あ、うん。そうでしたね」


 ワーカーホリックあるある。

 動き回らない仕事は疲れない。

 好きなことならメンタルも疲弊しない。

 脳疲労は甘いものを食べておけば大丈夫。


「二千花と夢義は少し遅くなるみたいなので、先に始めましょうか」

「私が一番なのはそういうことね」


 残業は少なめだが、普段は仕事終わりに来る乙羽が最後になりやすい。


「夢義ちゃんは兼業のバイトよね? 二千花ちゃんは?」


 夢義は趣味がバイトみたいなところがあり、いくつも掛け持ちしている。

 「世の中金だー」と言っていたが、なぜそこまで働くのかはみんな知らない。

 実は乙羽に負けないワーカーホリックであり、肉体労働しかしていない。

 「喫茶店は走らないから疲れないねー」なんてことを言っていた。


「ゼミのグループワークがあるみたいです。『大事な時に申し訳ありません』ってメッチャ謝られたから、明るく迎えてやってほしい」

「二千花ちゃんらしいわね。自宅学習もちゃんとしているみたいだし、体を壊さなければいいけど」

「まあ、忙しさは乙羽さんや夢義ほどではないにしても、一番壊しそうなのは二千花ですよね」


 追い込み型という、嫌な三人の共通点であった。


「とりあえず始めますか。せっかくマンツーマンができるのですから、この時間を有効活用しましょう」

「そうね。よろしくお願いします」


 乙羽はテキパキとタロットと本、ノートパソコンを出して席につく。

 水都はコーヒーと紅茶をそれぞれ淹れて、テーブルに置いてから席についた。

 乙羽はお礼を言うと、背筋を伸ばして空気を変える。

 スイッチの切り替えはさすがと言わざるを得ない。


「僕が教えた練習法はどうですか?」

「すごくやりやすいわ。アウトプットしながら頭の整理ができるから、まとめがすごくやりやすい。私は話しながらのほうがやりやすいんだけど、自分の細かいところを見直せると気づきがあっていいわね」

「さすがの分析ですね。乙羽さんは実践で成長するタイプだと思いますから、この練習法はある程度慣れるまでで大丈夫です。枚数の多いスプレッドにするなど、難易度が上がったり新しい試みをしたりする時に活用してみてください」


 水都が教えたのは、リーディング練習をする時の記録法。

 各カードの意味を単語や一文としてメモに書き、最後にそれらを文章化させたまとめを書く。

 複数のワードを視覚化して組み立てることで、リーディングの弱いところや組み立て方までも明確にする方法である。


「占い師になったら全案件を記録する必要があります。要点を把握して抑えるという意味でも、この練習は効果的なんです」


 乙羽はパソコン、二千花はスマホ、夢義は手書きで記録をとっている。


「乙羽さんは、初心者占い師が最初に目指す技術はなんだと思いますか?」

「うーん、正確性かしら? 水都くんの教えは感覚を大切にしているじゃない? 感覚を正しく言語化するのに私は苦労しているし」

「うんうん、ほぼ正解。一番重要で時間をかけなきゃ上達しないのが、リーディングスピードなんです。例えば新しい占い法を試したい、いろんなスプレッドを試したいとなってもリーディングスピードが遅ければ効率が悪いままです。でも逆に僕レベルまで早くなれば、いろんなことを試すことができるようになります」

「水都くんレベルなんて、少し前の私からしたらかなりのハードルに感じていたけど、今はいずれ到達できる気がしているわ」


 リーディングには、

 カードからイメージを読み取る

 ↓

 抽象的に言語化する

 ↓

 具体的に言語化する

 ↓

 複数のカードのリーディング結果をまとめる


「英語に例えると分かりやすいですね。一般的な日本人は、英単語を日本語に変換して、その日本語を組み合わせて文を読みます。早いリーディングというのは、英語を見て一瞬で日本語訳が浮かぶ状態のことです」

「そういえば昔に見た動画で、アップルはりんごじゃなくて、アップルだって教えている人がいたわね。変換していたら英語脳にならないって」

「ああ、そこは占いだとちょっと違いますね。おそらく夢義はそんな感じのリーディングになると思いますが、乙羽さんや二千花は違うかと。二人は現実的な観点で総合的な判断をするタイプですから」

「なかなか奥が深いのね」

「さっきの流れはあくまで、カード一枚一枚を読み取るだけの場合です。リーディングには、全体を見て総合的な判断が求められます。二人にはこの能力も求められますね」

「あ、全体と言えば、カードの色や数字なんかも意味があるって本にはあったわね」

「そうそう、そういうのです。でもそれらを意識的に取り入れようとすると、どこかこじつけ感が出てしまうんですよ。まずは、イラストからのリーディングが無意識レベルでできるようにまで引き上げます。そうすれば、他の要素に思考を割くことができますから」

「ちょっとずつ範囲を広げていく感じね。そうすれば最終的に、深堀りしたリーディングができるようになると」

「正解」

「水都くんはロジカルに説明してくれるから、すごく分かりやすいわ」

「ありがとうございます。リーディングそのものをロジカルに説明する人は珍しくないけど、学び方をちゃんと説明できる人って少ないんですよね。占い=感覚的なもの、という意識が強すぎるからだと思いますが」


 乙羽のリーディングそのもののスピードは早い。

 ワードとして抽出することもできている一方で、端的な結果として言語化している。

 頭の中ではもっと具体的なのに、心に刺さらない鑑定結果となる傾向にあった。


「乙羽さんは一度、実践を経験してもいいかもしれませんね。というより、実践の中で学んだほうがいいかも」

「こんな中途半端なのにいいの?」

「別に占いそのものは当てられていますからね。実際乙羽さんはリーディングスピードを除けば、その辺の占い師レベルには達しています。ここまで来たらあとは実践でなんとかなりますよ」


 いつも自信に溢れている乙羽でも、今回ばかりは物怖じけした様子を見せる。

 だけど水都が言うのだ。

 その信頼だけで、一歩引いた心を元に戻した。


「分かったわ」


 乙羽が決心を口にしたタイミングで、ドアのベルが鳴った。

 疲れた様子の二千花と、夜でも元気な夢義である。


「おはようございます、出師さん、乙羽さん」

「おはよーございまーす!! てんちょー、乙羽さんー!」

「二人ともおはよう。いいタイミングで来たね。そろそろ実践をしてもいい頃合いだと話していたんだ」

「実践…………ですか……?」

「おー、ついにムギもプロになるのか……!」

「しばらくは一日一人を担当に、ローテーションを組む形式で行う。ホール業もあるし、僕も近くでフォローするからね。すでに組んだシフトで考えると、乙羽さん、夢義、二千花の順だな」

「ということは、あと六日の猶予ですね」

「二千花はそうだな。だけど君は少し休みなさい。顔が死んでるよ」

「私は大丈夫です」

「大丈夫かどうかを決めるのは君じゃない」


 珍しく水都はピシャリと冷たく言い放つ。

 その温度感に空気が静まり、二千花は下唇を噛んだ。

 水都は表情を緩めて、ゆっくりと口を開く。


「君が頑張っているのは知っている。だけど本番はこれからだ。お客さんに心配させることになるぞ。それに、大学の授業も君にとって大事なことでしょ?」

「はい…………」

「占いの時に使う脳は、普段使わない領域なんだよ。人によっては、一日起き上がれなくなるくらい疲労することもあるんだ。二千花は意思が強いからごまかせているけど、それだと本番で確実にやられるよ」

「どうすればいいのでしょうか?」

「筋トレと同じで、しばらく慣らせば落ち着くよ。だけど筋トレだって毎日倒れるくらいに使い倒したら、慣れるもんも慣れないでしょ? 何事も適度にやらないとね。乙羽さんは自分のコントロールができているし、夢義は気が向いた時にしかやってない」

「昨日はやったよー」


 心外とばかりの主張が、水都の予想を裏付けていた。


「分かりました」


 頭では理解しているけど不承不承。

 そんな二千花を見て、水都は柔らかい笑みと共に言った。


「僕を信じろ」


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