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さっきは気にも留めずに聞き流してしまったけど、言われてみれば確かにおかしい。
『たけちゃん』さんの家族には、何か問題がある気がした。
その「問題」が、自殺した女の子にあんな文章を書かせたのだろう。
きっと女の子はお母さんに知られずに、お父さんにだけメッセージを伝えたかったのだ。
「『ペンタブ』さん、女の子の書いた文章を読もうと思うんですけど、メモを取ってもらった方がわかり易いと思うんで、何か書く物を用意してもらえますか?」
「わかりました。ちょっと待って下さいね」
引き出しを開けるような音がした後、『ペンタブ』さんが言った。
「用意できました。どうぞ」
「じゃあ、読みますね。『とらがかんむりをかぶってひっくりかえったヨ。すこしあるくとおてらがあった。さよなら、おとうさん』。『ヨ』だけ片仮名で、後は全部平仮名です」
とても遺書とは思えない、意味があるような、ないような文章だった。
でも人生の最後にわざわざ書き残したのだから、きっと何か伝えたいことがあった筈だ。
私にはそれを読み取ることはできないけど、『ペンタブ』さんならできるかも知れない。
「どうです? 何かわかりましたか?」
「うーん、そうですねえ……」
『ペンタブ』さんはもう頭を回転させ始めているようで、心ここにあらずといった声でそう言うと、それきり黙った。
多分考えをまとめているのだろう。
『ペンタブ』さんは、女の子のメッセージを読み解けるのだろうか。
自分のことでもないのに、少し緊張しながら『ペンタブ』さんの言葉を待っていると、少しして『ペンタブ』さんが沈黙を破った。
「これを書いた女の子は、小学校五年生だと言っていましたよね?」
『ペンタブ』さんの声は、さっきと打って変わって、しっかりとしたものだった。
まだ完全に読み解けてはいないのだとしても、何か取っ掛かりを掴んだのかも知れない。
私が「はい」と答えると、『ペンタブ』さんは言った。
「小学校五年生なら、『すこし』や『あるく』といった言葉は、漢字で書く子の方が多くありませんか? 一文字も漢字を使わずにこの文章を書いたところに、意図的なものを感じます。平仮名と片仮名だけしか書かれていないのは、もしかしたら『漢字』が謎を解く鍵だからなのかも知れません」
なるほど。
書かれている物だけじゃなくて、敢えて書かれていない物に目を向けることで、見えてくる物もあるという訳だ。
私は『ペンタブ』さんの逆転の発想に、すっかり感心して言った。
「じゃあ、漢字で書けるところは漢字に直してみればいいってことですか?」
「どうでしょう? 試しに一通りの漢字を書き出してみたのですが、ぱっと見た感じでは、漢字そのものに意味があるようには見えませんね……」




