32. 壮大な勘違い
『どうしよう……』
ビビって死んだフリをしているケンジも、『鷹の爪』の一員として、自分も自己紹介した方が良いか、本気で悩んでいる。
そうこうしていると、交渉が終わったのか、下半身シルクタランチュラの少女が、また、卑猥な歌を歌いながら帰っていった。
「あんたいつまで、死んだフリしてるの?」
「お前、ほんとビビりだな!」
アナスタシアとラインハルトが、死んだフリをしてるケンジに話し掛けてきた。
「フアァァ……! ん!?……どうした?
熟睡してたから、俺は、状況が全く分からないぞ?」
ケンジは、下半身シルクタランチュラの少女にビビっていなかった事を示す為に、余裕こいて熟睡していたフリをする。
「熟睡って……」
「嘘コケ!」
「嘘じゃない! 俺は最初から最後まで、熟睡してたんだ!
その証拠に、俺の股間を見ろ!
朝勃ちしてるだろ!」
ケンジは、自分の股間に指を向ける。
「それは、上半身裸のシロさんを見て、興奮したんだろ!
お前、昔からロリコンだったもんな!」
「ロリコンちゃうわい!
俺は正真正銘、ノーマルだ!
俺のジョニーは、裸の幼女の卑猥な歌に反応したんだよ!」
「なんだ、ヤッパリ起きてたんじゃないの」
「本当、お前はムッツリだな!」
「ムッツリちゃうわい!」
ビビりでムッツリのケンジは、必死に否定した。
ーーー
この日、アムルー冒険者ギルドに、S級ギルド『鷹の爪』によって、新たな魔物の情報がもたらされた。
その魔物は、第12階層に現れ、
下半身はシルクタランチュラ、上半身は人間の体をしていて、アラクネと言われる種族であるらしい。
何故、その魔物がアラクネと呼ばれていると分かったかというと、
その魔物が自ら名乗ったようであった。
そう、その魔物は、魔族でもないのに、人間の言葉を理解し、喋る事が出来るのだ。
そのアラクネの名前は、シロ。
偉大なるスケルトンの王の下僕であるらしい。
シロという名前は、スケルトンの王によって名付けられた事は確実で、間違いなくそのスケルトンの王は、『覇王の力』を持っていると考えられる。
『覇王の力』とは、名付け親になる事で、名付けた者に対して、自らの力を分け与える能力の事を言う。
『覇王の力』を持っている者は、人間なら勇者。魔族なら魔王と呼ばれ、それぞれ、名付けた者に、光の力や闇の力を与えると言い伝えられている。
アラクネのシロの場合は、スケルトンの王から、人の体と言葉を与えられたのであろう。
この事実は、アムルーダンジョンがある、アムルー城塞都市、ひいては、アムルー城塞都市が有るハルマン王国をも揺るがす、大事件であった。
何せ、この世界に、ここ何百年間も現れなかった魔王が、アムルーダンジョンに存在すると分かったからである。
幸い、『鷹の爪』の報告によると、スケルトンの魔王は、人間と事を構える気は無いらしい。
シロと名乗るアラクネにも、人間を殺す事を禁じられているという話だ。
これはアムルー冒険者ギルドの調べでも、大体分かっている事だ。
最近、第5階層や第12階層に現れた、金色のスケルトンや銀色のスケルトン、それからシルクタランチュラは、一度も人を殺した事が無いのだ。
物を奪っても、それ以上に高価なシルクタランチュラの服や小物を代わりに置いていく。
これは、自分達に何もしてこなければ、人間に危害を与えないというメッセージであると思われる。
実際、『鷹の爪』のメンバーも、シロと名乗るアラクネとのファーストコンタクトで、
「僕に何か用かな? 僕は今、お腹が空いてるんだよ。
ご主人様は、人間を食べちゃいけないって言ってるけど、僕に敵対するつもりなら食べちゃうからね!」
と、シロというアラクネに脅されたらしい。
これは、自分達に危害を与えれば、このアムルーダンジョン最強のギルド『鷹の爪』さえも、簡単に殺す事が出来るという脅しというか、警告だ。
そして、そんな簡単に『鷹の爪』を倒す事が出来るアラクネのシロでさえ、スケルトンの魔王の下僕なのだ。
多分であるが、スケルトンの魔王とは、金色のスケルトンの事を言うのであろう。
その下にも、副将であろう銀色のスケルトンがいる。
そして、銀色のスケルトンの乗り物であるシルクタランチュラだっているのだ。
またまた多分になるが、シロと名乗るアラクネも、数百ものシルクタランチュラを率いる指揮官か何かだろう。
魔王軍の戦力は、絶大だ。
決して、スケルトンの魔王を怒らしてはならない。
しかしながら、現在、アムルーダンジョンでは、空前の盛り上がりを見せている。
アムルーダンジョンで、ゲット出来るシルクタランチュラの服を求めて、ハルマン王国だけではなく、アトレシア大陸中から、一攫千金を求めて、冒険者や商人が集まっているのだ。
元々、アムルーダンジョンをホームにしている冒険者なら魔王軍に対して、手出しするなと注意喚起できるが、他国の冒険者には難しかったりする。
何せ、冒険者は自由なのだ。
中には、自分の実力も分からずに、魔王に挑もうとするバカがいるかもしれない。
そんな事になれば、アムルー城塞都市は終わりだ。
隣国のツクシー帝国にあるルルルダンジョンのラスボス。レッドタランチュラがダンジョンから出てきた時など、ルルルダンジョンの近くにあった2つの街が滅亡した。
最終的に、大陸中の軍隊や冒険者が集まった諸国連合によって、再びルルルダンジョンに追い返したのだが、その時の戦死者は2千人とも3千人とも言われている。
そんなレッドタランチュラレベルと思われる、シルクタランチュラが、アムルーダンジョンには、何百匹も居ると思われるのだ。
そんな魔王の軍団を押さえ込むには、既に、アムルー冒険者ギルド単体では不可能だった……。
「俺には無理! だって俺、雇われギルド長だもん!」
アムルー冒険者ギルド長が、自暴自棄になって、そう言ったとか言わなかったとか。
そして、その日、アムルー冒険者ギルド長から、ハルマン国王宛に、ハルマン王国の協力を求める書簡が、早馬によって送り出されたのだった。
いつもの事ながら、俺が知らない所で、こんな壮大な話というか、勘違いのデマが広がっているとは、この時の俺には、勿論、分からない事であった。
スケルトンだから、脳ミソ無いしね。
ーーー
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