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レディレディー  作者: YB
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#04 三月のセプテンバー

 マリアのあたしが学生寮塔の自室で、淡い照明を頼りに本を読む。

 講義が終わり、それぞれ自由に食事を済ませてからやることといえば本を読むこと。

 この意図してデジタルを排除したキゾクの世界では、娯楽は限られていた。

 その代わり、キゾクはよく喋る。

 喋ることを目的に生きている。

 礼儀作法は喋るために必要な倫理であり、本は喋るための話題であった。

 無限に存在する本には感じとれない作られた流行があって、流行りの本は書店に行けばすぐ目のつく場所に置かれていて、カウンターのキゾクの店主に「もらっていきます」と一声かければ手に入る。

 お金のない暮らしには、歳を重ねるごとに違和感を大きくしてしまうけど、この世界は平穏を繰り返していて、そういう光景が当たり前だった。

 流行の本はどれも面白いものばかりで、眠るのを忘れて夢中になってしまう。

 あっちの世界では、アニメとバラエティ番組ばかり見ているあたしが、こっちではたくさんの本を読む。

 お買い得だ、これは、って思う。

 ほほ杖ついて、本のページを3度めくると部屋のドアがコンコンって二回鳴った。

 あたしはお気に入りの栞を挟んで、「どうぞ」って声をあげる。

「マリアちゃん、少しいいかな?」

 花柄のパジャマ姿のナルシアは、困り眉で部屋にやってくる。

 あたしは備え付けの丸い椅子を差し出した。

「おいで、どうしたの?」

 キゾクならこういう時、お茶でも淹れてもてなすのが礼儀なんだけど、あたしはめんどくさいからやんない。

「あのね‥‥」

 ナルシアは丸い椅子に座り、弾けるシャボン玉のように口にする。

「恋人ができたの! もう、運命なの!」

 窓の外はおぼろ月夜で、虫の鳴き声のない静寂だった。

 あたしとナルシアは音の出ないハイタッチを交わして、そのまま手を繋ぐ。

「庭園のベンチで一緒にいた優しそうな彼でしょ?」

 あたしが高揚した瞳を輝かせてそう言った。

「うそっ、見られてたの?」

「うん、超お似合いだった‥‥あたしも、運命だって思った」

「うぅ‥‥恥ずかしいなあ。でも‥‥嬉しい」

「彼の名前を教えてよ」

「アーフェン‥‥私が落としたハンカチを拾ってくれたの」

「よかった、蛇に噛まれたところを助けてもらうとかじゃなくて」

 ナルシアは小粒な瞳を驚きに大きくする。

「ええ! アクシデントってそんな出会いもあるの?」

「あるある、笑えるのはね、熱々のスープをぶっかけられて喧嘩から始まる出会いとか」

「‥‥よ、よかった。ハンカチ落とすだけで済んで」

 あたしはフフッって笑みをこぼして、足を組んでみせる。

「ねえ、アーフェンのどこを好きになったか教えてよ」

 ナルシアはほっぺを火照らせて「うん」って内緒バナシをするようにコソコソと口にする。

「あのね──」

 今晩は本を読まず、ナルシアと夜更かしをすることになりそうだ。

 ぬるめの紅茶でも淹れようかなって、ナルシアののろけ話を聞きながら考えていた。


 虹蛍高校の屋上はちょっとした公園みたいに緑がたくさんあって、昼休みになるとお弁当箱を持ち寄って、花壇の脇に座りお喋りがはずむ。

 オドオドした弥生が二重人格について赤裸々に告白すると、神妙に聞いていた結奈は小さな鼻をぴょこつかせてこう言った。

「羨ましいなあ、私ももう一人いないかな」

 あっけらかんと結奈が口にするもんだから、弥生はパチクリとあたしを見つめた。

「結奈はずっとキゾクのあたしの話を聞いていたから、こうゆうのに耐性があるの」

 結奈と長月は相性が最悪だけど、弥生となら仲良くできると確信していた。

「うん、弥生ちゃん‥‥昨日はごめんなさい。変なことしちゃって」

 結奈が花壇レンガから立ち上がって、スカートを手で押さえて頭を下ろした。

 釣られて弥生も立ち上がり、必死に首を横に振る。

「いや‥‥全然‥‥大丈夫です‥‥謝らないでください」

 あたしも立ち上がり、二人の肩をポンポンと叩いて「まあまあ」と口にする。

「別に仲良くなれとは言わないけど。もう、めんどうなことはなしね‥‥結奈いい?」

「はい、でもこれからは3人一緒だと嬉しいです」

 しゅんと気まずそうに結奈が言った。

「あきらがやきもち焼くんじゃない?」

 あたしがそう口にすると、弥生がビクッと肩を震わす気配がした。

 結奈ムッと眉間にシワを寄せてこう口にする。

「あきら君と同じぐらい、まりあちゃんも大切なんだもん」

「うん、そうだったね‥‥あたしもごめんね」

 そして、あたしは弥生に勝ち誇った顔で問いかける。

「ってことで‥‥長月、これで一件落着。あなたも納得してね」

 弥生が「うん」って頷いて、まぶたをゆっくりと閉じ、次開くと長月に変わった。

「フンッ‥‥弥生がいいなら、俺はもう関係ないね」

 弥生の豹変を目の当たりした結奈は「本当だ」ってぼそっと呟いた。

「そうそう、弥生から聞いてる? 長月に紹介したい人がいるんだけど」

「俺はこんなんだから、何もできないぜ」

「長月って男の子でしょ?」

 あたしが凛と口にすると、長月がたじろいで目を細める。

「そんなこと初めて言われた」

「まあ、そうでしょうね‥ ‥嫌なら断ってもらってかまわないんだけどね。“不思議な人“って聞いて、真っ先に長月のことが浮かんだの」

「その‥‥キゾクの人は俺みたいなのでいいのかよ?」

「もちろん! ラヴィさまもきっと長月を好きになってくれるよ」

 長月は鼻先をかいて、首をまわして地面を見つめたままこう言った。

「‥‥まりあには迷惑かけたし、弥生が仲良くしてもらってるし。俺でよければやってみるよ」

 あたしは長月の手をとって、微笑みかける。

「ありがとう、ラヴィさまも喜ぶわ」

 チャイムが鳴り響いて、昼休みが終わる。

 冷気を帯びた潮風が、膝を撫でていった‥‥夏の終わりを悟った。

 そして、何かを連れ去ってしまいそうな秋がやってくる。


 ランチを食べ終えたマリアのあたしは、食堂を後にして庭園に移動していた。

 午後からのお茶会の講義は、その名の通り誰かを誘ってお茶を飲みながら、お喋りをするだけの実にキゾクらしいな内容だった。

 天井がとんでもなく高い位置にある廊下を歩いている。

 今日はあたしのすぐ隣を脳ちゃんが浮かんでいた。

「脳ちゃんって、いたりいなかったりするよね」

 スカートを揺らしながらあたしは言った。

「そりゃあ、マリアも付きっきりだと嫌になるでしょ?」

 脳ちゃんは空気を震わせ、さも当然のように言った。

「えー、あたしはいつも一緒でもいいのに」

「あのね、他の生徒にわたしは見えないの。虚空見つめて、一人で話す女の子なんてキモいって」

「みんなに脳ちゃんのこと紹介するよ、あたしのママですって」

 あたしがからかうように言った。

「マリアにはこの世界で、普通に生きていて欲しいの。ただでさえ、突然髪が伸びて、ステルスを見破るし、もう一人の自分がいるとか言ってるし‥‥本当に大丈夫なの?」

「クロちゃんは取り憑いてるだけで、何もしてこないし。もう一人のあたしは、生まれた時からずっとだから慣れっこだよ」

 脳ちゃんはため息を吐いて、呆れた声色で口にする。

「体に異常があったら、すぐ知らせてね」

「了解です」

 ベジータのような二本指の敬礼で返事をする。

 そうやって二人で歩いていたら、ベジータのように壁に背中を預けてこちらを伺うコルタナがいた。

 相変わらずの長身、短い髪は清潔感があって彫刻のような無機質な美しさを醸し出している。

「あ、コルタナ、どうしたの?」

 近づいて、あたしが気さくに話しかける。

 コルタナは「やれやれ」と洒落てる動きで、こちらを向いて冷たい眼差しでこう言う。

「996番‥‥マリアから僕の意思は聞いただろ? そろそろ、返事を聞かせてくれないか?」

 脳ちゃんが「え?」って素っ頓狂な声をあげる。

「あっ、ごめん」

 あたしは手を合わせて、笑って誤魔化しながら口にする。

「伝えるの忘れてた‥‥えっと、なんだっけ?」

 コルタナは表情を変えず、目を細めるだけだった。

「‥‥お前はいつもそうだった」

 脳ちゃんが気の毒そうに口にする。

「マリアだもん‥‥コルタナもこの娘みたいに、この世界を楽しめば?」

「僕はストレンジレットと戦うために作られたんだ‥‥こんな仮初めの世界なんてうんざりだ」

 棒立ちでも絵になるコルタナが淡々と言った。

「シオンは一人で戦うつもりでしょ。マリアやわたしのように‥‥コルタナにも戦って欲しくないとか言い出したんでしょ?」

「残念ながらその通りだ‥‥996番からシオンを説得してくれ。僕はあがきたいんだ」

 脳ちゃんは少し沈黙してから、ゆっくりと答えた。

「わたしもコルタナも、シオンには逆らえない‥‥でしょ?」

 コルタナが長い足でこの場を離れていく。

「もう時間は残されていない」

 カツ、カツ、カツと足音はとんでもなく高い天井に飲み込まれていく。

 脳ちゃんは何も話したくないようだった。

「泣かないでよ、脳ちゃん」

 あたしが、それだけ口にした。

「バカ‥‥脳みそは泣けないのよ」


 庭園に到着する頃には、脳ちゃんはいなくなっていた。

 きっと、脳ちゃんにとってあたしは足枷みたいなもので、なぐさめに行っても辛い思いをさせるだけだって分かってしまった。

 脳ちゃんもコルタナもあたしの知らないあたしを知っていて、でもそれを教えたくないようだった。

 あたしはそんな二人に強烈な懐かしさを覚えていて、他人のような気がしないから、やっぱり何かあるんだと思う。

 こういう時は、待つべきだ。

 待って、秘密が小瓶をあふれて零れる瞬間まで待つべきだ。

 自分のことでも、不用意に追求してしまえば友達を傷つけてしまうことがある。

 脳ちゃんもコルタナも‥‥そして、シオンって人もあたしを大事にしてくれていることだけは理解できる。

 今はそれだけで満足しよう。

 あたしが自分に言い聞かせて、鼻息を吐き捨てると、唐突に後ろから抱きしめられた。

「マリアを憂いさせるのは誰かしら? 嫉妬でこの身が焦がれそうよ」

 ラヴィさまの吐息が耳にかかって、鳥肌が立つ。

「もう、ラヴィさま、いい匂い過ぎてドキドキするって」

「今日は胸にすみれの香り‥‥花嫁の匂いをふってみたの」

 ラヴィさまが尻下がりな甘い声でそう言った。

「もーう!」

 あたしはぐったりとして、言い返す気力もままならない。

 ラヴィさまの熱に当てられると、このまま彼女に食べられても許してしまいそうになる。

「食べないわよ、熟した果実でも懐に隠して、可愛がりたいの‥‥マリア、お茶しましょ?」

 ラヴィさまにそのまま首を掴まれて、強引に引きずられていった。

 首元は弱いので、勘弁してほしい。

 多種多様な花園を背景に、真っ白なガーデンテーブルにあたしとラヴィさまは腰を落ち着かせる。

 ラヴィさまは準備してあったポットからお茶を注いだ。

「さて、堅苦しいマナーは忘れましょう。心が通じ合えば、礼節なんてただの通過儀礼でしょ?」

 ラヴィさまは真実を告げるようにそう言った。

 あたしはカップのお茶に一口つけて、「おいしい」って感想を残し続ける。

「不思議な男の子を紹介できるんだけど。その子は違う世界にいて、絶対に会うことはできないの」

「二人いるマリア‥‥私は半信半疑だけど?」

「半分も信じてくれるなんて、ラヴィさまは物好きね」

「フフッ‥‥いいわ、続けて」

「会うことはできなくても、手紙なら想いを伝えられるんじゃないかって」

「違う世界に手紙が届くポストなんて、どこかにあったかしら?」

「あたしが手紙を預かって、代筆して届けてあげる‥‥あ、あたしも手紙を読んじゃうことになるんだけど」

「かまわないわよ、マリアにだったら裸だって見せられるわ。それで、一番重要なのは相手の殿方よ」

 ラヴィさまは挑発的な悪魔のように微笑んでみせる。

「違う世界といっても、男でしょ? 退屈な男なんてもう飽き飽きなの。マリアはどんな男を紹介してくれるのかしら?」

 花園が枯れてしまいそうな重圧を受けても、あたしは不敵に笑ってみせる。

「長月って名前の男の子でね‥‥彼は弥生って女の子の別人格、つまり、二重人格ってこと。弥生を助けるために呼ばれた長月は、乱暴だけどなかなか憎めない奴なの」

「二重人格の‥‥別人格‥‥長月‥‥」

 ラヴィさまが唇を舐めて反復する。

「長月はね、自分が恋をしていいかさえ分かっていなくて。これまでも弥生のためにしか生きてこなかった」

「‥‥弥生はどう思うかしら? 自分の別人格が、知らない女と恋するなんて」

 あたしは弥生の言葉をそのまま伝える。

「応援したい、だって」

 ラヴィさまが制服のポッケから便箋と万年筆を取り出して、想いを綴り始める。

「‥‥うんと情熱的な手紙を書くから、そのまま待ってくれる?」

「分かった、でも恋をするかどうかは長月次第よ」

「私が恋をさせられないと思って?」

 便箋に言葉が埋まっていく。

 まるで、全てを塗り替えてしまいそうな金属めいた言葉で、紙を埋め尽くしていく。

 この人、本気なんだって思ったら、なんだか恐ろしくなってしまった。


   長月さまへ

   親愛を込めて長月と呼びます。

   あまりにも遠過ぎて、

   縮めるにはこれぐらいのことしか

   思いつきませんでした。

   マリアは星の輝きすら

   消しさってしまいそうな女の子です。

   私なんかマリアの魅力に比べると、

   地上の花ほどです。

   長月は弥生を守る騎士なのよね?

   マリアから聞きました。

   私は騎士にこそ止まり木は必要で、

   隣には歌鳥がいて欲しいものです。

   長月の目に夕星はどう映りますか。

   私の目に、夕星は眩しくて困ります。

                ラヴィ


 窓辺にひじをついて、まりあのあたしはいけないことを犯してしまったような気持ちで、スマホに手紙の文章を打ち込んだ。

 月の高い夜だった。

 騒がしい鳴き虫と鳴き蛙がたまにピタリと息を潜める瞬間があって、その間の空いた時間があたしの罪をより深くした。

 あたしは弥生にメールを飛ばした。

 メールは電波に乗って、すぐ弥生の元に届いただろう。

 距離の近さを疑ってしまうが、ここではそれが当たり前の距離感だったと思い出す。

 わざとらしい足が滑る音が耳に届き、ふすまの向こうで声がした。

「まりあさん、入りますよ」

 お母さんの透明なつつましやかな声に、ふと肩を撫でおろす。

「はいはい、どうぞ」

 そういつも通りに口にすると、罪が許された気がして、いつものあたしに戻してくれた。

 着物姿のお母さんがいつものようにベッドに腰かけ、あたしはその太ももに寝転ぶ。

 今日はいつまでも甘えたかった。

「‥‥まりあさん、髪は切らなくてもいいんですか?」

 お母さんがクロちゃんを手櫛でといで糸よりもか細い声で言った。

 髪が伸びてもしばらくウィッグだと思っていたらしく、お母さんは今朝になるまで特に気をかけなかった。

(‥‥きる、な‥‥)

 クロちゃんが即座に意思表示する。

「誰かいるのですか?」

 お母さんが部屋を見渡し、不安そうに言った。

 あたしにマジカルラブリーが見えるように、お母さんは少しだけ未来のことが視えるらしい。

 小さな旅館が繁盛しているのは、代々、吉野家の女将の占いは当たると評判だからだったりする。

「いるよ、クロちゃんが切らないで、だって」

 あたしがそう伝えると、お母さんは澄んだ呼吸をして口にする。

「悪意は感じませんが、この世の者とも思えません。何かあったら、すぐに相談してくださいね」

「あのさ、お母さんってどんな恋をしたの?」

 ラヴィさまの手紙の予熱にあてられて、あたしはついそんなことをたずねてしまった。

 お母さんは二重まぶたの瞳を光らせて、平然としていた。

「‥‥内緒です。だって、恥ずかしいですから」

「えー、教えてよ」

「いけません、昔の恋の話をしてしまったら、母親じゃなくて女の子に戻ってしまう」

「女の子になったら友達になろうよ、ダメ?」

「‥‥そういうことはお父さんに聞いてください」

「絶対に無理だよ、お父さんが喋ってるとこなんてここ一年近く見てないよ」

「寡黙な人ですからね」

 そう口もとに堪えきれず滲む微笑を浮かべ答えたお母さんは、少女のように無垢な表情をしていた。


   ラヴィへ

   じゃあ、俺もラヴィって呼ぶ。

   距離は関係ないと思う。

   大事なのは在るか、無いかだけです。

   まりあは変な女です。

   でも、俺のことを初めて知って

   もらいたいって思えた奴でした。

   騎士よりは、お化けのほうが

   俺には似合っています。

   お化けにも歌鳥は声を

   聞かせてくれるのか?

   どんな歌だろう、

   鳥の歌はひとつも知りません。

   弥生はピアノが得意です。

   よく一人で音楽を作っています。

   今度、鳥の鳴き声を真似した歌を

   作ってもらおうかな。

   吸い込まれ、

   無くなりそうになるから星は嫌いです。

   だから見ないようしている。

   ラヴィは好きな食べ物はなんですか?

                  長月


 まりあのあたしのスマホに届いたメールを、今度はマリアのあたしが手紙に書き写す。

 登校までまだ余裕のある早朝の自室だった。

 友達の手紙を読んでしまうことが、これほど罪を感じるとは思ってもいなかった。

 罪の深さは、言い換えればあたしの醜い好奇心だった。

 二人の手紙に自分が登場すると嬉しくなり、心に触れると隠し事を暴いた愉悦を味わってしまう。

 そうだ、自分を殺そうって思う。

 手紙を読み、書き写す時間だけ、あたしは死んでただの機械になろうって決める。

 口出しなんてもってのほか、見守るなんておせっかい、あたしは感情のない人形。

 そんな自分を演じてみせよう。

 それが、ラヴィと長月をつなぐ唯一の方法。

 でも、共犯者の弥生とは秘密の会議がしたい。

 黒のスーツに真っ暗なサングラスをかけて、隠れ家のバーで手紙の内容をツマミにカクテルが飲みたい。

 これはもしかして、かなり骨の折れる作業なんじゃないか。

 あたしがなんとか手紙の封を閉じると、ドアのノックもなくナルシアが部屋にやってきた。

「マリアちゃん、聞いて欲しいの!」

 こんな騒がしいナルシアは初めてだったから、何事かと構えてしまう。

「あのね、あのね‥‥私は結奈だったの! マリアちゃんと同じ虹蛍高校に通う女子高生で、あっちでも親友だったわ!」

 言葉の意味が頭に入ってこなかった。

「それでね、アーフェンもね‥‥あきら君だったの! 私とアーフェンは、結奈とあきら君だったの!」


 まりあのあたしが家を出ると、玄関の先に結奈がそわそわと佇んでいた。

 結奈は近くに住んでいて、時間が合えば一緒に登校するのは珍しくなかった。

 しかし、嫌な予感がする。結奈の言葉を聞きたくないって強く願ってしまう。

 結奈があたしに気づいて手を振った。

「まりあちゃん、聞いて欲しいの!」

 あたしはこっちでも構えてしまう。

「あのね、あのね‥‥私はナルシアだったの! まりあちゃんと同じ学園宮殿に通うキゾクで、あっちでも親友だったわ!」

 二度目の告白は少しだけ冷静でいられた。

 親友の身に何が起きたのか解き明かすように言葉を聞き入るため集中する。

「それでね、あきらくんもね‥‥アーフェンだったの! 私とあきら君は、ナルシアとアーフェンだったの!」

「二人いるの?」

 まりあとマリアのあたしが同時に問いかける。

「違うよ‥‥たぶん、これは前世の記憶なの」

 結奈とナルシアが同時に答えた。


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