―12―
「ところで、もう彼氏はできた?」
「そんな人がいたら、とっくに紹介してるって」
いつの頃からか、すっかり定番になったやり取りだ。
そしてこのやり取りはここで終わりではなく、まだもう少し続く。
今の時点でかなりうんざりしているけど、この先のやり取りにはもっとうんざりさせられるから、問答無用で電話を切ってしまおうかとも思ったけど、そんなことをしたら次の電話でお説教を食らうのは目に見えていた。
私が耐える決心をして心の中で身構えていると、お母さんがいつものように言う。
「相変わらず面白味のない子ねえ。もう社会人になって何年も経つんだから、そろそろ浮いた話の一つや二つ持って来て、お母さんを楽しませてよ」
「お母さんを安心させてよ」ではなく、「お母さんを楽しませてよ」というところがミソだ。
ラブストーリー大好きなこの人は、実の娘の恋愛をエンターテインメントの一つくらいにしか思っていない。
「早く結婚して孫の顔を見せて」と催促されるよりはマシかも知れないけど、エンターテインメント扱いされるのも十分過ぎるくらい嫌だった。
「あのねえ、何度も言ってるけど、ラブストーリーを楽しみたいんだったら、その手のドラマや映画で楽しんでよ。私は自分の人生を切り売りしてお母さんを楽しませてあげようなんて思える程、犠牲的精神やボランティア精神に溢れてる訳じゃないんだからね!」
苛立ちが抑え切れなくなってきて、つい口調がきつくなったけど、お母さんはどこ吹く風で言った。
「やあね、ケチケチしないの。筋書きのないドラマも面白そうじゃない」
「そのドラマの主人公は私で、お母さんじゃないの! お母さんが端役として登場することもあるだろうけど、お母さんが知らなくていいことは絶対に教えないから!」
「はいはい。それだけ怒れるなら、風邪やインフルエンザってことはなさそうね。お正月には帰って来るの?」
「まだわかんない。友達との予定が入るかも知れないし」
これは半分本当で、半分嘘だ。
地方出身の友達は帰省する子も多いけど、実家がそう遠くない子の中には、わざわざ正月には帰らない子もいる。
今のところ予定はないけど、もしかしたら遊ぼうと誘われるかも知れなかった。
だから「予定は未定」ということにしているけど、できれば帰りたくないというのが本当のところだった。
お母さんは、ちょっと面倒臭い。
「食材の買い出しもあるし、帰って来るなら早めに知らせてね。まだしばらく寒いから、体に気を付けて」
「わかってる。お父さん達によろしくね。それじゃ」
私は電話を切ると、小さく溜め息を吐いた。
ほんの少し話しただけなのに、とんでもなく気力・体力をすり減らしてしまった気がする。
決して悪い人ではないのだけど、どうにも厄介な人だ。
去年は我慢して帰ったけど、今年の正月はどうしよう……。
私が疲れた体に鞭打って、途中だったお皿洗いを終わらせた時、鍋が吹き零れる音がした。




