ep.Ⅹ 皇帝と魔術師
「ふう」
水都と乙羽は明日のプレオープンの準備に勤しんでいた。
水都と乙羽が揃えば、最終チェックすら抜かりない。
「今日五回目のため息ですよ」
「わざわざ数えているの? 相変わらずね」
「無音で狭いですからね。息遣いすら嫌でも聞こえます。僕耳いいし」
「なんかいやらしいわよ」
「これでも従業員との距離感にはかなり気を遣っております」
「そういえば水都くんって、あまり胸を見ないわよね」
「…………どんな評価? 今から自慢しようとしてます?」
乙羽は二千花に秘訣を迫られるほどのボン・キュッなシルエットであり、常日頃から異性の視線を浴びている。
若い男性店長と聞いて真っ先に不安に思ったのが、異性問題だった。
しかし蓋を開けてみれば性に振り回される若者どころか、達観した青年ともおじさんとも感じられる男。
「僕は常々思うんだけど、胸って平坦な中に突起しているわけじゃないですか。出っ張っていれば誰でも無意識に目が向くと思うんですよ。太っているデベソな人がピッタリした服を着ていても、やっぱり注目すると思うんです」
「理屈は分かるけど、男の胸を見る目は違うわよ。見方が全然違うもの」
「ああ、女性はそういう違いも分かるって言いますよね」
「でも水都くんって、よく私たちの全身を観察しているわよね?」
「…………そういうのも分かるんですか?」
「いやらしい感じはしないけど、不気味な感じはするわよ」
「一応言い訳しておきますと、歩き方や立ち振る舞いを観察しているんですよ。そういうところでも性格が分かりますからね」
「でしょうね」
「謎の信頼をありがとう。ああ、悩みのタネはそれですか」
「正解」
乙羽のように仕事ができると、男社会に揉まれることは珍しくない。
ただでさえ女性というだけでアドバンテージを奪われ、精神的負荷はその辺の男社員よりも重い。
「セクハラでも受けました?」
「パワハラやモラハラはしょっちゅうだけど、セクハラだけは慣れないのよね…………」
「ハラスメントに慣れるというのがもはや問題ですね。大丈夫なんですか、その会社?」
「いずれは独立してやろうと思ってる。コネもある程度は築けているから、あとはタイミングね。ハラスメントが野放しになっても利益を出せちゃう企業だから、こっちも搾取できるだけ搾取する精神よ!」
「つえー。まあここが乙羽さんの癒やしになれれば幸いです」
「まだお店は始まってないけど、職場環境には満足しているわよ。みんな良い子たちだし、上司はハラスメントしないしね」
「基準が低い!」
「ふふ、冗談よ。いろいろと新鮮な職場で楽しいわ。占いという今まで触れたことのないジャンルを一から勉強できる楽しさもあるし。何よりも、水都くんからはいろいろと学べるもの」
「それはなにより」
基本的な研修はすでに行っており、今日は最後の確認程度のもの。
二千花以外は接客業務の経験があったことから、あとは自己流でうまくやろうというざっくりしたものだった。
オーナーに研修について確認をとったら、『客には最低限のマナーがありゃあいい。ムカつく客はぶん殴れ』とのことで、習うより慣れろ方針。
料理はオーナーの旦那さんである正義がメインで担当し、発注関係もオーナー夫婦が執り行う。
まさに占いをするためだけの職場であった。
二人は一通りの作業を終えると、練習も兼ねてコーヒーと紅茶を淹れて一息つく。
どちらも可もなく不可もなくといった評価のしようのない出来栄えだった。
「かなり自由にやらせてもらえるとはいえ、さすがに緊張するわね」
「そうですね。まあとんでもない非常識なことをやらかさない限り、オーナーからお叱りを受けることはありませんよ。あの人自体ぶっ飛んでますしね」
「お店でもああいう方なの?」
「占い師としても店主としてもあんな感じですね。裏表ないから意外に好かれるんだよなあ」
「水都くんに似ているじゃない。水都くんが似たのでしょうけど」
「否定したいけど、僕らは同じ考え方をしていますから」
「と言うと?」
「分かりやすくカッコつけて言うなら、嫌われる覚悟を持っていることですかね」
「あー」
管理職経験を持つ乙羽は、水都の言わんとしたことが瞬時に理解できた。
多くの人は嫌われることを恐れ、それがストレスに変わる。
本音と建前を意識し、調和を維持するために己を殺す。
管理職も嫌われたくないがために甘くなる人もいるが、ある程度嫌われる覚悟が必要だ。
しかし一方で、過剰ゆえにヤバいヤツ認定されることもあるから難しい。
「乙羽さんの場合、もっと難易度が高そうですけどね」
「そうねえ。私の現状は、強気に出ても弱気になっても標的になりやすいから。後輩や部下からは尊敬してもらっているけど、距離は感じるのよね」
「だいぶエグい状況ですね。プライドの高い人が多いんでしょうか」
「それはそうね。勘違いしているぐらいじゃないとやっていけないもの。離職率も相当なものよ」
「そういえば乙羽さんは、なぜ副業候補に占い師を選んだんですか? こう言ってはなんですけど、占いを頼るタイプじゃないですよね?」
「理由はいくつかあるわ。一つは、今まで触れたことのない分野だから。それとオーナーさんに惚れ込んだのも決め手の一つね。ああいう方の元で働きたいと思うのは、仕事人の性なのかも」
「僕が代わりですみませんねー」
「あら、さっきも言ったけど、水都くんから得られるものも多いと思っているわよ。今日の会話も普段話さないことばかりだし」
「そりゃどうも」
「ちょいちょい卑屈な感じはオーナーさんに似ていないわね」
「それは褒め言葉ですね」
たまに大人なのか子どもなのかが分からない時がある。
底の読めない感じはオーナーと水都は似ているが、水都からは一般人らしさが感じられる。
それは歴による器の大きさの違いなのかもしれないものの、乙羽には人間味が感じられて悪い気はしなかった。
「で、他の理由はなんです? その二つは決め手の要素であって、候補に選んだこととは違う気がします」
「正解よ。でもその理由も、オーナーさんがきっかけなのよ」
あの時の乙羽は、過去一で精神が参っていた。
仕事の失敗程度では挫けない乙羽でも、回避不可能なイジメによって仕事を失敗させられてしまったのである。
自身と物理的な限界にぶつかり、本気で転職を考えていた時だった。
営業回りという名のサボりを初めてした日でもある。
無心で何駅分かを歩いていた先だった。
お店が立ち並ぶ商店街の喧騒でふと我に返り、俯いた顔を上げた先にあったのが魔女の店だった。
青年がお客さんを見送る声で意識が引っ張られたことに気づく。
体は魔女の店に強く惹かれていたものの、窓から見える中の景色が異質すぎて、理性がストップをかけていた。
悩んでいると青年が声をかけてきた。
「ああ、そういうこともありましたねえ」
「全く覚えていなかったみたいね」
「自分のお客さんは覚えるんですが、普段は人を覚えるのが苦手なんです。それに、乙羽さんみたいなケースはたまにあるんですよ。ばあちゃんはたまに突然、僕に買い出しに行けって言うんです。あの店の占いは基本的に僕が担当しているんだけど、ばあちゃんが必要な時の合図みたいなものですね」
「それで、入るのに躊躇っている人を強引に引っ張り込むために買い出しに行くと?」
「まあそんな感じ」
魔窟とも表現できる店内に押し込まれ、青年も消えて乙羽は取り残される。
奥からしゃがれた声で「こっちにおいで」と、魔女が毒リンゴを渡してくるんじゃないかと恐れていた。
「普段のあんたなら私にビビることなんてないだろうに。相当参っているようだねぃ」
今思えば、まるで水都のように自分のことを見抜いたような発言。
しかしこの時の乙羽は警戒心が引き上げられ、自分が勝ち気そうな外見だという自覚もあったことから、まだ心を許してはいない。
「まだ仕事中なので、お酒以外は何がありますか?」
「水でいいさね。無理やり連れ込んでお金を使わせる気はないよ」
「ちょうど一息つきたかったので大丈夫です。珈琲があればブラックでお願いします」
「あいよ」
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