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レディレディー  作者: YB
6/20

#06 スマイルでうたって

「祝祭で歌をうたいたいの」

 長月に宛てた手紙をあたしに手渡し、ラヴィさまはそう言った。

 教会での振る舞いについての講義が終わった後のだだ広い講堂だった。

 ステンドガラスから真横に日差しがのびて、塵を反射させていた。

「とても素敵、絶対に見に行くよ」

 あたしは手紙を受け取って口にした。

 ラヴィさまは普段と変わらない様子で、燃えるような瞳をあたしに向ける。

 あたしは気が気じゃなかった。

 最初から結ばれるわけがない恋を、目の前のキゾクの女の子がどう考えているのか想像もつかなかったから。

「大丈夫よ」

 ラヴィさまは女神のような罪を知らない唇をそり返して漂わせる。

 その唇で愛をささやかれてしまったら、あたしは瞬く間に恋に落ちるだろう。

「それでね、マリアにお願いがあるの」

 あたしは思わず心臓を抑えつけて返事をする。

「何?」

「祝祭でうたう歌を弥生と一緒に作りたいの」

 おかしな緊張と、突拍子な願いにあたしは首をかしげる。

 ラヴィさまはあたしの反応を予想していたように「ウフフッ」って微笑む。

「私が詩を書いて、弥生がピアノで曲をつけるの。もちろん、マリアに世界を渡してもらってね」

 ラヴィさまはそう言ってあたしの手を握った。

 ‥‥彼女の手は熱の膜を張り、小さく震えていた。


 まりあのあたしは帰りのホームルームが終わると、すぐに隣の教室へ走ってむかう。

 カバンにちょうど手をかけた弥生を見つけると同時に声をあげる。

「弥生! ちょっといい?」

 弥生はビクッと肩を上下に動かし、驚いて目を見開く。

「えっ、いいけど‥‥どうしたの?」

 あたしは弥生を無理矢理立たせて、後ろから押した。

「ラヴィさまからお願いされてね‥‥弥生に曲を作って欲しいんだ」

「えぇ?」

 弥生は状況を飲み込めず、間抜けな顔であたしに身を委ねた。


 ここは学園宮殿の文化塔にある声楽室だった。

 透明な白のレースが冷たい風に揺れていた。

 いくつかのスタンディングテーブルと、絵柄のはいったチェンバロが置いてある広くも狭くもない部屋だ。

「弥生はどうかしら?」

 テーブルに腕を乗せたラヴィさまが美しい声で言った。

「今、『ひゃぁ』って叫びながら音楽室まで移動してるよ」

「ありがとう、さてどんな詞を書こうかしら」

「考えてないの?」

「ええ、こういうのは勢いが大切だから。弥生の意見も取り入れたいしね」


 音楽室のピアノの蓋を開けて銀盤に指を置いた弥生が口にする。

「うぅ‥‥私にできるかな」

 弥生は自信なさげにジャララランと音をだしてみせる。

 ピアノの近くには軽音部が使用しているドラムギターベースの一式が並んでいた。

 あたしは弥生のすぐ隣に立って、両眉を上げて口にする。

「ピアノ好きじゃないの?」

「どうなんだろ‥‥私、ずっとピアノ習っていてね。でも、先生がすごい厳しい人で、発表会で失敗すると怒られるの。そんな私をお母さんは呆れた顔で見ていた‥‥ずっと、恐かった。だから、私はもう人前ではピアノを弾かないって決めたの」

「その誓いを今だけは破って私のためにピアノを弾いて、弥生‥‥って、ラヴィさまが言ってるわ」

「うん、弾くよ。だって、長月を好きになってくれた人のお願いだから」

「私たち友達になれそうね?」

「はい、なれると思います」


 あたしの将来の夢は声優になること。

 声優になるために、声帯模写だってずっと訓練したきたのだ。

 まりあのあたしはラヴィさまの声を。

 マリアのあたしは弥生の声を。

 真似して、世界を渡して言葉を伝える。


 ラヴィさまは紙のうえに万年筆を走らせて、詞を形にしていく。

 いつも堂々と振る舞う彼女からは想像もできない、繊細で丁寧な作業だった。

「こんなところかしら‥‥弥生、読みあげるから聞いてね」

「はい」

 ラヴィさまは喉に一度触れてから、慎重に口にする。

「愛らしき人よ 9月の木漏れ日よ 処女の日々を恋しく思い 寝室に導いて」

 弥生は目をパチクリさせて、紅葉のように顔を火照らせた。

「‥‥ごめんさい、私には刺激が強すぎて、恥ずかしいです」

「あら、残念ね」

 ラヴィさまは困ったように腕を組んで、周囲を見渡した。

 そして、あたしと目が合うと、何かを企むようにニコリと笑って見せた。

「今度のはきっと、弥生も気に入ってくれるわ」

「お願いします!」

 ラヴィさまはサラサラと詞を書き、今度はリラックスした口調だった。

「いつも笑っているよね そんな風にされると 心配事もなくなるわ」

 聞いていた弥生が銀盤に指を置いて、大きな深呼吸をした。

「はい、これなら大丈夫です」

 弥生がピアノを弾いて、ラヴィさまの詞にメロディを重ねる。


  いつも笑っているよね

  そんな風にされると

  心配事もなくなるわ


「ブラボー! 弥生、とても素敵なメロディね。じゃあ、続けるわよ」

「はい、ラヴィさまの詞も最高です!」


  いつも励ましてくれるよね

  そんな風にされると

  こっちまで笑えてくるわ


 ラヴィは詞を読み上げて、弥生がピアノを弾いて歌にする。

 そして、4人で同時に歌うたう──重なる。

 重なるから、声楽室と音楽室の空間も重なりだす。

 時間も場所も、世界さえも重なって曖昧になっていく。


  みんなあなたが大好き

  あなたが思う何倍も大好き

  だからそのままでいて

  調子のいいあなたでいて


 弥生の歌声につられて、音楽室に3人の男子生徒がやってきた。

 あたしたちと同じ学年の軽音部の男の子だ。

「おー、まりあじゃん」

 茶髪の騒がしい一人がそう言った。

 あたしは「しーっ」って人差し指を唇に当てる。

 その間も弥生のピアノは鳴り続け、彼女は乱入者に関心も持たない。


 声楽室にも3人のキゾクの女の子がやってきて、ラヴィさまの歌声にうっとりと耳を澄ませる。

 ラヴィさまも紙と万年筆と歌に集中して、見向きもしない。

 あたしは二人の集中力にあてられて、楽しくなって体を揺らしてしまう。


「さあ弥生、合わせて歌いましょう!」

 詞を書き終えたラヴィさまが髪をかき上げ両手を広げる。

「はい、ラヴィさま!」

 弥生が指を鳴らして、鋭利な目つきになる。


 軽音部のクールな男の子が「いい歌だな」ってつぶやいて、フォークギターを抱えて鳴らす。

 すると、残り二人も「いいね!」と言って、ドラムとベースを奏で始める。

 声楽室ではキゾクの女の子の一人が「わたくしたちもご一緒してよろしいかしら?」とラヴィさまに問いかける。

「えぇ、喜んで!」

 ラヴィさまが詞を書いた紙を差し出して、キゾクの女の子たちは緊張した表情で首を振ってリズムを作る。


 あたしは揺らした体を音楽に乗せて、二つの世界の境界線になるように努める。

 弥生とラヴィさまの歌声が響き、ギタードラムベースが三原色の音を奏でて、バックコーラスが支える。

 これは、セッションだ!


  いつも笑っているよね

  そんな風にされると

  心配事もなくなるわ


  いつも励ましてくれるよね

  そんな風にされると

  こっちまで笑えてくるわ


  みんなあなたが大好き

  あなたが思う何倍も大好き

  だからそのままでいて

  調子のいいあなたでいて


  みんなあなたが大好き

  あなたが思う何十倍も大好き

  だからそのままでいて

  笑顔の素敵なあなたでいて


 弥生が腰を浮かせて、高らかな歌声を叫ぶ。

 乱暴にピアノを叩いて、溜め込んだ全ての感情を音楽にぶつける。


  晴れるや 晴れろや

  もしも泣きそうになったら

  すぐに飛んでいくよ

  ラララ ララララ

  今度はわたしにはなしてよ


 ラヴィさまがタン・タタンのリズムで手拍子を鳴らして、右手を振り上げ縦に波打つ。


  晴れるや 晴れろや

  もしも動けなくなったら

  背中をおしてあげるよ

  ラララ ララララ

  今度はわたしにはなしてよ


  みんなあなたが大好き

  あなたが思う何百倍も大好き

  だからそのままのあなたでいて

  笑顔の素敵なあなたでいて

 

  みんなあなたが大好き

  みんなあなたが大好き‥‥


 歌声がひいて、余韻を残したピアノの最後の音が透明になって消えた瞬間。

 セッションに参加していた少年少女は、世界を越えた歓声を上げて、空気の鼓動を叩く。

 キゾクの女の子たちとラヴィさまは円陣みたく肩を組み、「最高でしたわ!」とお互いを称え合った。

 音楽室ではフォークギターのクールな男の子が歩みだし、興奮冷めない弥生の肩を叩く。

「あんま時間ないけど、文化祭のバンドでキーボードやってくれないか?」

 汗で濡れた弥生は「えぇ!」と、稲妻のような目つきで狼狽する。

「あんたすげえいいよ」

 男の子は弥生の自信のなさをすでに見抜いているようだった。

 弥生はチラリとあたしを見つめる。

 あたしは知らんぷりをして腕を伸ばす、自分で決めなさいって。

 弥生は搾りかすのような声でこう口にする。

「‥‥こんな私でよければ、やってみたいです。文化祭のバンド」

 男の子は「よろしく」と言って右手を差し出した。

 焦った弥生がスカートで手を拭って、左手を差し出す。

 二人の手がつながって、あたしは“この恋はうまくいく“って予感がする。

「ついでだし、まりあも一緒にやろうぜ」

 茶髪の男の子が軽いノリで誘ってくる。

「パスパス、祭りは食べる・楽しむ専門だから」

 声楽室でもキゾクの3人組が「マリアも一緒に祝祭で歌いましょう」って誘ってくれる。

 あたしはこっちでもあたしなので。

「遠慮しとく、祭りは食べる・楽しむ専門だから」

 同じトーンでお断りする。

「そう、残念ね」

 ラヴィさまの真っ直ぐな瞳に涙が浮かんでいた。

 あたしは何も言わず、ラヴィさまの肩を抱きしめる。

「‥‥あきらめてないんでしょ?」

 あたしはラヴィさまの耳元にささやきかけた。

「‥‥うん」

 彼女らしくない弱々しい返事だった。

 いつもの強い彼女に戻るもう少しの間だけ、今はただ抱きしめるべきだと思う。


 長月へ

 私も弥生の友達になれると思います。

 だから、心配しないでください。

 弥生にはマリアだけじゃなく、

 私もいます。

 長月は無くなりません。

 無くならないように、

 私が泣き続けます。

 だから、泣くなら無い。

 泣くなら無い。

 まだ思い出にしないでください。

 この恋を終わらせないでください。

 長月のこと

 心の底から愛しています。

 手紙だけで十分です。

 だから、だから、

 無くならないでください。

 手紙だけでいいのです。

 ラヴィ


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