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一週間後の土曜日。
私は乾いた洗濯物にアイロンをかけながら、『スコット』さんの申し込みが入るのを待っていた。
もう三月も半ばだし、今日はとても天気がいいから、エアコンがなくても平気なくらい暖かい。
にゃん三郎はベランダに続く窓から差し込む柔らかな日差しの中、拝みたくなるくらい穏やかな顔で仰向けになって寝ていた。
平和だなあと心を和ませながら、テーブルの上で黙々とアイロンがけをしていると、少ししてアプリに通知が入る。
もしかして……と思いながら、アイロンの電源を切ってスマートフォンのロックを解除してみると、やっぱり『スコット』さんだ。
「今すぐ話したい」ということだったから、私はテーブルの隅に置いていたメモ帳を開いて、早速電話をかけようとしたけど、寸前で指を止めた。
いざとなると、やっぱり言うべきかどうか迷いが出てくる。
『スコット』さんは、どんな反応をするだろう。
「黙っていた方がいいのかも知れない」という思いは消せないけど、こんな大事なことを黙っていたら一生引き摺りそうだし、やっぱり言った方がいいに違いなかった。
私は気を取り直すと、今度こそ電話をかける。
「はい」
電話に出た『スコット』さんの声は、一週間前と同じように落ち着いていて、予想外の真実でもきちんと受け止めてくれそうな気がした。
私は『スコット』さんと簡単な挨拶を交わすと、早速本題に入る。
「あの暗号のことなんですが、解けたことは解けたんですけど……その、お伝えした方がいいのか迷うようなことが書かれていて……」
いきなり真実を伝えるより、心の準備をしてもらった方がいいだろう。
私がそう前置きすると、『スコット』さんは少し声を硬くして訊いてきた。
「一体、何が書かれていたんですか?」
「ちょっと、と言うかかなりショックな内容だと思うんですが、本当によろしいですか?」
「構いません。父は何を伝えたかったんですか?」
『スコット』さんの声は、隠し切れない不安を滲ませていたけど、必死で落ち着こうとしているように聞こえた。
私は『スコット』さんが気持ちを整えられるように少し間を置いてから、ゆっくりと真実を口にする。
「『私は父親ではない』とのことです」
『スコット』さんは頭が真っ白になってしまったのか、電話の向こうで黙り込んでしまった。
私だって、いきなりお父さんが本当の父親じゃないなんて言われたら、きっと理解が追い付かなくて無言になってしまうに違いない。
私が辛抱強く『スコット』さんの言葉を待っていると、『スコット』さんはしばらくして、声の出し方を忘れてしまったみたいにぎこちなく問いかけてきた。
「……その、解読方法を、教えて頂けませんか? どう読めば、その文章になるのでしょう?」
「実はですね……」
私はメモを頼りに、『ペンタブ』さんから聞いた解読方法を『スコット』さんに伝えた。
内容が内容だけに、『スコット』さんからしたら、いきなり答えだけ教えられても、とても納得できないのだろう。
『ペンタブ』さんの解読が間違っている可能性もあるけど、『スコット』さんはひとまず腑に落ちたようで、さっきより大分落ち着いた声で言った。
「そうでしたか……わかりました。まだ信じられませんが、父と話してみます」
お父さんがまだ元気なら、当然確かめずにはいられないだろう。
でも親子関係に亀裂が入りそうで、ちょっと心配だなあと思っていると、『スコット』さんは続けた。
「ありがとうございました」
「いえ、こちらこそご利用ありがとうございました。失礼致します」
私がスマートフォンから耳を離すと、通話が切れた。
この後、『スコット』さんがどうするのかはわからない。
多分お父さんといろいろな話をするのは確かだろうけど、本当の親子でなくても縁があって親子になったのだろうし、できればお父さんを大事にしてあげて欲しいなと思った。
私だってにゃん三郎と家族になれたのだし、たとえ血が繋がっていなくても、お互いが家族と思えばちゃんと家族だ。
私は目を覚まして近付いてきたにゃん三郎の頭を軽く撫でると、アイロンがけを再開した。




