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ep.0 悪魔と魔術師

「うん、流れは悪くないですね。近く出会いはありますし、付き合うことも可能だと思います。少し時間がかかりますけどね」


 スーツに身を包んだ青年がカードを眺めながら、無意識に祈るように手を組んでいる女性に伝える。

 青年の言葉で眉間にシワを寄せていた女性の顔が、パアッと明るくなった。


「ただし!」


 青年は少しだけ声量を上げて、女性の注意を引く。


「あなたの言動が原因で失敗する可能性も示唆されています。自分の感情や考えを押し付ける傾向にありますね」

「はい。元カレにも、お前は頭が固すぎてつまらないと言われました…………」

「まずは、相手の意見を聞く意識を持ってみてください。意見を聞く癖がつけば、それだけで印象は変わりますから」

「…………」


 どこが悪いのか、自分ではよく分からないという顔を青年が察する。


「あなたを象徴するカードに、【女教皇】の逆位置が出ています。【女教皇】は未熟な部分があるものの、本質は優しい女性です。成長していけば、ちゃんと大人な女性になれますよ。人との触れ合いが、あなたを成長させてくれます。それにあなたの場合、自分に正直すぎるのが原因でしょうから、そこまで悪く捉える必要はありませんよ」


 『大人な女性』というワードに女性は反応し、俯かせていた顔を上げる。


「ありがとうございます。出会いはどこに行けばありますか?」

「厳密には、あなたの環境下で縁の強い人が現れる兆しがあります。一ヶ月以内に相手からアクション、またはきっかけとなるイベントが発生すると思うので、アンテナを張っておいてください。中には良くない人も現れると思いますが、占い結果以前に、あなたが惹かれた人を好きになってくださいね」

「分かりました! ありがとうございます!」


 店に入ってくる時はおずおずと。

 カードをシャッフルして並べるまではガチガチに。

 鑑定を終えて店を出る時はランランとしていた。

 占い師冥利に尽きる変化である。


「あのヒヨッコが成長したもんだ。すっかり様になったじゃないか」


 しゃがれた声ながらも力を感じさせる女店主。

 ただのカフェの店長なのに、スナックのママのような雰囲気が抜けない齢六十。

 常連客からは『魔女』と恐れられている。


「ばあちゃんよりは占い師っぽいと自負しているよ」


 先ほどまで占いをしていた青年、出師水都(いずしみなと)は、鑑定時の穏やかな雰囲気と打って変わって嫌味で返す。

 水都は脱いだスーツのジャケットを背もたれにかけて、カウンターに座る。

 ベストを着こなしている様相は、デキる社会人に見えなくもない。


「それにしては客が増えた感じしないけどね」

「それはこの店と店主に問題があるからだ。さっきの相談者も最初、ばあちゃんのほうしか見ていなかったからな」

「この店にビビって来られないなら、その程度の悩みってことさね」

「それには一部賛同するけど、ここの一歩は高すぎる。俺でも入らんよ」


 店内は、蝋燭を適当に並べた豆電球レベル(火事防止のため、蝋燭の形をした電気)。

 日の当たらない立地。

 電子タバコが充満した臭い(外では紙タバコを吸っているため、本人もタバコ臭い)。

 敬語を知らない店主。

 慣れれば気を使わなくていいから居心地が良いとは言うものの、ヤバい人たちの集会所と言われても不思議ではない。

 水都的には、先ほどの学生が入れたこと自体に驚いているくらいだ。


「占いの店っぽいじゃないか」

「黒魔術の店だよ。それに雰囲気作りを意識するって柄じゃないでしょ」

「うるさい子だね! それより、アタシのおかげでそれなりに様になったお前に話がある」

「ばあちゃん、何も教えてくれなかったじゃん。完全に独学だぞ」

「経験の場を提供したのは誰だい?」

「ありがとうございます!」


 水都は勢いよく頭を下げる。

 占い師にとって、占いの経験を積む場は貴重だ。


「アタシのカフェ二号店の話なんだが」

「いや、二号店の存在が初耳なんだが?」

「最近できたからね。だけどぶっちゃけ、このままだと潰れる」

「そりゃあここの運営を見たら、素人でも分かる未来だよ」

「二号店は普通のカフェだよ。ただ、従業員の癖が強くてね。客入りが悪いんだよ」

「ばあちゃんがオーナーだと、客が寄り付かない呪いでもあるの?」

「さっきから五月蝿いよ! とにかく、このままだとこっちも共倒れしそうだから、付加価値をつけようと思ってね。占い喫茶をやろうと」

「………………へえ」


 水都は表情を固めて絞り出す。

 その様子を見た魔女は、ニヤリとした。


「勘のいいアンタも分かったろ? 指導者として店長をやってもらう」

「…………占い経験は?」

「ど素人だよ。そもそも、いろいろとヒヨッコだ」


 水都は分かりやすく片手で顔を覆い、その状態で固まる。

 魔女はコーヒーを飲みながら無言で待つ。

 回答を待っているのではない。

 水都の性格を知っている魔女は、気持ちに整理がつくまでの時間をコーヒーで潰しているだけだった。


「いつか面倒事を押し付けられるだろうとは思っていたけど、絶妙なところを突いてくるとは。これは予想外だ。二号店の存在も意図的に隠していたな?」

「アンタも勘はいいが、アタシはそれ以上だ。師匠を舐めんじゃないよ」


 水都は訳あって、両親とは絶縁状態にある。

 そんな水都を育て、大学費用まで出しているのがカフェのオーナーだ。

 恩義を感じている水都としては、店が潰れると言われて断ることはできない。


「一つ聞くけど、従業員はどうやって選んだの?」

「アタシ自ら引っ張ってきたよ。文句あんのかい?」

「全く」


 前金と言わんばかりに出されたコーヒーに口をつける。

 あまりの不味さに顔をしかめ、二号店を出せた奇跡に、より眉間にしわを寄せる。


「いつから?」

「今」


 当たり前のように答える魔女に、今度は顔色一つ変えない水都。


「予想してた」

「当然さね」


 水都と、その周囲の運命が回りだした瞬間であった。

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