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「良かったですね。頑張って下さい」
「ありがとうございます。実は、そのことに関して一つお願いがあるんですが……」
『ペンタブ』さんはまた妙なことを言い出した。
漫画家の人って、みんなこんな感じなのかなと思いながら、私は尋ねる。
「ご期待には沿えないかも知れませんけど、お願いって何ですか?」
「その、本当は良くないと思うんですが、お客さんに謎を募集して、その謎を僕に横流ししてもらいたいんです」
どうやら『ペンタブ』さんは、お客さんのプライベートをネタにして漫画を描きたいみたいだ。
凄いなあと感心したばかりなのに、正直この志の低さにはがっかりだった。
仮にも漫画家なら、ネタくらい自分で考えるべきだろう。
一応良くないことをしている自覚はあるみたいだから、根っから性根が腐った駄目人間という訳でもないのだろうけど。
「すみません、それはちょっと……お客さんにも悪いですし……」
私はやんわりと断ったけど、『ペンタブ』さんはあきらめ切れないみたいで、しつこく食い下がってくる。
「そこを何とか! 倫理的に多少問題があるのは否定できませんが、これは『肉球ぷにぷに』さんにとっても悪い話ではないと思うんです!」
『ペンタブ』さんは仮にもお客さんだし、「私にとっても悪い話ではないと思う」という言葉に興味を覚えたのもあって、私はもう少し『ペンタブ』さんの話を聞いてみることにした。
「ズバリお尋ねしますけど、謎の横流しをして、私にどんなメリットがあるんですか?」
「話題性ですよ」
「話題性、ですか?」
『ペンタブ』さんが言わんとしていることがわからなくて、オウム返しに問いかけると、『ペンタブ』さんは待ってましたと言わんばかりに根拠を並べ始めた。
「僕、この間初めてこのアプリのサービスを使ってみたんですけど、『肉球ぷにぷに』さんと同じようなサービスを提供している人は何人もいますよね? その中で僕が『肉球ぷにぷに』さんを選んだのは、名前が奇抜で目に付いたからなんですが、ネットの向こうの見ず知らずの人の名前に関心を払う人ばかりではないと思いますし、正直お客さんへのアピールとしては弱いと思うんです。でも『解けなくてお困りの謎を解きます』という感じでお客さんにアピールすれば、他にそういうサービスを提供している人はいないようですから、明確に差別化を図れるのではないでしょうか? 解けない謎に悩まされている人が、潜在的にどれくらいいるのかはわかりませんから、劇的に収入が増えることはないかも知れませんが、今までより収入が増える可能性はあります」
「た、確かに……」
家賃や水道光熱費の他に、にゃん三郎のご飯代やおやつ代も必要だし、貯金もしたいし、正直なところ収入が増えるかも知れないというのは、かなり魅力的だった。
てっきり口から出まかせで言っただけだと思ったのに、まんまと説得されてしまいそうだ。
これは不味い。