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レディレディー  作者: YB
8/20

#08 無機質ダイヤリー

 マリアのあたしにラヴィさまは手紙を渡して「よろしくね」って手を振った。

 そして、ラヴィさまは学園寮塔の反対にある文化塔へ正しい姿勢で進んでいく。

 放課後の学園宮殿の開放的な玄関口だった。

 あたしの隣に小動物のように控えていた丸顔のナルシアがほっぺを膨らませて赤くする。

「最近、ラヴィさまと仲良すぎない?」

 あの日の結奈のようなおかしな方向にヤキモチを抱くナルシアの頭を撫でて、早々に事態の鎮静化に努める。

「よしよーし、あたしの親友はナルシアだけですよー」

 くしゃくしゃとされたナルシアは「もうっ」とうなって、学園寮塔の方向へ逃げていく。

「ナルシア、待ってよ」

 あたしが石畳を蹴ると、いきなりナルシアが立ち止まるから、そのまま背中に鼻をぶつけた。

「いったあ‥‥急に止まらないでよ」

 あたしが鼻をおさえて文句を口にする。

 ナルシアはおかまいなしに遠くを見つめて突然、大声をあげた。

「アーフェン、今日はマリアちゃんと帰るから!」

 注目などものともせず、ナルシアはぴょんぴょん飛び跳ねる。

 遠くから彼の返事が聞こえて、満足そうに口角を釣り上げてナルシアが口にする。

「マリアちゃん、帰ろっか」

「‥‥機嫌が治ってよかったと思っておくよ」

 あたしの呆れた雰囲気にナルシアは「ん?」と首をかしげてみせた。

「なんでもない、なんでもない」

 あたしとナルシアは肩をひっつけ帰路を歩き始める。

 きまぐれな夕光がふりそそぎ、川面に反射して揺らめいていた。

「あのね、マリアちゃん」

 何千回と聞いたナルシアのあたしを呼ぶ声は耳にこそばゆい。

「なあに?」

 意識をしなくても、歩幅もペースも噛み合っている。

「今年の祝祭はアーフェンとまわってもいいかな?」

 神妙な表情のナルシアに、そういえば祝祭に参加するようになってから、いつも彼女と一緒だったことを思い出す。

「全然いいよ‥‥うん、とてもいい」

「なんか寂しいね‥‥私が言うのも変だけど」

「うん、変だ‥‥でも、大人になるってこういうことじゃない?」

「私たちって大人になれるのかな‥‥」

 キゾクにとって大人になることは、よく分からない未知の物事だった。

 この世界に大人は少ない‥‥あっちの世界を知っているあたしからすると、不自然なぐらい大人がいない。

 先生、寮長、店員、清掃員と、島の大人は限られていて、もっと言えばあたしたち以外の子供さえいない。

 島にいる限られた大人以外は──キゾクである16歳の少年少女しか、この世界には存在していない。

 そのことの違和感にみんな薄々程度には気付いてるようだった。

 でも、口にだしてしまうとホームシックのような心細さを感じる気がして、そのことを見ないように生活を送っている。

「そっか、ナルシアはあっちの世界の大人を知ったんだね?」

 ナルシアは歩みをやめてスカートの端を握る。

「うん‥‥結奈だった私には家族がいて、友達がいて、学校があって、将来とか不安に思っていて」

 あたしは肩を返して、ナルシアを見守る。

「私ってね、保育園の先生になりたいんだよ?」

「うん、知ってる‥‥ちっちゃい時からずっとだよね」

「マリアちゃんは声優になるんでしょ?」

「そうだね、高校を卒業したら声優の専門学校に進学するよ、きっと」

「マリアちゃんならなんでもなれるね」

「どうだろう‥‥声優の競争率えぐいからなあ」

「私はなれるかな、保育園の先生に‥‥」

 あたしは既視感に似た気味の悪さを覚え、風もないのに目が霞んでしまう。

 ここはキゾクのいる世界で、目の前にいるのは結奈じゃなくてナルシアだ。

「結奈のことより、自分の将来のことを考えた方が楽しいって。あなたはナルシアでしょ?」

 ナルシアが冗談を口にする時に浮かべる微笑みでこう言った。

「こんな夢のような世界に将来なんてないもん」

 漠然とした喪失感はマリアのあたしも感じていて、でもみんな“そういうものだ“と割り切って、キゾクであることを誇りに持って生きている。

 生きている‥‥だけ、だけど。

「マリアちゃん、ごめんね‥‥こんな話をしたいんじゃなかったのに。あのね、私ね、思い出した結奈の記憶をノートに書くようにしてるの。それでね、ノートを寝る前にね、読み直すの。そしたら、結奈だった頃の夢を見るの。昨日もね、文化祭の模擬店をね、アーフェン‥‥じゃなくて、あきら君と手を繋いでまわってね‥‥ラブラブ過ぎて私までドキドキしちゃってね‥‥」

 あたしは考える前に一歩踏み出して、ナルシアの腕を掴んだ。

「ちょっと待って! 文化祭って、それって‥‥」

「高校二年生の文化祭だよ? それがどうかしたの」

 あたしの視界は水中の中のように滲んでいって、心音がやたらと後頭部を叩く。


「だって、あたしたち──」


 ──まだ、文化祭まで十日もある‥‥。


 ナルシアが心配そうにあたしの顔をのぞき込んで口にする。

「だって‥‥?」

 あたしは首を横にふって、無理に微笑んでみせた。

「ううん、なんでもない、なんでもない‥‥もう暗いし帰ろうよ」

 ナルシアは怒られたすぐ後のようにしゅんとして頷いた。

 それから、二人に会話はなかった。


 結奈とナルシアが前世の記憶を語り始めてから、ずっと嫌な予感がしていたのだ。

 二人にとってお互いは過去の人物であり、それはつまり二人ともすでに死んでしまった経験があるということだった。

 これまでの二人の思い出した前世の記憶は、あたしの生きる時間と噛み合っていて、歩幅もペースも同じだった。

 しかし、ナルシアが思い出した記憶はついに、結奈が“まだ経験したことのない出来事“まで含みだしていた。

 嫌な予感がする、嫌な予感が。

 例えば、ナルシアが結奈のもっと未来の出来事を思い出して、それが不幸なことだとしたら‥‥。

 ──運命は変えてはならんぞ。

 ああそうか‥‥クロちゃんが忠告してくれていたのは、これのことだったのか。

 早朝の教室、自分の席で長い黒髪を撫でるが声は聞こえない。

 クロちゃん自身がこれ以上、あたしが何か知るのを拒絶しているようだった。

「おい、まりあ、顔色悪いぞぉ」

 目の前のデブスな安田がしかめっ面して不安そうな声で言った。

 あたしは「ごめんごめん」って、我に返って空っぽに笑ってみせる。

「ちょっと、ぼーっとしてた‥‥ってか、時間足りないよね。台本は覚えたんだけど、テンポとかニュアンスとか練習しないと難しいね」

 安田が坂下とやるはずだった『緊急地震速報のチャイム音がオッパピーだったら』をそのまま応用して、オッパピー以外のいろいろな芸人さんのギャグを交えて、それにツッコミを入れていく方式の台本に修正していた。

 安田が全力でギャグを披露して、あたしがそれにツッコミを入れていく。

「そうだなぁ‥‥ネタも実際に合わせてやったら、もっと調整しないといけないだろうしなぁ」

「じゃあさ、明日うちに泊まりにきなよ。そしたら、土日ずっと練習できるっしょ?」

 安田は腫れぼったいまぶたをメキョッってひらける。

「い、いいのかよぉ?」

「心配ないさー!」

「大西ライオンしなくていいから‥‥まあ、それぐらいしないと間に合わないよなぁ」

 安田が鼻先をポリポリとかいて言った。

「なら、決定ね。あとで、あたしんちの住所送っとくから」

「おう」

 気が付くと教室の席は埋まっていて、ガヤガヤと騒がしい。

 あたしが椅子を前向きに戻して、一息つくとこちらを向いている結奈が「むぅー」とわざとらしくほっぺを膨らませる。

「安田にまでヤキモチ妬かないでよ、漫才することになったって教えたでしょ」

「楽しそうでいいなって」

「でも、今年は文化祭一緒にまわれないね‥‥ごめんね」

 あたしが手を合わせて片目を閉じる。

「ううん、私もあきら君とまわる約束してるし‥‥なんだか、寂しいね」

 結奈は悲しげにそう言った。

「あのさ‥‥夢とか見る、最近?」

 あたしは喉の渇きを我慢して唾液を飲み込んで言った。

 結奈の記憶を刺激しないように、遠回しにそれだけたずねた。

「夢? 見てないなあ、すぐ寝ちゃうもん」

「そっか、だったらいいんだ」

 ちょうどその時、担任の先生が教室にやってきて、いつもの惰性で起立、礼、着席の声がかかった。

 結奈はあたしの質問になんの疑問も抱いた様子はなく、ナルシアのような思い詰めた空気もまとっていなかった。

 あたしは大きな問題を解いた時のような重圧からの解放を感じていた。

 クロちゃんが(‥‥フッ‥‥)って、鼻で笑った気がした。


「マリア、助けて欲しい」

 冷静なコルタナが冷や汗をかいて、無表情であたしの肩を掴んで離さない。

「どっしたの?」

 講義が終わり、いつも通り庭園でも散歩して帰ろうかと玄関口を出た時だった。

「あの妙な男とこれから会うことになってるんだが‥‥」

「へえ、うまくいってるんだ」

「バカなこというな、ずっと付きまとわれて迷惑してるんだ。だから、決着をつけたい」

 まるで死地に赴く戦士のようにコルタナは口にした。

 あたしはそういえば音楽室のバッハのような髪型をした男の子から、コルタナが逃げる理由を確認すると約束していたことを今さら思い出した。

「なんで逃げんの?」

 なので、そのまま疑問を口にした。

「僕は無機質だ、恋なんてしないし、理解もできない」

 コルタナが首を横に振り、無表情で渋い顔をする。

「じゃあ、なんでアクシデントに登録したの?」

 アクシデントは条件の見合った二人が偶然を装って出会うことができるシステムだ。

 つまり、恋を理解できないと宣言したコルタナも自分からアクシデントに登録したことになる。

「‥‥実はマリアが記憶を失くしているのをいいことに、アクシデントを利用してお前に近づこうとしたんだ」

「いや、あたし登録すらしてないけど」

「マリアの行動パターンから登録すると解析したんだ‥‥でも、そうじゃなかった」

「ちょっと待って、アクシデントに登録する時って出会いたい相手の条件も入力したはずよね?」

「そうだ、間違いなくマリアと完全一致する条件を入力したはずなんだ‥‥」

 あたしは「え、それって」と動揺を隠せずオロオロしてしまう。

 コルタナは何事もないかのように淡々と続けて口にする。

「それなのに、あの妙な男を紹介されてしまった‥‥どうやら、あいつとマリアの特徴はかなり近いらしい」

「どこがだよ!」

 あたしは腕を垂直に振ってコルタナの胸を叩く。

「かなり類似してると思うが‥‥」

 冗談のきかないコルタナが真面目にそう言った。

「いやいや、全然似てないでしょ!」

「そうか? どこまでも追いかけてくるところとか」

「あたしはストーカーみたいなことしないって!」

「誰にでも無礼な態度とか」

「これでもキゾクよ?」

「毛並みの良さもそっくりだ」

「あんなパーマーかかってないから」

 あたしが唇を尖らせて、異議を申し立てていると例の男の子が駆け寄ってくる。

「ジュ‥‥テーーーム!」

 クルクルの巻毛をふさふさと揺らして、こちらに手をふるバッハのような男の子が遠くから大声で叫ぶ。

「マリア、頼む‥‥同席して欲しい。借りにしてくれてもかまわない」

 すがりつくようにまばたきをするコルタナの願いを聞き入れないわけにはいかなかった‥‥なんか、かわいそうだったから。

「分かったって‥‥ってか、あたしってあんなんか?」

「あぁ、そっくりだ」

 普通にショックなんですけど。


 放課後の庭園、多様な花を背景にしてガーデンテーブルに座るのは、あたしとコルタナと名前がやたら長い通称バッハ君。

 あたしは仲人のように手を叩いて、「さてさて」と口にする。

「それではお互い簡単に自己紹介でもしてもらおうかしら‥‥オホホ」

 お節介なおばちゃんのような口調を心がける。

 どうせなら、この出会いが少しでもいい思い出になって欲しい。

 バッハ君が背筋を伸ばして、オペラでも始めてしまいそうな勢いで声を上げる。

「ジュ‥‥テーーーム。私の名前は──」

「あ、名前はいいです、覚えられないので」

 あたしがバッハ君を制して指を回して「巻きで」と合図を送る。

「うむむ‥‥今日は時間を頂き感謝ですぞ」

 納得のいかない表情でも、バッハ君は素直に引き下がって会釈した。

 あたしはコルタナに視線を送って、「オホホ」と微笑みかける。

 コルタナは無表情に緊張した面持ちで口を開ける。

「僕はコルタナ‥‥こちらこそよろしく願う」

「自己紹介が済んだところで、今日はお日柄もよろしいですこと‥‥」と、あたし。

「それよりもコルタナ嬢に詩を書いてきましたぞ!」と、バッハ君。

「もう、僕にかまわないでくれ!」と、コルタナ。

「まあまあ、お花が綺麗ですわね‥‥オホホ」あたし。

「麗しきコルタナ嬢、その麗しき瞳も、その麗しき唇も、あぁ麗しい」バッハ。

「お前には本気で迷惑しているんだ」コルタナ。

「流行りの本は読みましたかしら?」あたし。

「ジュ‥‥テーーーム! コルタナ嬢にプレゼントがありますぞ!」バッハ。

「そもそも、僕は女でもなければ男でもない、ただの無機質なんだ!」コルタナ。

「紅茶のお加減はいかがかしら?」あたし。

「奮発して私の領土を半分差し上げますぞ!」バッハ。

「僕は恋なんてしない、というか分からない、理解できない!」コルタナ。

「デザートも美味しいですわよ」あたし。

「領土なんていくらあっても困りませんぞ!」バッハ。

「恋だの愛だの、人間のそういうとこりにはうんざりだ!」コルタナ。

 あたしはテーブルを思いきり叩いて、立ち上がって怒鳴りつける。

「ストーップ! あんたら、他人の話を聞きなさいって!」

 ビクッと驚きこちらを見るバッハ君と、状況が飲みこめていない無表情なコルタナ。

 あたしは大きなため息をついて、いつもの口調に戻してこう話す。

「どっちもどっちよ! まず、コルタナ‥‥謝ることがあるんでしょ?」

 コルタナが「ああ」と頷き、冷静に口にする。

「僕は出会いを求めてアクシデントに登録したわけじゃないんだ‥‥すまない、だからこの出会いはなかったことにして欲しい」

 あたしはバッハ君を促すように見つめる。

「こういうことだけど、あなたはどうしたいの?」

 バッハ君は迷うことなくすぐに返答する。

「私の気持ちは変わりませんぞ!」

「だってよ‥‥コルタナ、あなたの素直な気持ちを言葉にして伝えてみて」

 コルタナはあごに指をあて少し間をおく、そして。

「君の気持ちは受けとれない‥‥僕はストレンジレットと戦うために作られたんだ」


 肩をしょんぼり落とすバッハ君の背中を見送って、あたしとコルタナは横並びで一息ついた。

 この世界にいないはずのカラスの鳴き声が聞こえてくるような哀愁漂う背中だった。

「ねえ、コルタナ‥‥戦いのことは分からないけどさ、もう少し余裕があってもいいんじゃない?」

 あたしよりも頭ひとつ高い長身のコルタナが淡々と口にする。

「余裕がないのは僕じゃなくてこの世界だ」

「明日、世界が終わるとしても、コルタナ次第で恋ぐらいできるんじゃないかしら」

「僕は恋なんてしない、そう作られていない」

 あたしはコルタナのマジカルラブリーを見つめる。

「‥‥0%か。こんなの初めてだな」

 女の子は好きな人がいなくても、恋をする生き物だ。

 だから、0%なんてありえないはず‥‥なのに。

「あたしはコルタナが無機質だなんて思わないよ、いつかきっと分かるよ、恋」

「そんな日がきたらいいな」

 抑揚のない彼女の言葉は周囲を冷ましてすぐに消えていった。

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